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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1491.連鎖する幸せ

 一般的な昼食の時間を過ぎたが、定食屋の席は、まだ半分程度が埋まる。

 客の大半が作業服姿だ。工場のシフトの関係だろう。

 店内にはスープの匂いが満ちる。

 メニューはなく、客が口にするのは同じパンとスープだ。


 「あら、店長さん。新聞屋さんまで……こんなむさ苦しい所へ……」

 「むさ苦しいだなんてとんでもない」

 「どうだい。商売の方は?」

 二人が座ると、定食屋のおかみさんは目を丸くした。


 「えっ? 二人とも、ここで食べてってくれるんです?」

 「集金で近くまで来たからな、ついでだよ」

 「スープなら、私でも食べられますからね」

 クフシーンカが、椅子の背に杖を立て掛けると、おかみさんはこくりと頷いた。


 「ここのスープが旨いって評判になってっから、一回食ってみたかったんだ」

 新聞屋が付け足すと、おかみさんが頬を染めた。

 「えぇっ? ウチの店が西教区でハナシのネタに? しかも、美味しいって? そんなまさか……あっ、二人とも、わざわざ西教区からわざわざ、ウチで食べに? わざわざ二人してそんな……」

 「料理教室の件で、西教区から通う人が増えましたでしょ? 講師の料理人が、受講生から東教区の美味しいお店を聞いて、評判になってるんですのよ」

 しどろもどろだったおかみさんは、とうとう何も言えなくなってしまった。頬を上気させ、呆然と宙を見詰める。


 「おかみさん、二人前、よろしく」

 「私はもうこの歳ですから、半分くらいで結構よ。残すと勿体(もったい)ないですからね」

 「あ! は、はいッ! たっただいまお持ちします!」

 おかみさんが奥へすっ飛んで行き、客たちが苦笑する。


 ……知らなかったくらいだから、西教区からはお客が来ないのでしょうけれど。


 話題になっただけでは、増収に繋がらないのがもどかしい。

 そうかと言って、ここだけ西教区の住民に紹介すれば、「不公平だ」と東教区の商店街内で不満が生じかねない。また、西教区から大勢の客が来れば、ただでさえ(とぼ)しい食材は、すぐに払底してしまう。

 常連の大半はこの近くに勤務する。昼休みが限られ、食事の時間に制限がある工員たちからも、不満が出るだろう。


 料理人の亭主自ら、給仕にきた。

 「星道(せいどう)の職人さんに来ていただけるなんて……まさか、ウチの店にこんな日が来るなんて……」

 お盆を置くなり、エプロンで目頭を押さえる。

 おかみさんは厨房の前で固唾を呑んで見守る。


 「これ、具は何だい?」

 「暮れに農家で牛乳を買った時、牛スジを安く分けてもらえたんですよ。でも、煮込むのに燃料がたくさん要るし、どうしようかと思って、ずっと冷凍してたんです」

 亭主がよくぞ聞いてくれたとばかりに語り始め、新聞屋が目を丸くする。

 「冷凍……冷蔵庫、持ってんだな?」

 「そりゃそうですよ。銀行行って、死ぬ気で借金しましたけどね。奮発した甲斐がありました。こないだ立派な圧力鍋をいただけたんで、それで少ない燃料でも、牛スジをじっくり煮込めるようになったんです。とろとろで、お年寄りでも大丈夫ですよ。食器は救援物資で不揃いですけど、量はちゃんと量ってみんな同じになるように出してます」


 クフシーンカの分は、注文通り、新聞屋より小さい(うつわ)だ。


 「キレイな水が前より安く使えるようになったんで、紙皿じゃなくて、ちゃんとした食器で出せるようになって、みんな喜んでくれてるし、諦めねぇで……店、続けて……ホント、よかっ……」

 亭主が再び涙ぐむ。

 「続けて下さってホントに有難いですよ」

 「西教区の人が、何で有難がるんです?」

 隣の卓から工員が口を挟む。

 クフシーンカは隣に向き直って言った。

 「定食屋さんは、お店を再開できましたから、罹災者(りさいしゃ)支援事業に頼らなくても、仕事と生活が回るようになって、みなさんも、ここで美味しいごはんが食べられるようになりましたでしょ? 少しでも、自治区全体の暮らしがよくなるのは、有難いことですわよ」


 「そんなモンですかね?」

 工員が首を傾げると、新聞屋が話を逸らした。

 「このパンもここで焼いたのかい?」

 「すんません。パンまで手が回らなくて、三軒隣の店で仕入れました。あっちは料理教室手伝って小麦粉もらったとかで、自分とこの小売だけじゃなくて、業務用の分も焼けるようになったって言ってました。あ、ハナシするんでしたら、呼んで来ましょうか?」

