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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第八章 北へ

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151/3502

0151.重力遮断の術

 アウェッラーナの細い声が、力ある言葉を紡ぎ出す。


 「(つか)()の自由受け取れ 風を受け

  羽の(ごと)くに地を離れ (ただよ)え軽く その身、浮かせよ」


 メモを見ながらでも、魔力を乗せられさえすれば、術は効力を発揮する。

 アウェッラーナは確かな手応えを感じてホッとした。

 「掛かりました。効果時間は一分くらいなので……」

 「わかった」

 ソルニャーク隊長が瓦礫に手を掛けた。ロークも慌てて手を出す。


 倒壊したビルの外壁は、小型トラックの荷台くらいの大きさだ。普通なら、たった二人で動かせるものではない。

 持ち上げる動作の直後、二人は勢い余ってコンクリ塊を宙に放り上げた。


 「危ないッ! 離れてッ!」


 アウェッラーナは叫ぶと同時に、胸の高さで浮くコンクリ塊に体当たりした。巨大な塊が、風船のようにふわりと漂い、歩道へ向かう。

 ソルニャーク隊長とロークは、アウェッラーナの剣幕に驚いて数歩退()がった。


 「あの、さっきも説明しましたけど【重力遮断】の術ですから……」

 地響きを立て、コンクリ塊が地に落ちた。術の切れた塊は歩道で砕け、破片をバラ撒く。


 運ぼうとした二人は息を呑み、ソルニャーク隊長が太い息を吐いた。

 「……わかった。羽毛を持ち上げるように、(すみ)やかに運び、すぐ離れるのだな」

 「一分って、案外……短いんですね」

 地元民のロークは蒼白になり、震える声でようやく言った。


 「えぇ。そんな感じです。放送局に戻ったら、クルィーロさんにも覚えてもらいましょう」

 アウェッラーナは努めて明るい声で言い、ニェフリート河へ向かった。



 警察署前から市役所前までの道路は、瓦礫が撤去済みだが、警察署より南東方向は全くの手付かずだ。


 二月三日の空襲後、五日まではここに人が居た。役人と【重力遮断】を使える住人が協力し、道路を片付けたのは想像に(かた)くない。


 ここが放棄されなければ、もっと片付いただろう。


 警察署前は、車道を埋める細かい破片にタイヤの跡が残る。

 アウェッラーナは足下の様子に気付き、彼らの行く先を考えた。


 ……Uターンの跡がいっぱいある。みんな、ここからバスに乗って、どこか安全な所へ避難したのね。



 ゼルノー市役所前を通り、原形を留めない瓦礫の山を過ぎるとニェフリート河に出た。

 「市役所前」の看板がついた橋は完全な形で残る。嵐で粗方流れたが、こびり付いた灰には(わず)かにタイヤ痕が見て取れた。


 「この橋には【補強】とかが掛かってるみたいですね」

 「トラックで通っても大丈夫ですか?」

 アウェッラーナの言葉にロークが不安を向けた。

 「多分。空襲の後も車が通ってたみたいですよ」

 タイヤ痕を指差すと、少年は顔を(ほころ)ばせた。


 橋の向こうはこの主要道に限ってキレイだが、その両側は見渡す限り瓦礫が積み上がる。隣のゾーラタ区は大部分が農村だが、セリェブロー区に隣接する北西部はオフィス街だ。

 原形を留めた廃墟が、瓦礫の中にポツリポツリと点在する。噂通り、民間の建物は【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術で守られた物件が少ないらしい。


 「片付いた道に従って行けば、安全な場所へ行けるだろう」

 ソルニャーク隊長が、晴れやかな顔で言った。



 橋の様子を見に行った三人は、放送局の廃墟に戻った。

 その表情は明るい。

 少年兵モーフが隊長に駆け寄る。

 「市役所付近の道は、瓦礫が撤去されていた。橋も通行可能だ」

 ソルニャーク隊長の簡潔な報告に歓声が上がる。日が傾き始め、風は冷たかったが、心はあたたかくなった。


 アマナがぴょんと跳ね、クルィーロに抱きついた。

 「お兄ちゃん、よかったね。これで……」

 ハッとして、その先の言葉を飲み込む。

 クルィーロは笑顔を崩さず、アマナを抱きしめた。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、泣きたいような気持で若い兄妹に目を細める。


 ……これで、お父さんと母さんを探しに行けるものね。


 「もう、こんなとこまで片付いたんですか」

 ロークが目を丸くして一同を見回す。メドヴェージが笑って答えた。

 「朝はあっちからやって、昼からは、こっからやってるだけだ」

 隣のビルの前は大体、片付いていた。


 大きなコンクリ塊が道を半ば塞いで横たわる。

 細々した破片を取り除いた後には、人力では動かせない塊が幾つも残った。鉄筋があちこちから突き出し、トラックでも乗り越えられそうにない。


 「官庁街は無事な建物が多くて、五日までは人が居たみたいです」

 クルィーロは、アウェッラーナの報告に頷いて先を促した。


 湖の民の薬師(くすし)は、コートのポケットから手帳を出して、続ける。

 「図書館で必要な呪文を書き写しました。大きい瓦礫もこれで()けられますよ」

 「やったぁ!」

 レノがクルィーロに笑顔を向ける。明るい空気が場を満たした。


 「俺でも……できそうな術ですか?」

 クルィーロが恐る恐る聞いた。

☆警察署前から市役所前までの道路は、瓦礫が撤去済み……「0145.官庁街の道路」参照

☆五日まではここに人が居た……「0146.警察署の痕跡」「0147.霊性の鳩の本」参照

☆民間の建物は【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術で守られた物件が少ない……「0107.市の中心街で」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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