1471.不在中のこと
ロークの父を訪ね、リベルタース国際貿易へ行った三人は、二時間弱で戻った。
メドヴェージは、三人が【跳躍】許可地点に姿を現した瞬間、運転席を飛び降りて荷台を開けた。無駄口を一切叩かず、南西の門を出てウーガリ古道へ向かう。
追跡車が居るのではないかと胃に痛みを抱えたが、運ばれるだけの身には、如何ともし難い。
四トントラックがカーブを曲がる度に車体が大きく揺れたが、睡眠不足の者も含めて、乗物酔いの症状を訴える者はなかった。
子供たちは写真を確認する気力もなく、硬い表情で見えない前方と後方にそれぞれ視線を固定する。
アスファルトの滑らかな道路が、石畳の旧街道に入り、揺れが増す。
トラックがエンジンを切ったのは、昼を少し過ぎた頃だ。
荷台の扉が開かれ、外気が吹き込む。外の光と共に見慣れたワゴン車の姿が視界に飛び込んだ。
アナウンサーのジョールチとDJレーフと別行動をして、一週間ばかりしか経たない筈だが、数年振りに再会できたような安堵と懐かしさが胸を満たした。
「おっちゃん! よかった……よかっ……ッ!」
ジョールチに駆け寄ったモーフが、背広の裾を掴んで泣きだした。
国営放送のアナウンサーは、モーフの肩をやさしく叩き、いつもの落ち着いた声で聞いた。
「何があったのですか?」
「数日前、トラックに発信機を仕掛けられ、昨夜は不審者が来た」
ソルニャーク隊長の簡潔な報告で、放送局員二人はトラックが来た道を振り返った。
「ついて来た奴ぁ居ねぇけどよ、どうする? もっと移動すっか?」
「移動? どこへです?」
ジョールチが、メドヴェージに鋭く問う。
「どこって、南のホールマに行くか、来た道戻ってリャビーナか、北へ進んでムスカヴィートの方へ戻るか、三択だな」
トラックの運転手が三方向を指差す。
呪医セプテントリオーは、一同を見回した。
「クレーヴェルに行くと決めたのではなかったのですか?」
「えぇ。レーフと私は、必ず行きます」
「ホールマ市は、星の標の支部があるかどうか、わからないんでしたよね?」
薬師アウェッラーナが、南へ続く石畳の道を怖ろしげに見遣る。子供たちも、不安な目を道の先に向け、ジョールチを見た。
「現在はわかりませんが、旧王国時代は、ホールマからマチャジーナにかけての平野部の住民は、湖の民ばかりでしたよ」
「立ち話はアレだ。中で話そうや」
葬儀屋アゴーニに言われ、セプテントリオーは、力なき民たちが震えるのに気付いた。彼らは魔法で身を守れない。寒さに気付けなかった己が恥ずかしくなり、足下の枯れ草を見詰める。
「地図見ながら話そう」
アゴーニに背を押され、荷台に上がった。
薬師アウェッラーナが香草茶を淹れ、メドヴェージが運転席から持って来た地図を広げる。
「発信機は、他所のトラックにくっつけた。少しは時間稼ぎできると思うよ」
ラゾールニクが悪怯れもせず言い、放送局員二人が引き攣った顔でソルニャーク隊長を見る。
隊長は情報ゲリラの行為の是非には触れず、別行動中のこちらの状況を淡々と説明した。
クルィーロが付け足す。
「オースト倉庫の社長夫婦の反応とかも含めて、ローク君に相談して、さっき、ローク君のお父さんと会って話してきました」
「何を話すことがあるのです? その人物も、隠れキルクルス教徒ですよね?」
眼鏡の奥の眼光が、発言者を鋭く刺す。
「そうだ。でもよ、目的はともかく、平和ンなって欲しいって気持ちに嘘はねぇみてぇだからよ、ひとつ賭けに出てみたんだ」
「賭け……?」
話す内容を考えたアゴーニが口を挟むと、放送局員二人は眉を顰めた。
絵本を配りに行った者たちも首を傾げ、葬儀屋と工員を見る。
「俺もびっくりしたけど、そんな悪い話じゃないし、ローク君のお父さんも、仕事を通してなるべく大勢の人に広めてくれるって言ってたよ」
同行したレノ店長が言うが、その場に居合なかった者たちの顔は晴れない。
クルィーロが、ラゾールニクと視線を交わし、話し始めた。
「レノの手紙に書いてもらったあれ、駐車場を住所として認めてもらえたらいいのになって件と、アゴーニさんの発案で、湖東地方の国が、ネモラリスとアーテルの和平交渉を仲介してくれたらいいのになって、話をしたんだ。世間話っぽく」
「えぇッ?」
パドールリクが息子の顔をまじまじと見る。アマナも兄とレノ店長、アゴーニとラゾールニクに忙しなく視線を走らせた。
情報ゲリラのラゾールニクが、面白がるような笑みを浮かべて補足する。
「リャビーナって湖東地方の品物、いっぱい売ってたでしょ」
金髪の父娘は、怪訝な顔をしながらも、機械的に頷いて先を促した。
「リベルタース国際貿易とオースト倉庫は、クーデター後、ディケア共和国の企業と取引量を伸ばしてる」
「つまり、ディケアの財界を通じて、彼の国の政府に戦争当事国への働き掛けをさせようと言うのですか?」
国営放送アナウンサーのジョールチが、訝りながら先回りする。
隣に座った少年兵モーフは、何をワケのわからないコトを言うのか、と問いたげな目をラゾールニクに向けたが、口は挟まなかった。
「流石、アナウンサー。察しが良くて助かるよ。アーテルが流した虚報、憶えてる?」
「どんなのだっけ?」
DJレーフが聞き、ジョールチは宙を睨んで記憶を手繰る。
「色々ありましたが……そうですね、この件に関係する虚報もありましたね」
「ディケアが和平を呼掛けたのにネモラリス側が無視したっての、あったよね」
数人が、あぁ、あれ、と口の中で呟く。
「今のネモラリス臨時政府は、開戦前からの外交政策を踏襲して、ディケアとの正式な国交はないけど、非公式には、秦皮の枝党のイーヴァ議員辺りが、パイプを持ってる可能性が高い」
「秦皮の枝党が国交樹立を望んでも、湖水の光党が許しませんから、表立って仲介を依頼するのは無理でしょう」
「何で?」
少年兵モーフが、ジョールチの隣で難しい顔をする。
「内戦が終わって、数年前に新しくなったディケア政府は、キルクルス教政権です。彼らは、フラクシヌス教徒……特に女神派の人たちを弾圧していますからね」
「じゃあ、仲直りの間に入ってもらうのなんて、ムリじゃないの?」
アマナが不満いっぱいの疑問を漏らすと、エランティスがこくりと頷いて同意した。
「ディケアには、アーテル側に声を掛けさせるんだ。で、ネモラリスにはラクリマリスが言えば、イヤとは言えない」
「交渉の場は、ネモラリス、ラクリマリス、アーテル、ディケアの全てと国交がある……例えば、アミトスチグマ王国やステニア共和国などが提供してくれれば、申し分ありませんが、調整が難しいでしょうね」
ラゾールニクの説明を受け、ジョールチが補ったが、国同士の話となると、地下放送スレスレの移動放送局プラエテルミッサは、手も足も出ない。
リャビーナ市の隠れキルクルス教徒や、ロークの父から、ディケア共和国の経済界にどう話が伝わり、各国政府がどんな反応をみせるか。あるいは、話を握り潰されることも含め、全て委ねるしかなかった。




