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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1521/3515

1481.王都の難民は

 薬師(くすし)アウェッラーナの予想通り、ラクリマリス王国の薬素材の店では、高く買ってもらえた。

 ウーガリ古道付近で採った樹皮など、これだけでは使えない素材でも、平和で物資が豊富な場所なら、取引がすんなりゆく。


 薬師アウェッラーナは、対価として受取った他の薬素材や【魔力の水晶】を鞄に詰め、複雑な思いで店を出た。

 「お待たせしました」

 明るい声と表情を作って同行者と歩きだす。

 アビエースは、妹の作り笑いに気付いたようだが、何も言わなかった。

 パドールリクとピナティフィダは、クルィーロから預かったタブレット端末で、地図を確認するのに忙しい。


 数少ない来訪の記憶と、王都のそこかしこにある巡礼者向けの案内板、操作が覚束ない端末の地図を頼りに神殿を巡る。


 最初に足を運んだのは、湖の女神パニセア・ユニ・フローラを祀る西神殿だ。



 ランテルナ島脱出後、移動販売店プラエテルミッサのみんなで参拝したのが、遠い昔のようだ。

 この神殿で、初対面の参拝者たちが、アミエーラと大伯母カリンドゥラが会えるよう、動いてくれた。カリンドゥラが有名な歌手でなかったら、アミエーラが大伯母と似ていなければ、参拝者が歌手ニプトラ・ネウマエのファンでなかったら、出会えなかっただろう。


 同じ神殿で、レノ店長は常連客の高校生と再会できた。

 彼はロークの友人でもある。

 アウェッラーナは、世の中にこんな偶然があるものなのかと人の縁の不思議に驚いた。


 カリンドゥラは、歌手ニプトラ・ネウマエとして、この王都ラクリマリスを活動拠点に慈善コンサートを行う。

 アミエーラも、アミトスチグマ王国で難民キャンプの支援や、慈善コンサートの活動を続ける。


 ロークは、ネモラリスの首都クレーヴェルの帰還難民センターで父と再会した。父と共にレーチカ市へ行ったが、隠れキルクルス教徒の支援によって、アーテル共和国の首都ルフスに渡り、神学校に入学した。

 色々あってランテルナ島に渡り、今は地下街チェルノクニージニクの呪符屋でアルバイトをして生計を立てつつ、運び屋フィアールカらの指示で情報収集を行う。


 かつての仲間と離れても、アミトスチグマ王国に渡ったファーキルがまとめてくれる報告書を通じて、元気なのがわかるのも、何とも不思議な気持ちになる。



 今の西神殿には、ネモラリス人の難民も、腥風樹(せいふうじゅ)から逃れたネーニア島南部のラクリマリス人も居ない。ラクリマリス軍が腥風樹の駆除を終え、ラクリマリス人はみんな地元へ帰れたのだ。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、参拝者に目を凝らしたが、ネモラリス難民らしき、疲れた人の姿はなかった。

 窓から集会室を覗いてみたが、会議用の長机とパイプ椅子が整然と並ぶだけで、誰も居ない。寝具代わりの段ボールも、辛うじて持ち出せた身の回りの品も、何もなかった。


 「ネモラリス難民の移送、ほぼ完了したそうですね」

 アウェッラーナは、パドールリクに言われ、以前読んだ報告書を思い出した。

 「どうしようか迷ってた人たちも、結局、難民キャンプに行くって決めたんですね」


 あの呪符屋の一家は、難民キャンプに関するよくない噂を懸念して、この集会所に留まった。自らの意思で難民輸送船に乗ったならいいが、ラクリマリス政府やフラクシヌス教団の都合で追い出されたなら、遣る瀬ない。


 ……でも、二年近くも保護してくれてたし、文句いっちゃいけないわよね。


 アーテル・ラニスタ連合軍の爆撃を防ぐ為、ラクリマリス王国は湖上封鎖を敷いた。王家の使い魔は、ラキュス湖に棲む魔物でこの世の肉体を持たない為、科学の軍しかない両軍には、対抗できない。


 王家の使い魔は、周辺国の商船の航行も同様に妨げ、迂回分の運賃や【跳躍】の人件費と【無尽袋】代が上乗せされ、物価が軒並み上がった。

 また、【無尽袋】の需要が急増し、品薄と価格の高騰も招いた。現在、品薄は解消されつつあるが、価格は高止まりが続く。


 ……ラクリマリス軍が、魔哮砲は兵器化された魔法生物だって発表したから、居辛くなって当然だと思うけど。


 半世紀の内乱後、分離独立して以来、ネモラリス共和国とアーテル共和国は、国交が一切なかった。

 何の前触れもなく、宣戦布告と同時に無差別絨緞爆撃を敢行され、ネモラリス難民は「一方的に理不尽な攻撃に晒された被害者」として、手厚い保護と支援を受けられた。

 発表後は、民主主義国家であるが(ゆえ)、ラクリマリス王国民から、厳しい目を向けられるようになったであろうことは、想像に(かた)くない。


 ……ん? じゃあ、アーテル人も?


