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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1475.使い魔との壁

 二度目の【見診】は、ラズートチク少尉が同席した初回より長かった。


 トポリ基地の軍医が手を放す。

 魔装兵ルベルは、額からぬくもりが遠ざかった途端、不安に駆られた。

 「先程、少尉殿にも説明しましたが、今、あなたが感じる痛みは、あなた自身のものではありません」

 痛みが背から首へ這い上がり、魔装兵ルベルは息を詰め、固く目を閉じた。


 「ですから、術や薬で痛みを取り除くことはできません」

 説明する軍医の声音は、先程とは打って変わってやさしく穏やかだが、内容の厳しさには変わりがない。

 軍医が診察台で前屈みになり、痛む箇所にそっと手を触れた。あたたかな手がルベルの背をやさしく撫でる。

 痛み自体はなくならないが、何故か安心感があった。


 「細く、ゆっくり息を吐きながら、身体の力を抜いて下さい。細くゆっくり……そう……ゆっくり」

 ルベルは、食いしばり過ぎて強張った顎の力を抜き、辛うじて空いた歯の隙間から、細く息を吐いた。二呼吸目から、吐息に合わせて拳を緩める。


 「痛いのは、あなたの身体ではありません。あなたと使い魔は、別の存在です」


 ……別の存在?


 何故、そんなことを言うのか。

 ルベルは目だけを動かして、軍医を見た。

 短く刈った黒髪には白い物が少し混じる。


 「あなたが、どんな種類の魔物と【使い魔の契約】を結んだにせよ、その魔物は魔物、あなたはあなた。別個の存在です。決して忘れないで下さい」


 この痛みは、双頭狼に食い千切られた魔哮砲のものだ。

 シクールス陸軍将補は、使い魔の(あるじ)であるルベルの眼前で、別の魔装兵の使い魔に魔哮砲を襲わせた。

 銀糸の結界【流星陣】に阻まれ、魔哮砲は逃げられず、ルベルは助けを求めて震える使い魔をただ見守るしかなかった。

 双頭狼の(あるじ)に言われるまま、魔哮砲の視聴覚情報を遮断した今、使い魔が彼らからどんな仕打ちをされるかわからない。

 だが、再び繋いで確認するのは怖かった。


 「既にご存知だと思いますが、【使い魔の契約】は、あなたと魔物の魂の一部を接続して支配する術です」

 軍医は、やさしい声で【使い魔の契約】がどんな術であるか、話し始めた。



 術者より弱い魔物などの魂と接続し、相手の意思に反する命令にも従わせる。

 使い魔側は大抵の場合、支配から逃れようと足掻き、術で繋がった部分以上の領域を術者の魂に浸食されぬよう、壁を作る。

 術者側も同様で、必要以上に他者の魂に触れぬよう、壁を作る。


 両者が互いに壁を作って拒絶し合う場合、ルベルのような状態にならない。



 ……使い魔を拒絶?