 「あちらもお忙しいでしょうから、結構ですよ。でも、ここが営業して下さるから、工場の方々がきちんとお食事できて、パン屋さんも一緒に儲かって、いいこと(ずくめ)じゃありませんこと?」

 「まぁ……後は借金、さっさと返せりゃ言うコトなしですけどね」

 亭主は肩を落とし、愛想笑いを浮かべた。


 食事を終えた工員が立ち上がり、おかみさんがレジに走る。


 「あ、あの、それじゃ、お口に合うかわかりませんけど、ごゆっくり」

 亭主も夢から醒めたように厨房へ引っ込んだ。


 スープは、牛のスジ肉と野草を牛乳で煮込んだらしい。

 味付けは塩と野生の香草だけのようだが、獣臭さがなく、高齢のクフシーンカにも食べやすい。

 「これは確かに評判になる美味しさね」

 「旨ぇッスね」

 パンはバターを仕入れられなかったのか、脂っ気がなかったが、食べ(にく)さを感じるパサつきはない。

 あっさりしたパンが、濃厚な味わいのスープと合って、久し振りに食が進む。



 「ご馳走さまでした。近頃は、レトルトの介護食ばかりだったけれど、久し振りにきちんと食事ができて、生き返った心地がしたわ」

 「ひぇッ……あッ、あんた……あんたぁーッ! 店長さんが、生き返るぐらいおいしいって!」

 会計ついでに言うと、おかみさんが厨房に叫んだ。



 新聞屋のワゴン車で自宅まで送ってもらい、クフシーンカはホッと一息ついた。

 台所まで入ると、廊下の奥で緑髪の魔女が手招きする。


 ……今日は随分、忙しいこと。


 カーテンを閉め切った寝室で、小麦粉の件を伝えた。

 「兵隊さんが、グリャージ港から発送して下さるそうよ」

 「そう。ありがと。これは私から個人的なお願いと差し入れ」


 緑髪の運び屋が【無尽袋】を逆さにして振ると、業務用の大袋に入ったジャムと砂糖が飛び出した。少し遅れて、内容物不明の紙袋がふたつ落ちる。

 ジャムは十キロ入りの苺が一袋、砂糖は二十キロ入りの上白糖が二袋、同じ大きさのグラニュー糖は、三袋もある。

 「こっちは紅茶。あなたが飲んでもいいし、報酬として使ってもいいわ」

 「報酬として使う? 何をすればよろしいんですの?」

 運び屋は、もうひとつの紙袋を開け、分厚い紙束を幾つも木箱に並べた。


 「カクタケアの三巻までと、外伝をひとつ、共通語訳してもらいたいの」

 「あれを……共通語に?」

 「これ、〆切」

 クフシーンカにメモを渡し、木箱に辞書を積む。

 「で、こっちはアーテル版の湖南語辞書と、共通語辞書三冊ずつよ」


 文章は簡単だが、科学関係の単語には知らないものが多く、確認に手間取るだろう。一人では到底、間に合わない日程だ。


 「学生さんにお願いしてもよろしいですか?」

 「えぇ。そのつもりよ。手付にお菓子で釣って、現金は後で用意するわね。お菓子屋さんとあなたの分も」

 「私もいただけるんですの?」

 「いらなければ、他の人に回してあげて。ダウンロードしたのを章単位でクリップ留めしたから、手分けしやすい筈よ」


 緑髪の運び屋は、用件を告げるとさっさと呪文を唱えて去った。


☆料理教室の件……「1452.頭の痛い支払」~「1454.職場環境整備」参照

☆私はもうこの歳ですから……いつ死んでもいいように罹災者支援事業の引継書は作成済み「555.壊れない友情」参照


☆星道の職人……「554.信仰への疑問」「582.命懸けの決意」「629.自治区の号外」参照

 特定分野の熟練工で「特別な聖典」を授与された職人。聖職者に次ぐ宗教指導者でもある。

【参考】アーテル共和国でも狭き門……「744.露骨な階層化」参照

 クフシーンカはラクエウス議員の姉で、顔繋ぎ役として、自治区内の政治分野の名士の一人。

 罹災者支援事業の計画を立案し、慈善事業の指導者でもある。

 「294.弱者救済事業」「372.前を向く人々」「373.行方不明の娘」「406.工場の向こう」「418.退院した少女」「419.次の救済事業」「420.道を清めよう」「442.未来に続く道」「453.役割それぞれ」「480.最終日の豪雨」「550.山道の出会い」参照


☆小麦粉の件……「1489.小麦を詰める」参照

☆カクタケアの三巻までと、外伝をひとつ、共通語訳……「1483.出版社に依頼」参照

☆あれを……共通語に?……表紙が破廉恥「1132.事実より強く」「1199.大流行の小説」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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