1468.社長夫婦の話
「あの社長夫婦、案の定、乗せてやったらペラペラ自慢話したぞ」
「何て言ったんです?」
「まぁ、順番に言うから聞いてくれ」
葬儀屋アゴーニは、勢い込んで身を乗り出したラゾールニクを片手で制して話し始めた。
慈善コンサートの観客席側へ行くと、立見用の空間に人集りがあった。
人々は、中心の二人に一言二言、お礼や挨拶の声を掛けてすぐ離れる。特に親しく話す間柄ではないようだ。
アゴーニも人垣に加わった。
「雇って下さってありがとうございます」
「社長の道を知の灯が照らしますように」
似たような採用のお礼と、キルクルス教の祈りの詞に似たものばかりだ。
更によく聞くと、彼らは国内避難民のパートタイマーや、アルバイトらしいとわかった。オースト倉庫の社長夫婦は、全てを喪った人々に鷹揚な笑顔で応える。
「本日は、このように盛大な催しにお招きいただき、販売の機会まで与えて下さいまして、誠に恐れ入ります」
葬儀屋アゴーニが改まって挨拶する。
社長夫婦は、緑髪の魔法使いにも同じ態度で応じた。
「いえいえ、こちらこそ。先程、天気予報の歌を聞かせていただきましたが、みなさん、とても素人とは思えないくらいお上手で、久し振りに楽しませていただきましたよ」
「えぇ。戦争が始まってから、ラジオをつけても、軍歌ばかりでしょう?」
「そうですね。我々も、節約の為にニュースの時間以外は切っております」
眉を顰める社長夫人に同じ表情で頷いてみせる。
「そうでございましょう? 近頃は忙しくて、ゆっくりレコードを鑑賞する時間もとれませんでしたの。慈善コンサートの機会を与えて下さった皆様には、本当に感謝致しておりますのよ」
「困った時はお互い様と言うコトですね。しかし、たったの一週間か十日でこんな立派な会場になって、大勢のお客さんが来られるとは思いませんでした」
アゴーニが感心してみせると、オースト社長は謙遜した。
「コンテナを端に寄せて、木箱を並べただけですから、大したコトはしておりませんよ」
少し離れた場所で、陸の民の中年男女が、社長夫妻に採用の礼を述べる。夫人が先程と同様の返事をし、社長は小さく会釈した。
「従業員のみなさんからこんなに慕われて、働きやすい職場環境を作っておいでなんですね」
「力なき民の採用が多いだけですよ」
「えッ? 荷物やコンテナを動かすのに【軽量】や【重力遮断】は、どうなさるんですか?」
アゴーニは驚いてみせた。
報告書によると、オースト倉庫には、力ある民の従業員は一人も居ない。
「弊社は機械化を進めておりますので、力なき民も働きやすいのですよ」
「機械を入れるのに随分、経費が掛かったでしょうに」
「新聞記者などからもよく聞かれますが、私自身が若い頃、就職活動で苦労したからですよ」
社長は唇に淋しげな笑みを浮かべ、慣れた調子で話し始めた。
オースト氏が大学を卒業したのは、半世紀の内乱が終結する十年前だ。
大学は爆撃に遭わず、封鎖もされずに済んだが、教授らの多くが死亡、または避難で不在。当時は、講義の半数以上が開講できなかった。
大学側は、単位の履修ではなく、単純に在籍年数で卒業の可否を判断。存命で連絡可能な学生に学位記のない卒業証明書を授与した。
単にこの大学を卒業したことを記しただけの形式的なものだ。
オースト氏の大学生活は、卒業式も何もなく、事務所で卒業証書と書類一式を渡されただけで終わった。
内乱の渦中にあっては、そもそも就業可能な事業所を探すこと自体が困難だ。
日々の戦闘で、物理的に潰れる事業所や、物資不足や手形の不渡りに巻き込まれるなどして、経済的に潰れる事業所も増える。
求人の貼り紙をみつけても、力なき民だとわかると、使えないゴミ呼ばわりされて追い返された。
経営者が力なき民の求人は滅多になく、やっとの思いで応募しても、採否の連絡を待つ間に社屋が跡形もなく破壊されることも、日常茶飯事だった。
オースト氏は、実家の一部が焼けたのを機に起業した。
瓦礫を手作業で片付け、整地し、プレハブ倉庫を建てた。
最初は、個人商店の略奪対策として、在庫の一部を預かる事業だった。
兄弟や従兄弟と共に武装してプレハブ倉庫を守り、少しずつ信用を積み上げる。
魔法使いも、知らない場所には魔法で忍び込めない。
周辺を守るだけなら、力なき民だけでも武器さえあれば何とかなる。
そう思って始めた事業だったが、内乱終結まで生き残れたのは、オースト氏一人きりだ。
「それは……大変な苦労をなさいましたね」
緑髪のアゴーニが若かりし日の社長を労うと、オースト氏は魔法使いの葬儀屋に目を向け、胸の奥から声を絞り出した。
「……昔の話ですよ」
「それで、今の若い人に昔の社長さんと同じ苦労をさせまいと……?」
「えぇ。それで機械化を進めるのです」
「あなたも、当時は忙しくて大変でしたでしょう?」
オースト倉庫の社長夫人が、魔法使いの葬儀屋を労う。
「当時は……そうですね。休日なんてありませんでしたね」
「そうでしょうね」
「仕事はひっきりなしでしたが、何もかも喪った人たちからは、料金をいただけないことも多くて、貧乏暇なしでしたよ」
アゴーニが黙祷を捧げる。
社長夫婦は、彼が顔を上げるまで無言で待った。
「火葬場も戦闘に巻き込まれてアレしたものですから、キルクルス教徒のお弔いに呼ばれて、火葬だけ担当したコトもありました」
社長夫婦が目を丸くする。
「キルクルス教徒のお葬式もなさったのですか?」
「死は誰にでも平等ですからね。ご遺族からご依頼があれば、信仰に関係なく、ご遺体が化け物どもの苗床にならないようにお引き受けしましたよ」
隠れキルクルス教徒の夫婦は、声もなく目を見開いた。
トイレ休憩が終わりに近付き、観客が席に戻り始める。
「お葬式全体は、ちゃんとキルクルス教の聖職者がなさいましたけどね。キルクルス教のお弔いの詞が意外でした」
「どんなものだったか……お聞きしてもよろしくて?」
社長夫人の声が微かに震えた。
「この【導く白蝶】学派の【火葬】と言う呪文を共通語に翻訳したものでした」
アゴーニが首から提げた徽章を示したところで、楽団が着席し、社長夫妻も来賓席に戻った。
☆乗せてやったらペラペラ自慢話……「1459.付け込む布教」参照
☆オースト倉庫には、力ある民の従業員は一人も居ない……「723.殉教者を作る」「724.利用するもの」参照
☆キルクルス教のお弔いの詞/【導く白蝶】学派の【火葬】と言う呪文を共通語に翻訳……呪文「0016.導く白蝶と涙」「800.第二の隠れ家」、弔いの詞「810.魔女を焼く炎」参照




