1464.探知したもの
パン屋の三兄姉妹が、すっかり遅くなった夕飯の支度を始めた。
慣れた手つきで、スープと焼魚を作る。満足な調理環境ではないが、三人とも手際よく進め、セプテントリオーが手伝う必要はまったくなかった。
「これ、発信器や盗聴器の電波拾う奴」
「えッ?」
ラゾールニクの軽い声で、全員が荷台を見回した。
レノ店長が危うく手を切りそうになり、エランティスにつつかれて調理に意識を戻す。
「流石に中にはないよ」
今日の催し物の間ずっと、荷台の扉前には物販の机が置かれ、【跳躍】でもしない限り、中には入れなかった。
侵入者があれば、セプテントリオーたち「居ない者」が気付く。
取り付けるとすれば、運転席の下辺りか。
「そんなモンあンなら、基地潰しに行くちょっと前にも使やぁよかったのに」
少年兵モーフが鼻を鳴らす。
「つい最近、手に入れたばっかなんだ。あの時は、上手く誤魔化せただろ?」
ラゾールニクが電源を入れると、クルィーロがぴったり肩を寄せて画面を覗き、星の道義勇軍の三人も腰を浮かした。
「やっぱ、あるな」
荷台の空気が凍り、一同、息を止めた。
「ちょっと見て来る」
囁いて、ラゾールニクが荷台を降りた。誰一人として動かず、半開きの扉に注目する。
……一体、いつの間に……?
警備員オリョールたちがネモラリス憂撃隊を名乗る前、名もなき武装ゲリラだった頃、アーテル軍の武器庫から盗んだ銃にも、発信機が取り付けられた。
アーテル軍は度重なる略奪に業を煮やし、敢えて発信機付きの武器を盗ませたのだ。アーテル本土の森にあるアジトを突き止め、爆撃機で急襲した。
当時の新聞は、アーテル政府軍が、ネモラリス人ゲリラの隠れ家を壊滅させた戦果を大々的に報じた。そこに発信機使用の情報があったのだ。
後に移動販売店の者たちが参加させられた時にも、同じ手口を使われた。
流石に新聞には、発信機の写真など載らなかったが、少年兵モーフやローク、レノ店長がそれと見抜いたのだ。
その頃、武装ゲリラの武器庫は、ネーニア島西部の北ザカート市に移転済みだった。電波は届かないが、ソルニャーク隊長の指示で、アーテル本土の長距離トラックなどに付け直した。
どの程度、アーテル軍を撹乱できたか不明だが、拠点を襲撃されることはなかった。
ネモラリス共和国内に巣食う星の標が、アーテル共和国や湖東地方のキルクルス教国から、同じものを調達したとしても、不思議はない。
ラゾールニクが荷台に戻った。
「店長さん、魚、もう一匹焼いてくれる?」
「えっ?」
緊張のあまり、何を言われたかわからないようだ。
セプテントリオーも、ラゾールニクの意図がわからず、露草色の瞳を見た。どうやら、緊張を解す冗談の類ではなさそうだ。
「近所のトラックにお裾分け」
「魚と発信機か」
「流石、隊長さん、話が早くて助かるよ」
レノ店長がぎこちなく頷き、言われるまま干物をホイルで包み始める。ピナティフィダが兄の手を止め、ラゾールニクに険しい顔を向けた。
「待って……他所のトラックにくっつけるってコトですよね?」
「そうだよ」
ラゾールニクは悪怯れもせず、あっさり肯定した。
「もし、それを目印にして、後で爆弾とか仕掛けられたら……」
「あー、ないない。それはない」
「どうしてですか」
荷台の空気が張り詰める中、パン屋の娘が詰問する。
「このトラックは念の為に外した方がいい。でも、移動した頃なのに発信機の反応が動かなかったら、外したのがバレてすぐ捜される。これは、わかるよね?」
ピナティフィダを含め、数人が無言で顎を引く。
「爆弾仕掛けるにしても、リャビーナ市内では起爆させない」
「どうしてですか」
「ここには隠れキルクルス教徒が大勢住んでる。市内の道路が通行止めンなったら、オースト倉庫とかの業務に支障が出る」
「市外に出てから爆破……仕掛けるとすれば、今夜から写真引き渡し当日の夜明け前までか、あるいは、次の街か」
ソルニャーク隊長が呟くと、ラゾールニクは我が意を得たりと笑みを広げる。
少年兵モーフが苛々と声を上げた。
「何でンな、まどろっこしいコトすンだ? 最初っから爆弾でよくねぇ?」
「坊主、爆破されんの俺らだってわかってんのか?」
メドヴェージに小突かれ、耳まで赤くなって俯く。
ラゾールニクは、肩を竦めて一同を見回した。
「このトラックを完全に爆破しようと思ったら、それなりの威力か、数を用意しなきゃなんない」
「燃料タンクに【耐火】とかの呪符を貼ってあるから……ですね?」
クルィーロが言うと、ラゾールニクはにっこり微笑んで続けた。
「リモコンか、時限式かわかんないけど、辞書や一リットル瓶くらいの大きさになるよ」
「そんな目立つ物を持って、昼日中にトラックの横で不審な動きをすれば、店番の目につく」
隊長が付け加えると、状況を想像した子供たちも怯えた顔で頷いた。
「そう言うコト。発信機なら、掌に握り込める大きさで、磁石があるから、通りすがりにでもくっつけられる」
「でも、他所の車にくっつけ直したら、他所の人が……」
何となく納得しかけた空気を破ったのは、アマナだ。少女の目が、姉にしがみついて震えるエランティスを気遣わしげに見詰める。
「発信機の精度は、端末のGPSみたいに一メートル単位なんてコトないから、これだけ近くに何台も停まってれば、仕掛ける前にナンバーを確認するよ。お得意さんのトラック、間違ってふっ飛ばしたら、それこそオオゴトだ」
ラゾールニクがおどけた動きで、握り拳をぱっと開いてみせる。
「ナンバープレート、元に戻すだけじゃダメなんですか?」
アマナの兄クルィーロが聞く。
「それも今からするけど、移動先を追跡されるのも避けたいからね」
「あのおっさん、写真くれるっつったクセにワケわかんねぇモンひっつけやがって……!」
モーフが俯いたまま、拳を握る。
「方針が変わったのか、あちらさんも一枚岩じゃないのかわかんないけど、俺らは、最悪の事態を避ける為に、できることはグズグズしないですぐやる。……いいね?」
「見張り……不審人物を捕えるのでは、いけませんか?」
「呪医、力なき民を勢い余って殺さないで生け捕りにできる? 隊長さんたち、刃物とかバレた時用に自爆ベスト着てそうな奴、殺さないで止められる? 向うが複数居たら?」
次々と穴を指摘され、呪医セプテントリオーは頭の中が真っ白になった。
ラゾールニクは返事を待たず、工具などを入れた木箱を開け、一人で荷台を降りた。




