1489.小麦を詰める
「私共は、魔法の袋を扱うワケには参りませんので、よろしくお願いします」
「あぁ、いいですよ。そんな難しいモンじゃありませんから、気を遣わなくていいです」
「何袋くらい詰めればいいですか?」
東教区のウェンツス司祭が、政府軍の魔装兵に指示書を渡す。
運び屋フィアールカの手紙を「読み終えたら燃やすように」云々の部分を除き、司祭がタイプライターで打ち直したものだ。
小麦粉の受取りの件など、細かい部分も変えてある。
アミトスチグマ王国の慈善団体「みんなの食堂」から届いたコンテナに同梱してあった体で言った。
「その魔法の袋に入るだけ入れて欲しいとのことで、私共も、どれだけお渡しすればいいかわからず、困っているのです」
「あー……救援物資の小麦粉、全部寄越せの可能性もありますよね」
「そんな小さな袋なのにですか?」
「小麦粉、二回合わせて十五万トンですよ?」
老いた尼僧と、星道の職人として立合うクフシーンカも驚いた。
魔装兵たちが苦笑する。
「大容量の【無尽袋】は、高価ですからね」
「無償提供じゃなくて、物々交換って団体には、調達できないと思いますよ」
「そうそう。戦争のせいで品薄になって値上がりして……」
「十五万トンも入る【無尽袋】って、貿易関係の大企業しか買えないんじゃないかな?」
「これ送って来たの、普通のコンテナだったんですよね?」
魔法使いの兵士たちは、口々に言った。
落ち着いた状況で見ると、菓子屋の妻が言う通り、みんな「普通の人」だ。
ネミュス解放軍も、全員が「戦う魔法使い」だったが、リストヴァー自治区への侵攻で戦闘中だったこともあり、殺気を漲らせて、魔獣と遭遇したような恐ろしさがあった。
話が通じ、一般の自治区民に気遣いを見せたウヌク・エルハイア将軍でさえ、その身に纏う威圧感は息苦しさを覚える程だった。
今、小学校の体育館で、小麦粉の山を前にした政府軍の部隊は、魔法の【鎧】さえなければ、どこにでも居る人のよさそうな若者ばかりだ。
若く見えるだけで、百年以上も生きた長命人種かもしれないが、外見からはわからない。
「えぇ。新品同様のキレイなものから、素材用の壊れたものまで、種類別でコンテナ何台分も送って下さって、大変有難いことです」
老いた尼僧が、胸の前で聖なる星の道を表す楕円を描き、頭を垂れる。
緑髪の運び屋が置いて行った【無尽袋】は一枚だが、内容量がどの程度か、魔法使いの兵士にもわからないらしい。
「別の団体からは、小麦粉をこんなにいただきましたが、ご覧の通り、きちんとした倉庫が焼けてしまいましたものですから、仕方なく学校に置いております」
「黴や害虫でダメになる前に活用しませと、勿体のうございますからね」
聖職者二人が、小麦袋の山を溜め息混じりに見上げる。
「鍋と小麦粉の交換……まぁ、フツーって言えばフツーだけど」
「いつもはバルバツム連邦のキルクルス教系のとこから来るんですよね?」
「一方的に送りつけた癖に小麦粉寄越せって……」
「しかも、半分以上、スクラップだったのに厚かましいって言うか」
正規軍の兵士に言われ、自治区民たちは顔を見合わせた。
……外からだと、そう見えるのね。
クフシーンカは、壊れた鍋も「上等な素材だ」と手放しで喜んだ工場関係者の笑顔を思い出し、悲しくなった。
今でこそ、キレイに生まれ変わったが、以前の東教区はバラック地帯だ。あの頃は、金属の鍋どころか、木箱や発泡スチロール、段ボールなども貴重品だった。
住まいがトタンや廃材のバラックから、プレハブの仮設住宅に変わっても、人の意識は、そうすぐに変わるものではない。
リストヴァー自治区……特に東教区の住民が「鉄屑を寄越された」と腹を立てられるくらい豊かになるには、どれ程の歳月を要するのか。
