1485.文化の影響力
「勿論、並行して、いつも通りに各武装勢力の動きも見なくちゃだし、バルバツム連邦やキルクルス教団……アーテルを支援する国とかの動き、難民キャンプや自治区の様子、周辺国の動き、ネモラリスとアーテルの政府と軍、民間の動きとかも調べないと」
「そんなにいっぱい調べ物があるのに……他にもしたいコトがあるの?」
タイゲタが、ファーキルに呆れ半分、心配半分の目を向ける。
「実働は俺じゃないよ。俺はただ、ラゾールニクさんやフィアールカさんに案を出して、ここはこうした方がいいとか修正案をもらうだけ」
「ファーキルさんが危ないコトするとかじゃないのね?」
「無理無理。現地に行って実際、何かすんのって、魔法と端末、両方使える同志だよ」
ファーキルは顔の前でヒラヒラ手を振って苦笑した。
……俺、自分じゃ何もできないんだよな。
「でも、その人たちが集めた情報、まとめたりするのって、ファーキルさんなんでしょ?」
「そうだけど、現地行く人たちに比べたらヒマだし、危険なんてこれっぽっちもないし、楽勝だよ」
「過労って、作業の難易度や危険度にあんまり関係ないって、マリャーナさんが言ってたけど?」
……マリャーナさんに言われて、俺が働き過ぎないように監視しに来たのか。
ファーキルはマグカップを手に取り、紅茶をゆっくり吹き冷ました。
ドーシチ市の屋敷でもらった銅マグは、移動販売店プラエテルミッサのみんなとお揃いだ。目を閉じて唇をつけると、何となく、みんなとの距離が近くなった気がする。
見落とされた者は、少し前に滞在した無医村で、麻疹の治療に追われた。
薬師アウェッラーナと呪医セプテントリオーだけでなく、素人のみんなも、素材の調達や魔法薬作りの手伝い、病人食の調理、看護や受付などに力を尽くす。
ワクチン未接種の仲間も感染し、とうとう薬師アウェッラーナが過労で倒れた。
その件は何とかなったが、つい先日も、リャビーナ市内の駐車場にトラックを停めて宿泊中、深夜に不審者が来たと言う。
……みんなの大変さに比べたら、俺なんか全然じゃないか。
アミトスチグマ王国の大企業パルンビナ株式会社の役員宅で匿われ、衣食住も安全も、ネットの接続環境なども、必要なものは何でも惜しみなく与えられる。
総合商社パルンビナは、ファーキルたちが収集するネモラリス共和国の情報を欲する。
この間も、ネモラリスの臨時政府相手に復興工事用の建築資材、ネミュス解放軍には麻疹ワクチンとその原料を調達し、それなりに利益を上げたらしい。
「したいコトって何? 私でもできるコトあったら手伝うけど?」
「ありがとう。今はまだ、手伝ってもらえそうなコト、ないかな」
「今はまだって……後であるのね?」
「上手く行ったら、宣伝を手伝ってもらうかもしれないけど、向こうの様子次第じゃ、広告を打たない方がいいかもしれないから、今は手伝ってくれる気持ちだけで嬉しいよ」
ラゾールニクから、どこでどんな妨害が入るかわからない為、情報は極力漏らさないようにと釘を刺された。
武力に依らず平和を目指す名もなき活動には、様々な属性の者が関与する。
星の標リャビーナ支部のオースト支部長らも、ネモラリス共和国内の仮設住宅で暮らす罹災者支援や、先日の慈善コンサートなどに関わった。
キルクルス教を密かに布教する隠れ蓑にされるのは不快だが、表向きは、同志が行う慈善活動をきちんと支援する為、排除できない。
他にも、隠れキルクルス教徒や、アーテル政府などと繋がりを持つ人物が紛れ込み、報告書データにアクセスできるところに居るかもしれない。
「冒険者カクタケア」シリーズを共通語に翻訳し、バルバツム連邦で出版する件は、発売されるまで、報告書にも載せないよう口を酸っぱくして言われた。
この件を知るのは、発案者のファーキルと、相談を受けたラゾールニク、バルバツムの出版社に話を持ち掛けた運び屋フィアールカの三人だけだ。
翻訳は、リストヴァー自治区の大学生に依頼する予定だが、区長やフェレトルム司祭を通じて外部に漏れる可能性があり、政府軍も駐留することから、目的を伏せて伝えるだろう。
「アーテルの……瞬く星っ娘のファンって、君たちの引退宣言で魔法使いを見る目が変わった人、結構居るよね?」
「実際、どのくらいかわかんないけど」
タイゲタは、視線を遠くへ投げた。
彼女ら脱退メンバーが「平和の花束」として活動を再開すると、かなりのファンがついてきた。
新規のファンも増え、AMシェリアクの特別番組「花の約束」を収録した海賊版CDの売上は上々だ。
「小説のカクタケアシリーズは、若い世代に信仰の矛盾とかを議論させるきっかけを作ったよね」
「最新の外伝、大統領予備選に影響あったっぽいね」
タイゲタがこくりと頷き、ずり下がった眼鏡を中指で押し上げた。
