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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1471.不在中のこと

 ロークの父を訪ね、リベルタース国際貿易へ行った三人は、二時間弱で戻った。


 メドヴェージは、三人が【跳躍】許可地点に姿を現した瞬間、運転席を飛び降りて荷台を開けた。無駄口を一切叩かず、南西の門を出てウーガリ古道へ向かう。

 追跡車が居るのではないかと胃に痛みを抱えたが、運ばれるだけの身には、如何(いかん)ともし(がた)い。


 四トントラックがカーブを曲がる度に車体が大きく揺れたが、睡眠不足の者も含めて、乗物酔いの症状を訴える者はなかった。

 子供たちは写真を確認する気力もなく、硬い表情で見えない前方と後方にそれぞれ視線を固定する。


 アスファルトの滑らかな道路が、石畳の旧街道に入り、揺れが増す。



 トラックがエンジンを切ったのは、昼を少し過ぎた頃だ。

 荷台の扉が開かれ、外気が吹き込む。外の光と共に見慣れたワゴン車の姿が視界に飛び込んだ。

 アナウンサーのジョールチとDJレーフと別行動をして、一週間ばかりしか経たない筈だが、数年振りに再会できたような安堵と懐かしさが胸を満たした。


 「おっちゃん! よかった……よかっ……ッ!」

 ジョールチに駆け寄ったモーフが、背広の裾を掴んで泣きだした。

 国営放送のアナウンサーは、モーフの肩をやさしく叩き、いつもの落ち着いた声で聞いた。

 「何があったのですか?」

 「数日前、トラックに発信機を仕掛けられ、昨夜は不審者が来た」

 ソルニャーク隊長の簡潔な報告で、放送局員二人はトラックが来た道を振り返った。


 「ついて来た奴ぁ居ねぇけどよ、どうする? もっと移動すっか?」

 「移動? どこへです?」

 ジョールチが、メドヴェージに鋭く問う。

 「どこって、南のホールマに行くか、来た道戻ってリャビーナか、北へ進んでムスカヴィートの方へ戻るか、三択だな」

 トラックの運転手が三方向を指差す。


 呪医セプテントリオーは、一同を見回した。

 「クレーヴェルに行くと決めたのではなかったのですか?」

 「えぇ。レーフと私は、必ず行きます」

 「ホールマ市は、星の(しるべ)の支部があるかどうか、わからないんでしたよね?」

 薬師(くすし)アウェッラーナが、南へ続く石畳の道を怖ろしげに見遣る。子供たちも、不安な目を道の先に向け、ジョールチを見た。


 「現在はわかりませんが、旧王国時代は、ホールマからマチャジーナにかけての平野部の住民は、湖の民ばかりでしたよ」

 「立ち話はアレだ。中で話そうや」

 葬儀屋アゴーニに言われ、セプテントリオーは、力なき民たちが震えるのに気付いた。彼らは魔法で身を守れない。寒さに気付けなかった己が恥ずかしくなり、足下の枯れ草を見詰める。

 「地図見ながら話そう」

 アゴーニに背を押され、荷台に上がった。



 薬師(くすし)アウェッラーナが香草茶を淹れ、メドヴェージが運転席から持って来た地図を広げる。

 「発信機は、他所のトラックにくっつけた。少しは時間稼ぎできると思うよ」

 ラゾールニクが悪怯(わるび)れもせず言い、放送局員二人が引き攣った顔でソルニャーク隊長を見る。


 隊長は情報ゲリラの行為の是非には触れず、別行動中のこちらの状況を淡々と説明した。


 クルィーロが付け足す。

 「オースト倉庫の社長夫婦の反応とかも含めて、ローク君に相談して、さっき、ローク君のお父さんと会って話してきました」

 「何を話すことがあるのです? その人物も、隠れキルクルス教徒ですよね?」

 眼鏡の奥の眼光が、発言者を鋭く刺す。

 「そうだ。でもよ、目的はともかく、平和ンなって欲しいって気持ちに嘘はねぇみてぇだからよ、ひとつ賭けに出てみたんだ」

 「賭け……?」

 話す内容を考えたアゴーニが口を挟むと、放送局員二人は眉を(ひそ)めた。

 絵本を配りに行った者たちも首を傾げ、葬儀屋と工員を見る。

 「俺もびっくりしたけど、そんな悪い話じゃないし、ローク君のお父さんも、仕事を通してなるべく大勢の人に広めてくれるって言ってたよ」

 同行したレノ店長が言うが、その場に居合なかった者たちの顔は晴れない。


 クルィーロが、ラゾールニクと視線を交わし、話し始めた。

 「レノの手紙に書いてもらったあれ、駐車場を住所として認めてもらえたらいいのになって件と、アゴーニさんの発案で、湖東地方の国が、ネモラリスとアーテルの和平交渉を仲介してくれたらいいのになって、話をしたんだ。世間話っぽく」