「恐らく、私共が小麦粉を送らなければ、アミトスチグマの団体は、一度きりの寄付と割り切って、二度と送って来なくなるでしょう」
「でも、送るんですよね?」
司祭が言うと、正規兵は「本当にいいのか」と問いたげな目を向けた。
クフシーンカが、遠い昔の苦い記憶をを掘り起こして言う。
「私たちは、半世紀の内乱の反省から、異教徒と関わらなければ、お互いがそれぞれ別の道で幸せになれると思っておりました」
「実際は、そうではなかった……と?」
この部隊の隊長が、星道の職人クフシーンカに問う。
「はい。お恥ずかしい話、自治区内では格差が拡大しました。その不満を利用して勢力を拡大した星の道義勇軍や、星の標が、異教徒に攻撃を仕掛けるのを止められませんでした」
老いた職人に代わって答えたウェンツス司祭は、沈痛な顔を正規兵に向け、俯かずに続ける。
「自治区もまた、星の標とネミュス解放軍の戦場になりました」
「えーっと……それで……?」
この部隊は、本当に若者ばかりなのか、困った顔を互いに見合わせた。
「平和の為に住み分けたつもりが、実際は、分断と無理解が進んだだけでした」
キルクルス教の司祭が言うと、フラクシヌス教徒の兵士たちは姿勢を正した。
「それが憎悪を生み……ご覧の有様です」
「でも、それって国内のコトですよね?」
どうにも飲み込めない顔で、魔装兵が聞く。
「アミトスチグマのこの団体は、信仰を異にするにも拘らず、私共に手を差し伸べ、交流の機会を与えて下さいました」
兵士が首を捻る。
「国内の……えっと、今、この辺で人が住んでるのって」
「トポリとかじゃなくて、いきなり外国と交流ですか?」
「国内は、戦闘で多くの血が流されました。ある程度、状況が落ち着いて、少しでも、わだかまりが解消されてからでなければ、無理な交流が原因で、新たな諍いの火種を作りかねません」
ウェンツス司祭の悲しみを抑えた声が、小学校の体育館に広がって消えた。
子供たちの姿はなく、小麦粉の山があるだけだ。
「手紙の指示に従っても、次があるとは限りませんよ?」
「信じるんですか?」
「いきなりガラクタ送りつけて、食べ物寄越せなんて言う失礼な団体を?」
魔装兵たちが、キルクルス教の聖職者に信じられないものを見る目を向けた。
「私共、自治区民の間でも、様々な議論が起こりました。ですが、一度は信じて実行しないことには、その先はありません」
「残るのは、相互不信と分断、食べきれずに傷んでしまうかもしれない小麦粉だけですよ」
内乱前の平和を知る老女クフシーンカが言い添えると、政府軍の若い兵士たちは揃って頷いた。隊長の指示でテキパキ動き、二十キロ入りの小麦袋が次々と小さな魔法の袋に呑み込まれる。
丁度、千袋入れたところで、入らなくなった。
☆運び屋フィアールカの手紙……「1450.置かれた手紙」参照
☆菓子屋の妻が言う通り、みんな「普通の人」……「1326.街道の警備兵」「1327.話せばわかる」参照
☆ネミュス解放軍……「904.逆恨みの告口」「905.対話を試みる」参照
☆一般の自治区民に気遣いを見せたウヌク・エルハイア将軍……「916.解放軍の将軍」~「918.主戦場の被害」参照
☆別の団体からは、小麦粉/いつもはバルバツム連邦のキルクルス教系のとこから来る……「1358.積まれる善意」~「1360.多くの離反者」参照
☆その不満を利用して勢力を拡大した星の道義勇軍や、星の標が、異教徒に攻撃を仕掛ける……「0011.街の被害状況」「0013.星の道義勇軍」「034.高校生の嘆き」~「036.義勇軍の計画」参照
☆平和の為に住み分けたつもりが、実際は、分断と無理解が進んだだけ……「890.かつての共存」「900.謳えこの歌を」参照




