1461.たくさんの色
木箱を組んだ簡易舞台の端で、司会者が歌の説明をする。
ラジオのおっちゃんジョールチが、移動放送局プラエテルミッサの公開生放送で言うのと大体同じだ。
オースト倉庫のコンテナヤードに集まった観客は、驚いた顔で隣と囁き合い、重なった小さな声が、葉擦れのように会場をざわめかせた。
司会者は気にせず話を続け、指揮者であるリャビーナ市民楽団のシピナート代表にマイクを渡す。
「本日は、リャビーナ市民楽団と市立リャビーナ高校合唱部、そして旅のお店の慈善コンサートにお運び下さいまして、ありがとうございました」
客席から拍手が起こり、楽団長は片手を上げて応えた。
「告知の期間が短かったにも拘らず、こんなにも大勢お集まり下さって、一同、驚くと同時に大変感謝しております」
シピナート楽団長が深々とお辞儀すると、拍手が更に大きくなった。
話し合いの結果、同じ曲の「女神の涙」は歌わず、紹介もナシになった。
リャビーナ市民楽団は、魔哮砲戦争の開戦後、割とすぐの頃から「すべて ひとしい ひとつの花」を演奏し続け、ネミュス解放軍がクーデターを起こす少し前からは、里謡の「女神の涙」も一緒に演奏した。
慈善コンサートを何回したか知らないが、今、オースト倉庫のコンテナヤードに集まった客は、みんな初めてみたいな顔で説明を聞いた。
「これから歌う『すべて ひとしい ひとつの花』は、先程ご紹介いただきました通り、未完の曲です。みなさんも、歌詞の続きを考えていただけましたら幸いです。そして、当楽団か、ネモラリス建設業協会にお知らせ下さい」
シピナート楽団長がマイクを返すと、司会者は、ふたつの団体の連作先と曲名をもう一度言って、マイクをスタンドに立てた。
楽団長が楽団に向き直り、白い指揮棒を振り上げる。
爺さんのピアノが、合唱用に編曲された前奏を澱みなく弾くと、滑らかな音色にバイオリンとフルートが加わった。
穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える
涙の湖に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる
歌いだすと同時に全ての楽器が加わり、背後から被さる重厚な音の迫力に圧倒される。
いつものレコードとほぼ同じ組合せだが、生演奏の音は耳だけでなく、全身に響いた。
ひとつひとつの楽器の音色も、歌う者の声も一人一人全く違うが、共に同じ曲を奏で歌って、ひとつに融ける。
「この願い 叶うなら
この命など 惜しくはない」
君の微笑みが この胸に今でも
楽器の種類によって、弾くところと弾かないところがあり、役割分担があるのに気付いた。
歌も、モーフたちはみんなで同じ音程を歌うが、地元の高校生たちは、四組に分かれて四つの音程で歌う。
音色の違う楽器、音程の違う歌声が、ひとつの楽譜と同じ詞で繋がって、ひとつの歌になる。
悲しい誓いと涸れ果てた涙
武器を手放し 歩む
二度とは戻らない 悲しみの日々 街を包んだ炎
リャビーナ市民楽団は、楽器も色々だが、髪の色も、湖の民の緑色をはじめとして、金、土、赤、黒など色々だ。ピアノの爺さんは真っ白で、陸の民か湖の民かわからない。
服装もバラバラだ。軽装で平気な顔の力ある民も居れば、もこもこ冬服を着込んだ力なき民も居る。
安らかに眠るがいい 共に手を取り合って
同じ朝を目指した同志よ ここに
リャビーナ市民楽団には居ないだろうが、高校生の中には、もしかすると、ロークみたいな隠れキルクルス教徒が居るかもしれない。
少なくとも、モーフたち星の道義勇軍の三人、力なき民でキルクルス教徒だ。
清らかな空の青
友と夢見た 雲の晴れ間 風が戦いの終焉を知らせる
人種、民族、信仰、年齢、性別、魔力の有無、学歴、出身地、今の仕事……何もかも違う大勢の人が、ひとつの楽譜と同じ詞があれば、歌でひとつになれる。
悲しい誓いと涸れ果てた涙
罪を償い 歩め
これから共に歩む……
モーフは、何故こんなことが可能なのか仕組みがわからず、不思議に思ったが、悪い気はしなかった。それより、自分が歌詞のようにこの先ずっと罪を償って歩いてゆけるかが心配になる。
歌詞がまだ決まらない部分は、後少しだ。ハミングで誤魔化すしかないのがもどかしい。
……道が開ける朝
憎悪と悲しみの鎖を断って
共に 咲かせよう ひとつのこの花を
不思議な昂揚感の中で詞を歌い尽くし、曲が終わる。
観客の存在も忘れ、夢中で歌い上げた。
誰も居ないみたいに静まり返った客席が、楽器の余韻が消えると同時に拍手で沸き返る。通路でしゃがんだロークの父ちゃんも、立ち上がって拍手した。
見渡す限り、イイ笑顔だ。
日暮れ前の薄青い寒空の下、灰色のアスファルトの上で、ここだけ花が咲いたみたいに明るい。
シピナート団長と合唱部の部長が、前に出て深々とお辞儀した。
他のみんなも二人に続き、モーフも慌ててぺこりと頭を下げる。
鳴りやまない拍手の中で、司会者が曲名を言い、歌詞募集の件を繰り返した。
どこからか、遠吠えのように低く高く尾を引く音が聞こえた。リストヴァー自治区に居た頃と同じなら、工場の終業サイレンだ。懐かしいと言える場所ではなかった。それなのに胸の奥がきゅっと絞められたように痛んだ。
日が傾き、影の色が薄くなって寒さが増す。
観客が、名残惜しそうに拍手を大きくした。
木箱の舞台にオースト倉庫の社長夫婦が上がる。
社長夫人が、客席にひらひら手を振ると、拍手が止んだ。
「本日は、寒さが厳しい中、慈善コンサートにお越し下さいまして誠にありがとうございました。久し振りの“軍歌ではない音楽”でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか」
社長が言うと、客席で色とりどりの頭が縦に揺れた。
「微力ながら、リャビーナ市民の皆様、並びに当地へ避難して来られた方々の楽しいひとときの助けになれましたこと、大変光栄に存じます」
大勢の観客を前に終わりの挨拶をする社長の後ろ姿は、どう見てもフツーのおっさんだ。ネミュス解放軍をけしかけて、リストヴァー自治区を襲わせたヤバい奴には見えなかった。
「歌詞にありました通り、平和を望む国民ひとりとりが知恵を出し合い、その知恵の光によって戦争の闇が払われ、一日も早く平和を取り戻せますよう、願ってやみません」
社長が司会者にマイクを返すと、盛大な拍手が、客席だけでなく舞台上からも起こった。
「ご挨拶は、本日の会場をご提供下さいました、オースト倉庫株式会社の代表取締役でした。以上をもちまして、慈善コンサートはお開きになります。物販の方は残り三十分となりました。今日の思い出に是非ひとつ、お買い上げ下さい」
出演者一同がもう一回お辞儀して顔を上げると、高い所の灯が照らす下で、客たちがぞろぞろ引き上げるのが見えた。




