1463.駐車場に宿泊
舞台に上がった者たちは、物販の終了時間を少し過ぎてから戻った。
セプテントリオーたち「今日は居ない者」は、片付けを手伝うワケにもゆかず、荷台奥の係員室で息を殺して発車を待つしかない。
「これ、向こうでたくさんもらってウチじゃ食べきれないんで、アレルギーとか大丈夫でしたら、どうぞ」
「えっ? ホントにいいんですか?」
「でも、そっちは人数多いですよね?」
「何もしてないのにタダでもらうのはちょっと……」
何をどれだけもらったか不明だが、レノ店長の声にあちこちから答えが返る。幾つもの声が重なり、聞き取れたのは遠慮ばかりだ。
「俺たち、人数は多いですけど、トラックで生活してるんで、冷蔵庫とかないんですよ」
「傷んで食べられなくなる方が、くれた人に申し訳ないですから」
レノ店長に続いて、クルィーロも言う。
「でも、何もお返しできませんし……」
「それでは物々交換を……」
「あ、あの、さっきも絵本代で、袋たくさん引き取っていただいたのに」
パドールリクの申し出に泣きそうな声が被さった。
「このテのモンを友達価格で引き取ってくれる職人が居るんだ」
「持ってくの、俺だけどよ」
メドヴェージが「気にするな」と言いたげに明るい声を出し、葬儀屋アゴーニが笑う。
「えっ? こんなフツーの袋を?」
「魔法の刺繍入れて売るんだとよ」
「この蔓草の籠もだけど、先に形になってたら、そんだけラクつってたッス」
メドヴェージの説明に少年兵モーフが嬉しそうに付け足す。
今日一日、出店をしたが、蔓草細工は売れなかったようだ。
「でも、それって、袋だけよね?」
「エプロンとか、ダメですよね?」
「ん? 俺たちは袋とか容れ物しか売ったコトないけど、あの人、服作るのが本業だし、イケるんじゃないかな?」
「エプロンだったら、火傷しないように【耐熱】とか入れるんじゃないかな」
クルィーロが、レノ店長の自信なさげな声を補って肯定する。
途端にトラックの周囲に人の気配が増えた。我も我もと、売れ残った布小物と、歌い手たちが舞台でもらった何かとの交換を求める声が重なる。
「順番でーす! 順番にお願いしまーす!」
「はいはい、そこ押さないで! 並んで!」
ピナティフィダとラゾールニクが交通整理を始め、他の声も次々と加わった。
呪医セプテントリオーは、係員室で息を潜める漁師と薬師の兄妹を見たが、もうすっかり日が落ちて、表情はわからない。
中で【灯】を点せば、フロントガラス越しに室内が見えてしまう。「居ない」者たちは、声を発するのを堪えて、片付けが終わるのを待った。
結局、オースト倉庫のコンテナヤードからトラックを移動できたのは、一時間ばかり経ってからだ。メドヴェージの危なげのない運転に身を任せ、係員室から荷台に移る。
「お疲れさまでした」
「何も手伝えなくてすみません」
緑髪の兄妹が言い、セプテントリオーも頭を下げた。
「お疲れさまでした。今夜の見張りは任せて下さい」
言いながらクルィーロにタブレット端末を返すと、金髪の青年は微妙な顔で受取った。
「やっぱ、見張り……要るんですね」
「俺もやるっス!」
「坊主は舞台で疲れたろ。寝とけ」
モーフが元気よく手を挙げたが、葬儀屋アゴーニがその腕をグイッと下げた。
ソルニャーク隊長が、部下の少年兵にやさしい目を向けて言う。
「体力を温存し、いざと言う時に備えるのも、仕事の内だ」
「ジョールチさんたちと合流すんの、市外に出てからで、それまで俺も居るし、見張りくらい手伝うよ」
ラゾールニクが言うと、少年兵モーフは眉と口角を下げた。
「いつ会えンだよ?」
「坊主、おめぇ……ホント、人のハナシ聞いてねぇな」
葬儀屋アゴーニが、半笑いで説明する。
本職の放送局員の二人……国営放送アナウンサーのジョールチとFMクレーヴェルのDJレーフは、別行動中だ。
移動放送局プラエテルミッサのトラックは今夜、現場用品店の駐車場に泊まる。FMクレーヴェルのワゴン車の宿泊場所は、倉庫街とオフィス街の中間辺りにある量販店の駐車場だ。
合流は、クルィーロがリベルタース国際貿易で、ロークの父から写真を受け取った後になる。
「兄ちゃん、写真、いつもらえるって?」
「三日後に来て欲しいって言われました」
「写真もらうまで、ここを出らんねぇんだ。わかったか?」
モーフは不満いっぱいの顔で渋々頷いた。
現場用品店は、長距離トラックの休憩用に夜間も、駐車場と別棟のトイレを開放する。日中に使用料を払って予約すれば、夜間でも入れてもらえるのだ。
常連のトラックは、運送会社が月極で場所を借りる。
駐車場の入口詰所には、二十四時間、警備員が詰めるが、車上荒らしの巡回まではしてくれない。契約外の車輌の侵入を阻むだけだ。
メドヴェージが速度を落とし、慎重に車体を旋回させる。直進の途中で揺れ、みんなは慌ててお茶を押さえた。
「こんばんはー。昨日、予約したモンでさぁ」
「あー、はいはい。こんばんはー。駐車券見せてー」
別の声がナンバープレートを読み上げ、更に別の声が侵入を許可した。警備員たちは、運び屋フィアールカが調達した偽造ナンバーを見抜けなかったようだ。
……一体、どんな伝手なのだ?
助かるので文句は言えないが、何とも言えない気持ちになった。
警備員の誘導で、予約した区画にトラックを停める。
「ありがとよ」
「はい。お疲れ様でしたー。おやすみなさーい」
警備員の声と足音が遠ざかり、たっぷり二十数えてから、運転席の戸が開いた。
ラゾールニクがタブレット端末と、よく似た機械をポケットから出す。
「なんですか? それ?」
工員クルィーロが、一回り小さいそれを目敏くみつけ、子供のように瞳を輝かせてラゾールニクの隣に移動する。彼の父パドールリクは、苦笑して娘のアマナと顔を見合わせたが、二人とも何も言わなかった。
「あぁ、こっち? これは」
「オーッス! お疲れさん。メシにすんぞ、メシー!」
荷台の扉が勢いよく開き、メドヴェージが夜風と共に入って来た。
☆現場用品店の駐車場……「1445.合同開催計画」参照
☆倉庫街とオフィス街の中間辺りにある量販店……「1431.商品棚の事情」参照
☆ロークの父から写真を受け取った後……「1456.倉庫街で催し」「1460.観客席を観察」参照
☆運び屋フィアールカが調達した偽造ナンバー……「1430.東への玄関口」参照