カクタケアの外伝最新話は、選挙に絡めて魔獣と戦う内容だ。
どの程度の票が動いたか不明だが、平和を呼掛ける「安らぎの光党」のヒュムヌス候補が、予備選を通過した。
「君たちの歌や遠征ライブを通じて、一部のバルバツム人はアーテル共和国の存在を知ったけど、国同士の関係に影響を与えられる層じゃない」
「さっきから何のハナシ?」
「文化の力って、なかなか侮れないなって思って」
ファーキルは、喋り過ぎないよう言葉を絞った。
……口が軽いとか、信用してないとかじゃないけど、今はまだ、言えないよな。
「魔法文明圏でのキルクルス教徒特有の問題とか、SNSとサイトで共通語訳した文章を載せても、なかなか読んでもらえなくて」
「私たちにもっと歌で広め……あッ! 新曲作ってるとか?」
タイゲタがパッと顔を明るくした。
ファーキルは苦笑して画面を見る。
「俺は作詞作曲の才能なんてないよ。ルチー・ルヌィ先生は『すべて ひとしい ひとつの花』で手いっぱいだし」
「あー……じゃあ『真の教えを』は?」
「再生数の割にコメント少ないの、叩かれるの怖くて反応できない人が多いからじゃないかな。もっと……何て言うか」
「自由に言える空気がないとムリそうね」
タイゲタが、納得と同時に肩を落とす。
「まだ、信仰を基準に作られた常識の圧力が強いから、それを越えられる何かがあればいいんだけど」
「なかなかそんな都合のいいモノなんてないわね」
バルバツム連邦で翻訳出版に漕ぎつけても、人気が出る保証などない。
売れたところで、主な読者層には、連邦政府を動かす力がないだろう。
ファーキルは、目先の平和ひとつではなく、二度と同じ悲しみを繰り返さない為の道作りをしようと改めて心に誓った。
☆俺が働き過ぎないように監視……「729.休むヒマなし」参照
☆ドーシチ市の屋敷でもらった銅マグ……「243.国民健康体操」参照
☆無医村で、麻疹の治療……「1243.流れて来た病」~「1247.絶望的接種率」参照
☆素材の調達……「1248.深まる不安感」「1272.買物で助ける」参照
☆魔法薬作りの手伝い、病人食の調理、看護や受付など……「1242.蓄えた備えで」「1246.伝わった流行」「1271.疲弊した薬師」「1281.寝込めるヒマ」参照
☆ワクチン未接種の仲間も感染……「1251.感染者を隔離」「1252.病で知る親心」「1280.病室に逆戻り」参照
☆薬師アウェッラーナは過労で倒れた……「1284.過労で寝込む」~「1286.接種状況報告」参照
☆リャビーナ市の駐車場にトラックを停めて宿泊中、深夜に不審者が来た……「1470.見張りの変更」「1471.不在中のこと」参照
☆総合商社パルンビナは(中略)ネモラリス共和国の情報を欲する……「865.強力な助っ人」「1040.正答なき問い」「1043.アーテルの歪」参照
☆ネモラリスの臨時政府相手に復興工事用の建築資材……「729.休むヒマなし」参照
☆ネミュス解放軍には麻疹ワクチンとその原料を調達……「1058.ワクチン不足」「1265.お役所の障壁」「1267.伝わったこと」「1286.接種状況報告」参照
☆仮設住宅で暮らす罹災者支援……「724.利用するもの」「796.共通の話題で」参照
☆先日の慈善コンサート……「1456.倉庫街で催し」~「1462.弱き者の視点」参照
☆君たちの引退宣言……「430.大混乱の動画」参照
☆AMシェリアクの特別番組「花の約束」
第一回放送……「1014.あの歌手たち」~「1018.星道記を歌う」参照
第二回放送……「1149.一時間の番組」~「1151.知るきっかけ」「1153.繋がった記憶」~「1155.半人前の扱い」参照
☆海賊版CDの売上は上々……「1065.海賊版のCD」「1067.揉め事のタネ」「1088.短絡的皮算用」「1105.窓を開ける鍵」「1125.制作費の支払」参照
☆若い世代に信仰の矛盾とかを議論させる……「794.異端の冒険者」~「796.共通の話題で」「1103.ルフス再調査」~「1105.窓を開ける鍵」「1134.ファンの会合」~「1136.民主主義国家」「1407.神学生と密偵」~「1411.データの宝箱」参照
☆最新の外伝……「1134.ファンの会合」「1213.確認に費やす」参照
☆大統領予備選に影響あったっぽい/「安らぎの光党」のヒュムヌス候補が、予備選を通過……「1198.拡散効果検証」参照
☆ルチー・ルヌィ先生は『すべて ひとしい ひとつの花』で手いっぱい……「1396.無名の者の詞」「1397.同じ朝の同志」「1399.決まらない詞」「1418.あの時の言葉」参照
☆真の教えを……「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」参照