 アーテル共和国の国政選挙と、大統領予備選の投票率と結果を見た限り、戦争を()し進める現政権を支持する国民は少なそうだ。

 政府ではなく、国民ひとりひとりとなら、話し合いの余地がありそうだ。

 だが、アーテルでは、星の(しるべ)が堂々と活動する。


 報告書には、アミエーラたちから聞き取ったリストヴァー自治区の様子を記した箇所があった。

 アーテルでも同様なら、星の(しるべ)の目が届く場所で、平和について……特にネモラリスとの共存については、話せないだろう。



 四人は、順路に従い、神殿の奥へ進んだ。

 祈りと魔力を籠めた【魔力の水晶】を捧げ、平和を望む人々との縁を祈る。



 「新聞は一箇所で一紙だけ買って、なるべくたくさんお店を回るんでしたね」

 ピナティフィダが大人たちに確認する。

 「そうだね。物価や品揃え、お客さんの様子、それと噂話とかもなるべくメモするように頑張ろう」

 「それから、通行人の様子も……でしたっけ? お兄ちゃんたち、こんな大変なコトしてたんですね」

 パドールリクの答えに頷いて、ピナティフィダが物珍しげに神殿前の水路をゆく舟客を見遣る。


 「あっ……お久し振りです」

 「あぁ、薬師(くすし)さん。お久し振りです」

 アウェッラーナが会釈すると、運び屋フィアールカの伝手(つて)で知り合った神官は、明るい顔で小走りして来た。

 「お陰様でご縁が繋がって兄と再会できました」

 「おめでとうございます。水の(えにし)が幸いと結ばれますように」

 「今日は来ていませんが、あの時、一緒にいた子も、こちらのお父さんと再会できたんです」


 初対面の兄アビエースが軽く頭を下げ、パドールリクが礼を述べる。

 「子供たちが大変お世話になりましたそうで、ありがとうございました」

 「こちらこそ、フィアールカ神官によろしくお伝え下さい」

 神官は型通りに返して声を潜めた。

 「今日はフィアールカ神官から、何かアミトスチグマの情報を?」


 アウェッラーナは何故、そんなコトを聞かれるのか気になったが、取敢えず今日の予定を答えた。

☆ウーガリ古道付近で採った樹皮など……「1446.旧街道で待つ」参照

☆ランテルナ島脱出後、移動販売店プラエテルミッサのみんなで参拝した……「539.王都の暮らし」「542.ふたつの宗教」参照

☆参拝者たちが、アミエーラと大伯母カリンドゥラが会えるよう、動いてくれた……「540.そっくりさん」「541.女神への祈り」「543.縁を願う祈り」参照

☆レノ店長は常連客の高校生と再会/彼はロークの友人……「543.縁を願う祈り」「544.懐かしい友人」参照

☆腥風樹から逃れたネーニア島南部のラクリマリス人……「489.歌い方の違い」「490.避難の呼掛け」「544.懐かしい友人」参照

☆ラクリマリス軍が腥風樹の駆除を終え、ラクリマリス人はみんな地元へ帰れた……「1032.王国側の反応」参照

☆以前読んだ報告書……「1272.買物で助ける」参照

☆どうしようか迷ってた人たち/あの呪符屋の一家……「737.キャンプの噂」参照

☆ラクリマリス軍が、魔哮砲は兵器化された魔法生物だって発表した……「580.王国側の報道」「581.清めの闇の姿」「788.あの日の歌声」参照

☆アーテル共和国の国政選挙……「868.廃屋で留守番」「1156.掴ませる情報」「1157.国会に届く歌」参照

☆大統領予備選の投票率と結果……「1164.信任者の実数」「1344.投票所周辺で」~「1346.安定には遠く」参照

☆アミエーラたちから聞き取ったリストヴァー自治区の様子……「858.正しい教えを」~「861.動かぬ証拠群」参照

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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