1469.追加する伝言
「ざっとこんなモンよ」
話し終えた葬儀屋アゴーニが、冷え切った香草茶で口を湿す。
「その、何とかって呪文っての、どんなだか、湖南語で言ってくんねぇか」
「お安い御用だ。えぇっと……」
メドヴェージに快く応じ、魔力の制御符号である“力ある言葉”を日常語の湖南語に訳す。
「やすみしし 現世の躯 離れ逝く 魂の緒絶えて
幽界へ 魂旅立ちぬ うつせみの 虚しその身の 横たわる
虚ろな器 現世にて 穢れ纏いて 横たわる 火の力 穢れ祓いて 灰となせ」
「ホントに……葬式ン時のお祈りの文句と一緒なんだな」
自治区民のメドヴェージが嘆息した。
呪医セプテントリオーは、仕立屋の店長宅とマリャーナ宅で、星道の職人用の聖典を少し見せてもらったことがある。
針子のサロートカがクフシーンカ店長から受継いだ聖典は、主に縫製分野の技術書で【編む葦切】学派の術を記したものだ。
縫製の項目を見ただけでも、多数の呪文や呪印があったが、まさかこんな重要な儀式にまで含まれるとは思わなかった。
「しかし、それを湖南語や共通語で唱えても、何の効果も発動しないのですが」
困惑と共に問いを発したが、キルクルス教徒のメドヴェージも困った顔をするだけで、答えはなかった。
「昨日、会場で社長と話したこたぁ、あの坊主の父ちゃんにも伝わったろうな」
「今夜は仕事そっちのけで、ラクエウス議員たちが送りつけた聖典と、ネットで調べた呪文も調べてるかもね」
アゴーニが言うと、ラゾールニクが嘲笑った。
クルィーロがタブレット端末をつついて、緑髪の葬儀屋に向ける。
「これ、聖典のお葬式の項目なんですけど……」
「あぁ、そうそう。これだ。初めて聞いた時はびっくりしたぞ」
「これが……」
メドヴェージも顔を寄せたが、共通語は読めないらしく、小さく首を横に振ってすぐ離れた。
「で、あの親父さんに伝えて欲しいコトが決まったんだが、いいか?」
「写真を受取る時、何を伝えればいいですか?」
今、荷台には、クルィーロの家族も親友も居ない。
葬儀屋アゴーニは、空になった茶器を掌中で弄びながら言った。
「見たカンジ、社長が平和ンなって欲しいと思ってんのは、嘘じゃねぇ」
「どんな決着を望んでるかってのは、別のハナシだけどね」
ラゾールニクの口許は半笑いだが、露草色の目には笑いの色がない。
クルィーロはラゾールニクの目を見て頷き、アゴーニに向き直った。
「呪符屋へ行って、あの坊主に手紙の書き方、指南してもらったろ」
「ローク君宛の手紙に書いたコト、お父さんにも言うんですか?」
「まぁ、要はそう言うこった。その方があちらさんも動きやすかろ」
ロークの父が語った息子の状況は、「レーチカ市内の全寮制高校に居る」だ。
かつて共に旅した仲間たちは、首都クレーヴェルの帰還難民センターで別れた後は、ロークの消息を知らないフリで通す。
彼の父の提案でロークに手紙を書くことになり、絶対に届かない受取人自身が、手紙の内容を指示した。
ロークはレノ店長の下書きを見て、特に内容を詰めた。
セプテントリオーも、ロークが了承した完成版の手紙を見せてもらった。
大筋は下書きと同じだが、困窮と具体的な救済案が追加された。
空襲で避難した人だけでも、ネモラリス島にある仮設住宅がいっぱいで全然足りてなかったから、帰還難民センターで行き先が決まるの待ってる人がいっぱいだったの、ローク君も憶えてる?