 ルベルは首を動かし、軍医に顔を向けた。【青き片翼】学派の軍医は、ルベルをやさしく撫でながら説明を続ける。

 「その場合、両者が共有する感覚は、視聴覚だけに留まります。しかし……」



 稀に魔物側が(あるじ)を支配しようと、人間の魂を取り込む為に壁を設けない場合がある。その場合も、術者側に壁があれば、大事には到らない。


 使い魔が猫や(カラス)など、この世の生き物の場合も同様だ。

 この世の生き物は、術者を取り込もうとはしない為、比較的安全だ。



 「使い魔が、遺跡から発掘された魔法生物の場合、人工的に作られた魂には、敢えて付与しない限り、術者を拒む壁を作る能力自体がありません」

 軍医はルベルの右手を両手で包み、ゆっくり揉み(ほぐ)す。

 その手のぬくもりは、確かにルベル自身の手が感じる。


 「使い魔が魔法生物の場合、術者側がしっかり壁を作らねばなりません」


 ゆっくり指を開かれ、手を握られた。

 軍医はもう一方の手でルベルの手の甲を撫でながら言う。


 「思い出して下さい。魔物は魔物。あなたはあなたです」


 新たな痛みが加わり、ルベルは診察台の上で身を()()らせた。再び全身に力が入り、軍医の手を力いっぱい握りしめる。


 新たな痛みは立て続けにルベルを襲った。

 軍医はやさしい声で、声にならない悲鳴を上げる使い魔の(あるじ)に呼掛ける。


 「それは、あなたの痛みではありません」


 肩を食い千切られ、腿を(えぐ)られる痛みはあるが、ルベルの身に出血はない。

 頭では、自分が無傷だとわかっても、痛みはなくならなかった。


 「それは、使い魔の痛みです」


 すべては、遠く離れたレサルーブの森で行われることだ。

 少しずつ齧り取られる魔哮砲も、闇の塊に牙を剥く双頭狼も、魔獣をけしかける魔装兵も、部下に命じるシクールス陸軍将補も、ここには居ない。


 ルベルはトポリ基地の陸軍病院に在って、魔哮砲と傷の痛みを共有する。

 術で接続された魂には、物理的な距離など無関係なのだ。


 「あなたと使い魔は、別の存在です」


 肌に触れる双頭狼の吐息の生温かさ。

 身に食い込む牙の鋭さと舌の粘つき。

 力任せに肉を引き千切られる灼熱感。


 ……俺が、あの時もっと早く気付いて退避できていれば……!


 魔哮砲は、スクートゥム王国の湾内巡視船団から攻撃を受けたせいで膨張した。

 扱いやすく【従魔の檻】に入れられる大きさになるまで、身を削り取られる。魔獣の攻撃は、その時まで止まない。

 魔哮砲の縮小作業は、ルベルにも説明されたが、知ったところで、政府軍上層部の決定に逆らう力などない。


 「あなたはあなた、使い魔は使い魔。思い出して下さい」


 手の甲を撫でる手が腕を撫で上げ、肩を掴んだ。魔哮砲も、ルベルと共に軍医の手のぬくもりを感じるのがわかる。

 食い千切られた闇の断片が、落ち葉の上で傷口から魔力を放出し、命を失ってゆく。身の内を流動する痛みの芯が凍え、灼熱感が寒気(さむけ)に変わる。


 「あなたは、使い魔のすべてを受け容れ、繋がり過ぎたのです」


 今更、あのあたたかな闇の塊を手放せとでも言うのか。

 ()けつく激痛と凍てつく喪失が、身体の中を駆け巡る。

 この痛みも悲しみも、ルベルのものでないから、すべて捨てろと言うのか。


 自分を慕うあのやわらかなぬくもりを拒むことなどできない。


 「使い魔のすべてを受け容れてはなりません。しかし、すべてを捨て去り、拒む必要もありません」


 二頭の双頭狼が、四つの口でやわらかな闇の塊を食い千切る。


 ……やめろ……やめてくれ!


 「あなたはあなた、使い魔は使い魔。適切な距離を保って、同化することなく、存在を切り分けても、契約は維持できます」


 闇の小片は、すべて死んでしまった。

 痛みの芯がすべて凍てつき、寒さに震える。

 視聴覚を遮断しても、距離を隔てても、魂が深く繋がったルベルには、目の前で見るよりはっきりとわかった。

☆【使い魔の契約】……「776.使い魔の契約」参照

☆双頭狼に食いちぎられた魔哮砲/レサルーブの森で行われること……「1473.身を切る痛み」参照

☆あの時もっと早く気付いて/スクートゥム王国の湾内巡視船団から攻撃……「1401.人を殺さずに」参照

☆魔哮砲が肥大化……「1422.膨張した兵器」参照

☆使い魔のすべてを受け容れ、繋がり過ぎた……「836.ルフスの廃屋」「1163.懐いた新兵器」参照

☆あたたかな闇の塊……「839.眠れる使い魔」「840.本拠地の移転」「870.要人暗殺事件」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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