0150.道を掘り出す
ピナがブリキのバケツ一杯分の瓦礫を道端に捨てた。
すぐ車道へ戻り、片手で拾える破片を掃除用のバケツに詰めて回る。
少年兵モーフは横目でその姿を見ながら、メドヴェージと二人で大きな瓦礫を動かした。拾ってきた銅管を梃子にして少しずつ移動させる。
パン屋のレノと工員クルィーロは手で抱えて運べる物を除け、小学生のアマナとピナの妹は、細かい破片やガラス片、灰などを箒で端へ掃き寄せる。
ソルニャーク隊長と薬師アウェッラーナ、地元民のロークは、トラックでも通行可能な橋を探しに行った。
彼らがいい報せを持って帰るのを祈りながら、駐車場の通路から公道へ、瓦礫の撤去作業を進める。
箒の小学生二人は、もう通りの角まで掃き進んだ。
瓦礫をひとつ端に寄せ、工員クルィーロが首に掛けたタオルで額の汗を拭う。
パン屋のレノも瓦礫を置いて妹たちに声を掛けた。
「二人ともちょっと休憩。こっち来て」
女の子たちは顔を見合わせて駆け戻った。ピナの妹が少し不満そうに言う。
「まだ休まなくても平気。お姉ちゃんのお手伝いしていい?」
「うーん……後で疲れたって、ぐずぐず言わないんなら……」
レノが渋々言うと、二人は明るい顔で拳大の瓦礫を拾い始めた。二人の兄も顔を見合わせ、苦笑いして作業を再開する。
……外の奴らも、意外と働き者なんだな。
少年兵モーフはずっと、自治区外の住人を「楽して得することばかり考えるズルい奴ら」だと思っていた。
今、行動を共にするのは偶々、働き者に当たっただけかもしれない。
そう言えば、ピナの同級生たちは、運河の畔で何もしなかった。
……どこに居ても、ズルい怠け者は怠け者だし、働き者は働き者なんだろうな。
一人で納得し、黙々と作業を続ける。
メドヴェージが梃子に力を入れる瞬間、掛け声を出し、モーフはそれに従って力を籠めた。
あっという間に汗だくになる。
ラキュス湖から吹く風は冷たく、このままでは風邪を引きかねない。
……でも、やるしかねぇし、動いてる間は暑いくらいだからな。
まだ、車輌一台分くらいの範囲しか片付かない。これをニェフリート河まで続けるかと思うと、気が遠くなりそうだ。
それでも作業しなければ、どこへも行けないのだ。
「そろそろ、メシにするか」
クルィーロがすっかり日が高く昇った天を仰ぐ。
三人はまだ戻らない。近くの橋はダメだったのだろう。
河まで行けば、緑髪の薬師がまた魚を獲る筈だ。
少年兵モーフは、片付けの距離を考えてげっそりした。
ニェフリート河を越えたところで、対岸も空襲の焼け跡なら、また道路の片付けをする羽目になる。先々を思うと気持ちが沈み、今朝焼いたばかりのパンの味がわからなくなった。
三十分程休憩して作業を再開する。
「同じ景色ばっかりだと飽きちゃうから、今度はここからあっちにしません?」
ピナが放送局前の道路を指差した。
どこから手を着けても、片付ける範囲は同じだ。特に反対する者はなく、玄関から駐車場方面に向けて片付け始めた。
放送局前には、殆ど瓦礫がない。
両隣のビルは完全に崩壊し、車道にも瓦礫が散乱する。
小学生二人はさっさと角まで掃き進め、今度は何も言われない内からピナの作業を手伝った。
車道を埋める瓦礫を中央分離帯に放り上げる。
一人で動かせる瓦礫が粗方片付くと、一目で無理だとわかる塊が露わになった。
壁の破片らしいが、車くらいのコンクリ塊だ。
「ツルハシか何かありゃ、割って運べるんだがな」
メドヴェージが汗を拭きつつ、溜め息を吐く。
レノとクルィーロは腰をさすりながら、苦い顔でコンクリ塊に視線を落とした。
少年兵モーフは諦めきれず、声を上げた。
「廃車の時みてぇに、みんなでやりゃ動くんじゃねぇか?」
「無理だ。パイプが折れる。やめとけ」
メドヴェージにあっさり却下されたが、尚も食い下がる。
「おっさん、やる前から諦めんなよ」
「坊主、見てわかれよ」
「やってみなくちゃわかんねぇだろ」
「俺に口応えしたってコイツは軽くなんねぇぞ。隊長たちが戻るまで他のを片付けてろ」
「でも……」
「デモもストもねぇ。さっさと手ぇ動かせ」
いつになく、おっさんに苛立った声をぶつけられ、少年兵モーフは憮然として口を噤んだ。仕方なく作業を再開する。
成り行きを見守った面々も、再び時が動き出したように細かい瓦礫を退かしに掛かる。
人力で運べる分だけでも途方もない量だ。下らないことで争う暇などなかった。




