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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第八章 北へ

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152/3501

0152.空襲後の地図

 薬師(くすし)はやさしく微笑み、ページを開きながら工員に近付く。

 「呪文自体はとても簡単です。すぐ覚えられますよ」


 クルィーロは手帳を受け取り、呪文に目を通した。【浮遊落下】に似ている。魔力の乗せ方も、似たような感じでいいのだろう。

 「私も、あっちで少し試してみたんですけど、簡単でしたよ」

 その言葉にホッとする。


 アウェッラーナはみんなを見回して言った。

 「この術、掛けるの自体は楽なんですけど、軽くなった物を動かすのは、ちょっと難しいみたいで……」

 「予想以上に軽くなり、勢い余って宙に浮かせてしまった」

 ソルニャーク隊長が、苦笑交じりに説明を代わる。


 みんなが注目すると、表情を引き締めて続けた。

 「術の効果は一分だそうだ。下手をすると、重さが戻った瓦礫の下敷きになりかねん」

 同行した地元民のロークが、その(かたわ)らで何度も(うなず)く。

 クルィーロは状況を想像してみた。


 ……効果時間が短いから、急いでやろうとして勢い余ったってとこか。


 クルィーロは、車道を塞ぐコンクリ塊に視線を移した。

 落ち着いて、しっかり掴んで、速やかに移動して、離れる。それなら、危険はないような気がした。


 ……下敷きにならないように……二人で左右に分かれて持って、せーので投げ捨てる感じか?


 「今日はもう日が暮れるし、晩メシにしよう」

 レノの一言で、放送局のロビーに入った。



 数日ぶりの焼魚を口いっぱいに頬張り、少年兵モーフが嬉しそうに笑う。


 ……魚が好きなのか。


 クルィーロは、隊長を質問攻めにする少年兵をぼんやり眺めた。

 ソルニャーク隊長は、他のみんなにも聞こえるように、やや声を大きくしてきちんと答える。ひとつ答えれば、それに対してふたつみっつ質問が飛び出した。

 トラック運転手のメドヴェージが、そんな少年兵を穏やかな目で見守る。


 ……「おっさん」って言ってたけど、親戚にしちゃよそよそしいし、全然似てないし……?


 夕飯の後片付けを終える頃にはすっかり日が落ちた。 

 慣れない力仕事で疲れたらしく、アマナがうとうとし始める。

 クルィーロは先に妹を寝かしつけ、そっと寝床を抜け出した。


 他は寝息を立てるが、薬師(くすし)アウェッラーナ、ソルニャーク隊長、地元民のロークは起きて何か書き物をする。


 そっと覗くと、三人が書くのはこの辺りの地図だった。

 記憶頼みのあやふやな図だが、ないよりはマシだ。ニュース原稿やラジオの報道から状況も書き込んである。


 ゼルノー市東部の湖岸三区とリストヴァー自治区東部は、空襲以前に焼失した。セリェブロー区全域とゾーラタ区の北西部は直接見た限り、空襲で焦土と化した。避難所情報が全くないマスリーナ市とクルブニーカ市も同様だろう。


 挿絵(By みてみん)


 通行可能な道は、セリェブロー区の警察署前からゾーラタ区のオフィス街まで見えた。どこまで行けるか、行ってみなければわからない。


 「当初の予定では、マスリーナ市へ行くと言ったな。だが、無理に瓦礫を撤去するより、道なりに行く方がいい」

 生存率の低い身内を探しに行くより、今、ここで確かに生き残った者をしっかり守る。ソルニャーク隊長の言い分は(もっと)もだ。


 ……確かに正しいよ。でも、もし、母さんが生きてたら……見捨ててどっか行くなんて。


 クルィーロは緑髪のアウェッラーナを見た。

 この薬師(くすし)は湖の民で、漁師の一族だ。

 テロの最中、身内はラキュス湖で操業中だったと言う。空襲もそのまま湖上でやり過ごし、どこか安全な港に避難できた可能性が高い。

 魔道機船の乗組員が魔法使いなら、どこまでも行ける。

 テロ直後は、最寄りの港が北のマスリーナ港だったが、空襲後はどうだろう。


 ……アウェッラーナさんの家族、ついでにウチの親も乗っけてないかな?


 我ながら、甘えた考えだと思う。

 もう何度も自分で否定したが、それでも、(わら)にも(すが)る思いでそんな可能性を手放せず、絶望から目を(そむ)けてしまう。


 「役所の貼り紙では、クブルム山脈沿いの都市は全て壊滅。支援を集約する為、ネーニア島北部へ避難せよ、とあった」

 ソルニャーク隊長が今日見て来たことを語る。

 一緒に行ったロークが付け加えた。

 「マスリーナ市の生存者はとっくにキパリース市か、もっと北へ避難したってコトですよね」


 ……それも勿論(もちろん)一理ある。でも、現に俺たちは取り残されてる。他にも似たような人が居ないって、どうして言い切れるんだ?


 数日前には、ニェフリート運河の(ほとり)に暴漢も居た。

 クルィーロはそれを口に出せない。


 そんなものは単に、気分の問題だ。


 魔法使いなら術でとっくに避難しただろう。

 力なき民は魔物や飢え、寒さで死んだ可能性が高い。

 クルィーロたちは、単に運がよかったのだ。


 ……そうだよな。魔物。レノたちが見たって言う真っ黒な奴。そいつに食われたかもしれないのに。


 「まぁ、どこへ行くにしても、瓦礫を()けないことには、どうにもならないからな。頑張って呪文覚えるよ」

 今のクルィーロには、無理に笑ってみせることしかできなかった。

☆予想以上に軽くなり、勢い余って宙に浮かせてしまった……「0151.重力遮断の術」参照

☆魚が好き……「0043.ただ夢もなく」「0045.美味しい焼魚」「0046.人心が荒れる」参照

☆湖岸三区とリストヴァー自治区の東部は、空襲以前に焼失……「0042.今後の作戦に」参照

☆セリェブロー区全域とゾーラタ区の北西部は直接見た限り、空襲で焦土……「0056.最終バスの客」「0072.夜明けの湖岸」「0073.なにもない街」参照

☆避難所情報が全くないマスリーナ市とクルブニーカ市……「0092.情報のない街」参照

☆もし、母さんが生きてたら……「0040.飯と危険情報」→「0082.よくない報せ」参照

☆この薬師(くすし)は湖の民で、漁師の一族だ/テロの最中、身内はラキュス湖で操業中だった……「0043.ただ夢もなく」「0049.今後と今夜は」参照

☆役所の貼り紙……「0146.警察署の痕跡」参照

☆ニェフリート運河の(ほとり)には暴漢も居た……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆レノたちが見たって言う真っ黒な奴……「0089.夜に動く暗闇」「0126.動く無明の闇」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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