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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1462.弱き者の視点

 吊るしたシーツに中の人影が映らぬよう、荷台の金具に毛布も掛けた。

 どこからかサイレンが響き、長く尾を引いて消える。


 呪医セプテントリオーは、クルィーロに借りたタブレット端末から顔を上げた。画面の隅には、現在時刻が常に表示されるが、無機質なデジタル表記からは、時の経過量がわかり(にく)い。


 ……十七時……やっと閉会か。


 紙の報告書を読む漁師と薬師(くすし)兄妹(きょうだい)も、腕時計に目を遣って肩の力を抜いた。


 外の声や物音から、物販の売上が(かんば)しくないのがわかったが、今日は「居ない人」扱いの三人には、店番の手伝いもできない。

 第一の目的が、星の(しるべ)リャビーナ支部の調査とは言え、ひとつも売れないのでは、この日の為に蔓草(つるくさ)細工を(こしら)えた星の道義勇軍の三人が気の毒だ。


 ……腐る物ではない。いずれ、どこかで売れる筈だ。


 物販の広場に大勢の人声と足音が入って来た。

 湖の民三人が、移動放送局プラエテルミッサの荷台で身を固くする。

 外が音と気配でしかわからないのがもどかしく、不安を掻き立てた。


 王国軍に居たのだから、遠隔地や壁越しでも偵察できる【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の術も、哨戒兵から教わっておけばよかったと、元軍医の胸に後悔が(よぎ)る。

 傷を癒す【青き片翼】学派だけで不安なく過ごせたのは、他を全て部隊の者たちがこなしてくれたからだと、今更ながら思い知った。



 「今日のお土産に『すべて ひとしい ひとつの花』の絵本、どうっスか?」

 「未完の歌詞と、続きの応募先もありますよ」

 ラゾールニクが帰る人々に声を掛け、パドールリクが続いた。

 「えー? どうしよっかなー?」

 「あ、これ、歌じゃなくて神話の本なんだー」


 何人かが足を止め、立ち読みを始めたらしい。

 呪医は荷台で息を詰め、耳に神経を集中した。


 「これ、お兄さんたちが書いたの?」

 「まさかぁ、ネモラリス建設業協会の有志の人たちっスよ」

 「出版後に追加された歌詞は、私たちが書いて挟みました」

 「歌詞だけちょ……」

 「おいおい、そんなのダメに決まってんだろ。なぁ、お兄さんたち?」

 「そうですね。レーチカで仕入れましたので、現金では裏表紙に書いてあるお値段になりますが、物々交換でしたら、少しお安くできますよ」

 パドールリクの落ち着いた声が、愛想良く応じる。

 クーデター後、首都を脱出するまで彼が勤めた会社の業種は聞きそびれたが、セプテントリオーは、ソツのない対応に感心した。



 「ふーん、物の方が安いんだ?」

 「でも、今、交換できる物って何も持ってないよ」

 「あっち行こっか」

 客の声が遠ざかり、呪医の掌に汗が滲む。


 ……物を(ひさ)ぐと言うのは、大変な苦労があるものなのだな。


 客として数え切れない程、店を訪れたが、いざ、自分が販売側に回った時、値引きの加減はおろか、客に何と声を掛けていいかさえわからない。

 呪医セプテントリオーは今日一日、荷台で売買の声を聞き、己の商才のなさを思い知らされた。



 隣近所の物販席に掛けられた売り物を(けな)す声。

 葬儀屋アゴーニはやんわり(たしな)め、パドールリクはそれとなくこちらへ誘導し、力なき民のフリをするラゾールニクは、揶揄した者を逆にからかい、パン屋の娘ピナティフィダは、(やから)の声が遠ざかってから、明るい声で周囲の者を励ました。


 女性の店番に浴びせられる冗談とも本気ともつかない卑猥な言葉。

 パン屋の娘自身は場慣れした様子で軽くいなし、葬儀屋アゴーニは隣近所の女性に助け船を出した。

 野卑な輩が、葬儀屋の証【導く白蝶】の徽章(きしょう)を持つ年配の魔法使いには、全く逆らわず、そそくさ退散するのが、声と物音だけでも手に取るようにわかった。


 世の中には、弱い立場の者を(さげす)み、益体(やくたい)もない言葉を投げつける者が少なからず存在する。彼らの存在は、呪医セプテントリオーには思いもよらなかった。


 ……私が今まで、彼らのような者に出会わなかったのは……つまり。


 あまり意識したくはなかったが、旧王国時代は貴族であり、軍医だったから。共和制移行後も、呪医であり続けたからだ。

 これまでどれ程、身分や社会的地位に守られてきたのか。

 一目で魔法使いとわかる緑髪と男性であることも大きい。


 ピナティフィダは野卑な言葉を投げつけられるが、レノ店長たち男性だけで店番する時間帯には、そんな言葉を吐く者が一人もなかった。

 男性や魔法使いには向けない言葉が、寒さに震える貧しい力なき民には、平気で向けられる。

 アゴーニが間に入った途端、大人しくなるのが、何ともやり切れなかった。



 「物でいいんだったら、今そこで買ったこの袋でもいいよな?」

 「えっ? 十枚全部、下さるんですか?」

 「持って帰る用に一枚残しとかなくていいんスか?」

 先程の声の主が戻り、パドールリクとラゾールニクが驚く。

 セプテントリオーも、先程のあれは、断り文句だと思った。


 力なき民が古着から作ったであろう「普通の袋」の価値が、如何程(いかほど)のものか呪医には(はか)り兼ねるが、二人は絵本一冊と袋九枚で取引を成立させた。

 近くの店で安い物を調達し、物々交換で書籍代を安く済ませる節約術も、セプテントリオーの生活範囲にはなかった発想だ。


 ……長く生きていても、知らないコトばかりなのだな。


 旧王国時代から多くの人と接する仕事を続け、わかった気でいたが、異なる社会階層のことなど、何ひとつ見えていなかったのだと痛感させられた。

☆『すべて ひとしい ひとつの花』の絵本……「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「672.南の国の古語」、内容「671.読み聞かせる」参照

☆クーデター後、首都を脱出するまで彼が勤めた会社……「638.再発行を待つ」「686.センター脱出」「687.都の疑心暗鬼」、社宅「688.社宅の暮らし」「709.脱出を決める」「710.西地区の轟音」、移転先「780.会社のその後」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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