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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第八章 北へ

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153/3501

0153.畑の道を行く

 道が続く限り前へ、とにかく前へ。

 アミエーラは何も考えず、いや、痛みと恐怖で何も考えられず、ひたすら坂道を下る。


 人の気配はない。


 足下の敷石は、数枚毎に【魔除け】の印が刻まれる。両脇には常緑の低木が茂るが、道には枝がはみ出さない。つい最近まで、人の手が入っていたのだ。


 振り向く勇気はない。

 

 人の手が入った道には、アミエーラの靴音だけが響く。

 痛む身体を引きずり、どのくらい歩いたのか、遠目に民家らしきものが見えた。


 いつの間にか日が傾き、空が黄昏に染まる。

 野中にポツンと民家が建つ。

 周囲は畑らしい。規則正しく並んだ小さな緑が冬の風に揺れる。



 針子のアミエーラはずっと以前、店長に連れられて自治区の農家へ納品しに行った日を思い出した。

 初夏の心地よい風が麦の穂を揺らした。商品は花嫁衣装で、最後の寸直しに連れて行かれたのだ。


 花嫁となる娘のはにかむ顔、燃えるバラック街、黄金色の麦畑、山道を行く祖母、穏やかな日射し、朽ちた屋根から覗く無数の目、農家で出された食事、炎に照らされた人々の不安な顔、試着した花嫁を褒める家族の笑顔、アミエーラを追う魔物の蛙に似た平たい顔……平穏な日々の記憶と、(のが)れて来た危機が、脈絡なく心に浮かんでは消えてゆく。


 一歩足を進める度に、左腕が痛みに(きし)む。切れた唇が()れ、ポタリポタリと血が(したた)り、胸元を汚す。コートとズボンは泥に(まみ)れ、落ち葉もこびり付いていた。


 ……破れたとこ、直さなきゃ。ちゃんとした恰好してないと店長に叱られる。


 ズボンの(すそ)を見て、ぼんやりそんなことを考えながら歩き続ける。

 膝も肩も脇腹も頬も、地に足を下ろす度にズキズキと痛んだ。



 気が付くと、道の両脇は麦畑だった。畑で働く人はない。芽吹いたばかりの麦が二月の寒さに耐える。

 遠くに見えた民家は、かなり大きな構えの農家だ。窓が、傾き始めた日を照り返して輝く。

 鳥の声が空に響いて風に流れた。



 アミエーラは気力を振り絞り、重い身体を前へ進める。

 朦朧とする意識の中、機械的に足を動かし、門に辿り着いた。

 既に日は落ちかかり、アミエーラの薄い影が長く伸びる。

 石積みの塀は高く、所々に山道と同じ【魔除け】の印が刻んである。門は固く閉ざされ、人声はなかった。


 人が居ても、力なき民のアミエーラを助けてくれる保証はない。

 今は空襲を(まぬか)れても、いつ爆弾を落とされるかわからない。

 このご時世だ。

 荷物だけ奪われて、放り出される可能性が高い。住人が魔法使いなら、とっくにどこか遠くの安全な場所へ避難したかもしれない。

 それでも、ここ以外に助けを求める相手はなかった。


 僅かな望みを懸け、アミエーラは口を開いた。


 「…………!」


 声が出ない。口はカラカラに乾き、舌が強張る。

 唇の出血は止んで、赤黒い塊が顎にこびり付く。

 右手で門を叩く。

 金属で補強された木の扉をノックする音が、折れた左腕に響く。痛みが脈打ち、熱を帯びる。

 膝から力が抜け、アミエーラは門前に崩れ落ちた。


 挿絵(By みてみん)

☆燃えるバラック街……「0054.自治区の災厄」参照

☆山道を行く祖母……「0101.赤い花の並木」「0102.時を越える物」参照

☆朽ちた屋根から覗く無数の目……「0141.山小屋の一夜」参照

☆炎に照らされた人々の不安な顔……「0054.自治区の災厄」参照

☆アミエーラを追う魔物の蛙に似た平たい顔……「0149.坂を駆け下る」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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