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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十章 塋域

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1513/3515

1473.身を切る痛み

 魔装兵ルベルは、未知の痛みに声もなく、両膝を落とした。

 降り積もった落葉が乾いた音を立て、ラズートチク少尉が振り向く。歯を食いしばり、脂汗を浮かべる部下に息を呑んだ。


 「食い千切れ」

 陸軍の魔装兵が、力ある言葉で双頭狼(そうとうろう)をけしかける。

 灰色の魔獣は闇の塊に駆け寄り、右の頭部が喰らいついた。鋭い牙が闇に食い込み、首を振る。

 手榴弾や自動小銃の攻撃では、傷ひとつ付かなかった魔法生物の身が、易々と千切れた。

 左の頭部も喰らいつき、魔獣の牙が闇を引き裂く。

 ルベルは激しい痛みに悲鳴を上げることさえできず、自分の肩を抱いて息を止めた。


 「ルベル、どうした?」

 上官の問いに答えようと顔を上げたが、再び右の頭部に闇が齧り取られ、息を呑んで()()った。


 魔法生物は、双頭狼の牙から逃れようと這う。不可視の壁にぶつかり、巨体を扁平に歪ませた。銀糸の結界が魔哮砲と双頭狼を囲み、逃がさないのだ。

 陸軍の使い魔は、容赦なく魔法生物を食い千切った。

 ルベルは声にならない悲鳴を上げ、落葉の上に突っ伏す。こぼれた涙が落葉を叩いた。


 「中断!」


 ラズートチク少尉の鋭い声が飛び、陸軍の魔装兵が、使い魔の双頭狼に待機を命じた。

 灰色の魔獣は食い千切った闇を吐き出し、【流星陣】の中で(うずくま)って次の命令を待つ。


 ……死ぬ……死んでゆく。


 魔獣に食い千切られ、落葉の上に吐き捨てられた闇の小片から魔力が抜け、次々と命の灯が消えてゆくのがわかる。闇のかけらがひとつ死ぬ度に痛みの芯から熱が喪われ、身の内に生じた寒さで凍えた。


 「ルベル、どうした?」

 傍らにしゃがんだ上官が、倒れた魔装兵を助け起こした。ルベルは痛みに加わった寒さで歯の根が合わず、答えられない。

 陸軍の魔装兵も歩み寄り、片膝をついてルベルの手を取った。固く握った拳の内で掌が汗ばむ。

 「おい、聞こえるか?」

 それには、辛うじて首を縦に動かせた。涙が頬を伝い落ちたが、ルベルは自分が泣くのか、魔哮砲が泣くのかわからなかった。


 「使い魔の感覚、切ってるよな? 視聴覚の共有遮断」

 重ねて問われたが、またひとつ、かけらから命が喪われ、寒さに苛まれて答えられなかった。身体の奥が、凍気に切り裂かれたように痛む。

 使い魔を使役する魔装兵が、困った顔でシクールス陸軍将補とラズートチク少尉を仰ぎ見た。



 魔装兵ルベルたちの現在地は、レサルーブの森だ。ネーニア島を南北に分断するクブルム山脈の北側に広がる。

 半径五キロメートル以内の人間は、ネモラリス政府軍のシクールス陸軍将補、ラズートチク少尉、魔装兵ルベルの他、五人の魔装兵、合わせて八人だけだ。


 銀糸を巡らせた【流星陣】の結界に阻まれ、魔獣狩りの者は立ち入れない。

 万が一、糸が切られた場合に備え、半径三キロと一キロにも結界を張り、多重防護を施してあった。

 魔哮砲と双頭狼を囲む中心の【流星陣】は半径五メートル程だが、肥大した魔哮砲の巨体で、半分近く埋まる。



 「食われた箇所が痛むのか?」

 シクールス陸軍将補に問われ、ルベルは歯を食いしばって頷いた。


 またひとつ、かけらの命が消える。


 不定形の魔法生物のどの部位がどう、ルベルの身体と対応するか不明だが、魔哮砲が魔獣の牙で傷付く度にどこかが激しく痛んだ。

 痛みの位置は流動し、どこが痛いとは説明できない。かつて味わったことのない痛みは、喩えようもなく、どう痛むかさえ説明できなかった。


 「少尉、魔哮砲の操手をトポリ基地に移送し、軍医に診せろ」

 「は!」

 「……少尉が戻り次第、【流星陣】を張り直し、魔哮砲の縮小を再開する」

 「了解!」

 シクールス陸軍将補の命令で、ルベルを除く六人が動いた。


 魔獣を従えた魔装兵二人は、休息用の飲み物を準備する。

 陸軍の魔装兵三人が【跳躍】した。すぐ、軍服の(えり)に着けた【花の耳】に彼らの報告が届く。

 半径一キロの【流星陣】に阻まれ、落ちた地点で一人が銀糸を切って待機。残る二人が半径三キロの陣まで跳ぶ。そこでも同様に一人が銀糸を切って待機し、最後の一人が半径五キロ陣まで跳んだ。

 次々と【花の耳】に報告が入り、ラズートチク少尉が待機を命じる。

 三人目が【流星陣】の解除を報告すると、少尉はルベルを抱えて【跳躍】を唱えた。



 軽い目眩に似た感覚に続いて、冬枯れの殺風景な森が、枯れ草に覆われた平野に変わる。

 トポリ基地周辺には、ネミュス解放軍を警戒して【跳躍】除けなどの結界が巡らされ、周辺部にも魔法では近付けない。

 ラズートチク少尉はナイフを抜き、魔装兵ルベルの周囲に円を描いた。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)り 垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて

  千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて 雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)け 内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」


 刃の土を拭って鞘に収め、ルベルの肩に手を置いて言う。

 「車を呼んで来る」

 ラズートチク少尉は、応えられないルベルを【簡易結界】に残し、彼方に見えるトポリ基地の通用門に走った。


 ルベルは、枯れ草の上に横たえた身をさすってみた。

 特に傷などはない。

 ただ、痛むのだ。

 視聴覚を遮断した魔哮砲が、今、何を見るのか、使い魔の傍でシクールス陸軍将補がどんな命令を下すのか、何もわからない。


 魔哮砲から遠く離れても、魔装兵ルベルの痛みは引かず、身体の奥深くで疼き、千切られた痛みを訴え、そのかけらの死を嘆くように凍えた。

☆手榴弾や自動小銃の攻撃では傷ひとつ付かなかった魔法生物の身……「488.敵軍との交戦」参照

☆銀糸を巡らせた【流星陣】の結界……「607.魔哮砲を包囲」「608.四眼狼の始末」「706.研究所の攻防」「707.奪われたもの」参照

☆シクールス陸軍将補……「704.特殊部隊捕縛」~「707.奪われたもの」「726.増殖したモノ」「776.使い魔の契約」「1170.陸水軍の会議」~「1172.対誘導弾防空」「1197.湖底ケーブル」参照

☆視聴覚の共有……「776.使い魔の契約」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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