1487.島守と押問答
「久しいな、セプテントリオー」
「お久し振りです。アル・ジャディ将軍」
「今日はラキュス・ネーニア家の一員としての私用だ。肩書きは抜きで頼む」
ネモラリス政府軍の指揮官は、家族さえ一人も連れず、オーストロフ島を訪れたようだ。
……司令本部を留守にする程の私用?
セプテントリオーは耳を疑った。
島守のマガン・サドウィスは何も言わない。
背後の祭壇では、祖神ラクテアの【魔道士の涙】碧玲が、静かに水を産み出す。
碧玲には、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの青琩のような強い輝きはない。結晶に宿る光が、遠い子孫をやさしく迎えた。
祭壇の周囲には、杯型の台座がふたつ設けられ、それぞれ、山と盛られた【魔道士の涙】と【魔力の水晶】が淡い光を放つ。
ラキュス・ネーニア家の血族が、生前に蓄えた魔力と、祈りと共に【水晶】に籠めて捧げられた魔力が、碧玲の力の源だ。
半世紀の内乱中、ラキュス・ネーニア家の者も命を落とした。
セプテントリオーの家族は、遺体を回収できた為、ここで葬儀を行えたが、そうでない者は、【涙】をどこの誰に持ち去られ、何に使われたか定かでない。
最悪の場合、遺体が魔獣の餌食になり、更なる犠牲者を呼んだ可能性もあるが、今となっては昔のことだ。
「葬儀以来か。今まで、どうしていた?」
「どうと言われましても……」
ラキュス・ラクリマリス王国が共和制に移行した際、王国軍は解体され、共和国軍に再編された。
セプテントリオーは軍医を辞め、半世紀の内乱中は、医療産業都市クルブニーカの公立病院や民間病院で働いた。
その後、ゼルノー市立中央市民病院に勤めたが、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲で、勤務先は完膚なきまでに破壊し尽くされた。
以来、セプテントリオーは、国境を越えて彷徨い歩く。
後悔や悲しみと共に新たな経験を積み、若者たちに希望を与えられては、また歩みを再開して、ここに来た。
遠縁のアル・ジャディは、言葉を濁した元軍医にそれ以上追及せず、島守の青年に向き直った。
「マガン・サドウィス。お前は島守になってからずっと、何をしていたのだ?」
「何をと言われましても……」
アル・ジャディは島守への追及は緩めなかった。
「島守になってから、この八十年余り、何をしていたのかと聞いておるのだ!」
マガン・サドウィスが目を泳がせる。
セプテントリオーは、彼の働き振りを直接には知らない。
内乱中、家族の葬儀でオーストロフ島を訪れた際、マガン・サドウィスは既に島守だった。
遠縁の老女は、セプテントリオーが聞きもしないのにあれこれ教えてくれた。噂好きの遠縁たちも、彼女の説明を補い、シェラタン当主は苦々しく肯定した。
あの頃から、何も変わらないらしい。
「この水量の少なさは何だ? 【水呼び】はどうした?」
「毎月、最低一回は謳うんですよね?」
「覚えているのか? お前の息子たちには教えたのか?」
「子供らは、領地の仕事が忙しくて、ここには滅多に来ません」
「まだ、領地などと吐かすか!」
アル・ジャディに一喝され、マガン・サドウィスはびくりと身を竦ませた。
「共和制に移行し、貴族の身分が廃されて何年経つと思うのだ!」
「……二百年弱、です」
水音に掻き消されそうな答えが返ると、アル・ジャディはこめかみに青筋を浮かせて拳を握った。
「常命人種の人生、何世代分も時代に乗り遅れおって! 恥を知れ!」
「えっ、いやあの、時代って言うか、領民がみんな……」
「彼らは今、普通の雇い人だ! 何度言えば分かるッ?」
防戦一方ではあるが、現在、戦争を遂行する現役の軍人が放った怒声が、神殿の湿った空気を震わせる。
マガン・サドウィスが、セプテントリオーに助けを求める目を向けた。
「あっ、あなたは、何をしに来られたんです?」
「何をと言われましても、普通にお参りですが」
白衣のポケットから、大粒の【魔力の水晶】を出してみせる。
例の村で、治療の報酬としてもらったものだ。
移動放送局プラエテルミッサの共有財産に入れたが、レノ店長が、大粒の物を選んで持たせてくれた。七粒の【水晶】には、既に魔力を満たしてある。
「セプテントリオー、お前の一族の葬儀で【水呼び】を謳ったのは誰だ?」
「シェラタン当主です」
正直に答えると、島守マガン・サドウィスが憎々しげにセプテントリオーを睨んだ。
「で、お前は【水呼び】を謳えるようになったのか?」
「俺のことより、姉さんがどこへ行ったか、ご存知ありませんか?」
将軍が一歩詰めると、島守の若者は一歩退く。
セプテントリオーも、うっすらと事情を飲み込めたが、口を挟まなかった。
「知ってどうする?」
「何も言わずに出て行って、一年以上も戻らないんですよ」
「それで?」
アル・ジャディの冷ややかな声に島守の縋るような声が続く。
「先週、長男が来た時に聞いてみたら、ネモラリス島の領地にも居ないって言われたんです。おじさんは心配じゃないんですか?」
マガン・サドウィスが食い下がるが、アル・ジャディは一蹴した。
「当主の務めさえ果たしておれば、どこにいようとあの娘の自由だ」
「政府軍の捜索能力では所在を把握できない……の間違いじゃないんですか?」
島守マガン・サドウィスの目に侮蔑の色が宿った。
……政府軍と解放軍から身を隠したかっただけではなさそうだな。
アーテル共和国と戦争状態にある将軍の身では、戦争当事国に挟まれ中立を保つラクリマリス政府に大神殿への立入りを断られるかもしれない。だが、他の親族を使いに遣れば、神官たちには拒めないだろう。
「当主は大変難しい立場だ。所在は軍事機密に属する。口の軽いお前になぞ、教えられよう筈がない」
ピシャリと撥ねつけられ、島守は小さくなった。
「お前が姉の所在を知りたがる理由なぞ、お見通しだ」
「いや、あの、俺はただ、姉さんが心配なだけで……」
「代わりに【水呼び】を謳わせたいだけのことであろう? ん?」
鋭い視線が「他に理由があるものならば述べてみよ」と問う。
島守マガン・サドウィスは拳を握って俯いた。
彼の徽章は【畑打つ雲雀】学派だ。農業用の術では、現役の軍人アル・ジャディ将軍には全く歯が立たない。
セプテントリオーは、居たたまれなくなってきたが、ここまで来て、目的を果たさず出直すワケにもゆかず、もう少し見守ることにした。
☆セプテントリオーの家族は、遺体を回収できた……「359.歴史の教科書」「685.分家の端くれ」参照
☆共和制に移行した際、王国軍は解体され、共和国軍に再編……「261.身を守る魔法」「310.古い曲の記憶」「561.命を擲つ覚悟」「603.今すべきこと」参照
☆共和制に移行し、貴族の身分が廃されて何年経つ……「0059.仕立屋の店長」「264.理由を語る者」「1337.声なき困窮者」参照
☆勤務先は完膚なきまでに破壊し尽くされた……「526.この程度の絆」「527.あの街の現在」参照
☆例の村で、治療の報酬……「1059.負傷者の家へ」~「1062.取り返せる事」参照
☆姉さんがどこへ行ったか……「683.王都の大神殿」~「685.分家の端くれ」参照




