1467.会場での調査
呪医セプテントリオーは、リャビーナ市民楽団の合唱隊も、共に歌ったものだとばかり思い、彼らの行動が意外だった。
ピアノ奏者スニェーグが、大型のクリップで留めたメモの束を差し出す。
「会場の様子です。ラゾールニクさん、クルィーロさん。お預けします」
「端末で撮って、同志にデータ送れってコト?」
「はい。出発までにお願いします」
「今日中には終わるよ」
ラゾールニクが受取ると、スニェーグは概要を話し始めた。
昨日、リャビーナ市内では久し振りの慈善コンサートが、オースト倉庫のコンテナヤードで開催された。だが、リャビーナ市民楽団の合唱隊は出演せず、一般客に紛れて会場内を回った。
これまで慈善コンサートを行って来た学校の講堂や体育館、公民館などが避難所となり、発表の機会が激減したが、それ以上に星の標の存在と、隠れキルクルス教徒の増加に危機感を抱いたからだ。
全員が地元民だ。鉢合わせした知人に何か言われた場合に備え、事前の打合せで「みんなで相談して、高校生に発表の機会を譲った」と答えるよう、取り決めた。
二人一組……力ある民と力なき民か、力ある民二人で、力なき民だけにならぬよう分かれる。会場内で交わされる世間話に耳を傾け、時にはそこに加わって情報収集した。
主な来場者は、オースト倉庫株式会社とその主な取引先の従業員と家族、仮設住宅の住民だ。
コンテナヤードは普段、一般人は立入禁止で、倉庫街全体がそもそも訪れる用がない。リャビーナ市民の大半は、倉庫街の土地勘がなく、急な開催だった為、告知の期間も短かった。
来場した一般市民は、オースト倉庫の従業員に誘われた隣近所の者だ。
出演者は、リャビーナ高校の合唱部を除き、家族や親戚、友人知人などを呼ばなかった。
「つまり、来場者の大半が、隠れキルクルス教徒か、彼らが勧誘対象と定めた力なき民だった……と?」
「舞台から見た時、湖の民の人って数えられるくらいしか居ませんでしたけど、あれってみんな市民楽団の人だったんですか?」
ソルニャーク隊長とパン屋の娘ピナティフィダが同時に聞く。
「その通りです。メモにもありますが、キルクルス教の聖句を混ぜたり、自治区やアーテルを羨ましがる話が多いですね」
一同の視線が、ラゾールニクの手許に集まる。
彼は、メモの束をパラパラ捲って聞いた。
「これ、会場内で書いたの?」
「誰かに見られるといけませんので、帰ってから、あるいはトイレ内など、人目につかない場所で書いてもらいました」
……そこまで気を配らねばならないのか。
呪医セプテントリオーは内心、冷や汗を拭った。
言われなければ、忘れない内にその場でメモを取るだろう。
情報収集にあたる際、迂闊な動きをせぬよう、肝に銘じる。
「楽団って、力なき民も居るんだ?」
「厳密に言うと、作用力のない力ある民なので、合唱隊のみなさんは、魔力をお持ちですよ。難民キャンプで【道守り】の呪歌を手伝うコトもありますし」
「楽器担当の人も、みんな?」
「バイオリンに二人、フルートに一人、魔力のない人が居ます」
スニェーグが顔を曇らせる。
ラゾールニクの質問の意図は明白だ。
「……気を付けておきます」
「よっろしくー!」
何とも言えない空気の中、緑髪の青年が台車に段ボール箱を積んで戻った。
「えっ? こんなたくさんいただけるんですか?」
「絵本って結構、高いですよね?」
「えぇ……でも、いいんですか?」
「現金価格で比べたら、少ないですよ」
レノ店長が冷静さを取り戻す。
「あ、そっか。ここって食料品、安いんでしたね」
青年と薬師アウェッラーナが【重力遮断】を何度も掛けて、オリーブ油の瓶が詰まった箱を奥に置く。ドライフルーツ二箱は、メドヴェージと少年兵モーフがその上に積んだ。
「ええっと、じゃあ、ラゾールニクさんとクルィーロには、メモの写真撮ってもらって、仮設とかには俺と……」
パドールリクとアマナ父子、パン屋の姉妹ピナティフィダとエランティスが同時に手を挙げた。
それを見て、少年兵モーフが慌てて手を挙げ、ソルニャーク隊長を窺う。
「私も行こう」
「一旦、シピナートさんの家に寄って、楽団の者と一緒に【跳躍】で回っていただきます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
青年の自家用車には四人が乗り、パン屋の兄姉妹はスニェーグが【跳躍】で連れて行く。
人が半分に減り、荷台が急に静かになった。
「昨日のプログラムも撮るから、貸してくれる?」
クルィーロがすぐ出して、木箱の上で皺を伸ばす。
老漁師アビエースとメドヴェージは、もうひとつの木箱の上を片付け、メモを並べた。クルィーロとラゾールニクが、タブレット端末を木箱と水平に構え、手際よく撮る。
葬儀屋アゴーニは、終わったものを回収し、ざっと視線を走らせてクリップで束ねた。彼の隣に移動し、呪医セプテントリオーも一緒に目を通す。
ネモラリス共和国の制度の不備を嘆く声、リストヴァー自治区やアーテル共和国など、キルクルス教徒だけが暮らす地の制度などを羨む声が多かった。
ネモラリス共和国では、小中学校は全て国費負担だが、それ以外の学校園の学費や保育費用などは原則、自己負担だ。生活困窮世帯や成績優秀者への減免制度はあるが、対象者は極限られる。
就職は、力なき民が不利だ。
賃貸住宅への入居も、建物の各種防護の術を発動する魔力の源になる為、力ある民の入居者が優先される上、家賃の負担を軽くする大家が大半だ。
ネモラリス共和国に限らず、魔法文明圏の国々では、ありふれた格差で、セプテントリオーは意識したことさえなかった。
「成程な。愚痴で共感を呼んで、それとなく、国や魔法使いへの不満を煽って、あちらさんの良さを吹き込んで、ちょっとずつ取り込もうってハラだな」
アゴーニが唇をひん曲げた。
「あ、そう言えば、アゴーニさん。オースト倉庫の社長に会えました?」
「おうっ! 会えたぞ」
葬儀屋アゴーニは、メモの撮影が終わるのを待って、話し始めた。
☆舞台から見た時……「1460.観客席を観察」参照
☆作用力のない力ある民……「0139.魔法の使い方」、魔力はあっても作用力のない人の例:ヴィユノーク「0131.知らぬも同然」「0147.霊性の鳩の本」参照
☆難民キャンプで【道守り】の呪歌を手伝う……「871.魔法の修行中」「927.捨てた故郷が」「929.慕われた人物」参照
☆【重力遮断】……「0151.重力遮断の術」参照
☆ネモラリス共和国の制度の不備を嘆く声(中略)羨む声……「1458.催しの来場者」参照
☆就職は、力なき民が不利……「0026.三十年の不満」「0107.市の中心街で」「723.殉教者を作る」参照
☆賃貸住宅への入居……「612.国外情報到達」参照
☆オースト倉庫の社長に会えました?……「1459.付け込む布教」参照