 「えぇッ?」

 パドールリクが息子の顔をまじまじと見る。アマナも兄とレノ店長、アゴーニとラゾールニクに忙しなく視線を走らせた。

 情報ゲリラのラゾールニクが、面白がるような笑みを浮かべて補足する。

 「リャビーナって湖東地方の品物、いっぱい売ってたでしょ」

 金髪の父娘は、怪訝(けげん)な顔をしながらも、機械的に頷いて先を促した。


 「リベルタース国際貿易とオースト倉庫は、クーデター後、ディケア共和国の企業と取引量を伸ばしてる」

 「つまり、ディケアの財界を通じて、()の国の政府に戦争当事国への働き掛けをさせようと言うのですか?」

 国営放送アナウンサーのジョールチが、(いぶか)りながら先回りする。

 隣に座った少年兵モーフは、何をワケのわからないコトを言うのか、と問いたげな目をラゾールニクに向けたが、口は挟まなかった。


 「流石、アナウンサー。察しが良くて助かるよ。アーテルが流した虚報(フェイクニュース)、憶えてる?」

 「どんなのだっけ?」

 DJレーフが聞き、ジョールチは宙を睨んで記憶を手繰る。

 「色々ありましたが……そうですね、この件に関係する虚報(きょほう)もありましたね」

 「ディケアが和平を呼掛けたのにネモラリス側が無視したっての、あったよね」

 数人が、あぁ、あれ、と口の中で呟く。


 「今のネモラリス臨時政府は、開戦前からの外交政策を踏襲して、ディケアとの正式な国交はないけど、非公式には、秦皮(トネリコ)の枝党のイーヴァ議員辺りが、パイプを持ってる可能性が高い」

 「秦皮の枝党が国交樹立を望んでも、湖水の光党が許しませんから、表立って仲介を依頼するのは無理でしょう」

 「何で?」

 少年兵モーフが、ジョールチの隣で難しい顔をする。

 「内戦が終わって、数年前に新しくなったディケア政府は、キルクルス教政権です。彼らは、フラクシヌス教徒……特に女神派の人たちを弾圧していますからね」

 「じゃあ、仲直りの間に入ってもらうのなんて、ムリじゃないの?」

 アマナが不満いっぱいの疑問を漏らすと、エランティスがこくりと頷いて同意した。


 「ディケアには、アーテル側に声を掛けさせるんだ。で、ネモラリスにはラクリマリスが言えば、イヤとは言えない」

 「交渉の場は、ネモラリス、ラクリマリス、アーテル、ディケアの全てと国交がある……例えば、アミトスチグマ王国やステニア共和国などが提供してくれれば、申し分ありませんが、調整が難しいでしょうね」

 ラゾールニクの説明を受け、ジョールチが補ったが、国同士の話となると、地下放送スレスレの移動放送局プラエテルミッサは、手も足も出ない。


 リャビーナ市の隠れキルクルス教徒や、ロークの父から、ディケア共和国の経済界にどう話が伝わり、各国政府がどんな反応をみせるか。あるいは、話を握り潰されることも含め、全て委ねるしかなかった。

☆アーテルが流した虚報……「1214.偽のニュース」参照

☆ネモラリス臨時政府も、開戦前からの外交政策を踏襲して、ディケアとの正式な国交はない……「249.動かない国連」「728.空港での決心」「766.熱狂する民衆」参照

☆非公式には、秦皮(トネリコ)の枝党のイーヴァ議員辺りが、パイプを持ってる可能性……「0972.演説する議員」「0976.議員への陳情」参照

☆内戦が終わって、数年前に新しくなったディケア政府……「750.魔装兵の休日」~「752.世俗との距離」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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