クーデターのせいで、クレーヴェルから避難した人がいっぱい居て、田舎の方でも仮設住宅も安いアパートも全然足りなくなってるんだ。
俺たち、トラックの人に拾ってもらえて、西回りでネモラリス島内を旅してるんだけど、旅してるって言うか、落ち着ける場所を探して、あっちこっち行ってるんだ。
レーチカは駐車場も空きがなかったから、すぐ他所へ行って、駐車場があるとこに着いたら、香草茶とか蔓草細工とか売ってどうにか暮らしてるんだけど、物価もスゴいんだ。
食パンなんか、俺の店で売ってた時の一万倍とかがフツーになってて、小麦が値上がりしたせいなんだけど、パン屋さんも開いてるとこ少なくて、俺を雇ってくれるどころじゃなくて、これからどうなっちゃうんだろうな。
田舎の方は割とお店とかの駐車場が空いてて、前にローク君が居た頃にやってたみたいにみんなで天気予報の歌とか歌ったら、お店の客寄せにもなるからって、タダで停めさせてくれるとこがあって、それは助かってるんだけど、俺たちみたいに住むとこなくて駐車場に長いこと車停めて住んでる人たちは、みんなホントに困ってるんだ。
俺たちもだけど、駐車場ってどんなに長いこと居ても、役所が住所って認めてくれなくて、転居届を受付けてくれないんだよ。
でも、役所の補助金とか、学校の書類とかは、ちゃんとした住所がないともらえないんだ。
おカネがないから住むとこ決まんなくて、それでピナとティスを学校に行かせてあげられないし、困ってんのに住所ないとダメって、ホントどうしろってんだって思ってる。
ローク君は、全寮制の学校で、住むとこと学校が同じになってホントによかったと思うよ。
ずっと同じ駐車場に車停めて泊まってる人は、役所がその駐車場の場所を住所にしてくれたら、学校行けるし、日雇とかヤミとかじゃない普通のちゃんとしたとこで長いこと働けるようになって、ちゃんとしたとこに引っ越せるようになるかもしれないし、足りないのが敷金だけだったら、補助金もらってすぐ引越せるかもなのに役所はわかってないよな。
そりゃ、仮設や避難所に住んでる人たちも大変なのは知ってるよ。
でも、公園とか陸上競技場とか公民館とかに住むのはよくて、駐車場は住所にすんのダメってワケわかんないよ。
レノ店長は、文章を書くのがあまり得意ではないようだ。
呪医セプテントリオーは、追加部分の解読にてこずったが、困窮ぶりと車中泊者が長期滞在する駐車場を公的書類に記載できる「住所」と認めて欲しいコトは、伝わった。
「店長さんが書いた奴に追加して、あの親父さん……背後に居る星の標や隠れキルクルス教徒の連中にも、伝わるように言って欲しいコトがあるんだ」
セプテントリオーは、葬儀屋アゴーニが語った「追加」の内容に驚いた。だが、ラゾールニクが反対しなかったところを見ると、悪い案ではないらしい。
実際、どうなるか読めないが、彼らが写真を受取りに行く当日を待った。
☆呪医セプテントリオーは(中略)星道の職人用の聖典を少し見せてもらった
仕立屋の店長宅……「559.自治区の秘密」「560.分断の皺寄せ」「561.命を擲つ覚悟」参照
マリャーナ宅……「860.記された呪文」「861.動かぬ証拠群」参照
※ こんな重要な儀式にまで含まれる
結婚式も同様……聖歌「786.束の間の幸せ」、呪歌「804.歌う心の準備」参照
☆ラクエウス議員たちが送りつけた聖典……「0958.聖典を届ける」「0959.敵国で広める」「0976.贈られた聖典」「0979.聖職者用聖典」参照
☆社長が平和ンなって欲しいと思ってんのは、嘘じゃねぇ……「724.利用するもの」参照
☆ロークの父が語った息子の状況……「1437.標的との接触」参照
☆絶対に届かない受取人自身が、手紙の内容を指示……「1443.届かない手紙」「1444.餌を撒く息子」参照




