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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
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0015.形勢逆転の時

 その頃、市民病院の二階に上がったテロリストの別部隊は、全滅していた。


 年配の事務員と薬師(くすし)が、治療を中断して攻撃に転じた。

 日々の家事などで使う【霊性の鳩】学派の術を応用して戦う。【操水】の術で水を()ち上げ、銃の内部を水で満たし、発射を(さまた)げる。敵兵の肺へ水を流し込み、溺水(できすい)させる。


 本来は、食器洗いや掃除などに使う術だ。

 あらゆる物を武器として戦いに用いる【飛翔する(タカ)】学派の術者たちが考案し、半世紀の内乱で多くの民兵が身に着けた戦法だった。


 年配の事務員の指揮で、入院患者と避難民と病院職員が応戦し、病院を襲撃したテロリストを殲滅(せんめつ)した。

 最初の銃撃さえ(しの)げば、形勢が逆転するのにそれ程、時を要さなかった。


 半世紀の内乱で戦った経験者が、軍属の事務員の指揮で反撃する。

 薬師が【操水】の術で遺体から水を抜くと、患者と避難民もそれに(なら)った。

 死者への冒涜(ぼうとく)だが、今、同朋の死を(いた)んで何もしなければ、自分たちが死者の仲間入りをしてしまう。

 むせかえるような血臭の中、避難民たちは死者から抜き取った水で壁を建て、銃撃を(くる)んで防ぐ。


 従軍経験者たちが、テロリストの肺に水を注いだ。

 軍属の事務員と薬師(くすし)が、水を盾に病室を見て回る。二階に上がった部隊の殲滅(せんめつ)を確認し、二人はひとまず安堵した。

 テロリストの遺体はいずれも、キルクルス教の聖印「星の道」を描いた腕章を巻いていた。水で流し、廊下の隅に集めて他と区別する。


 一階では、外科部の呪医と「葬儀屋」と名乗った湖の民の男性が、テロリスト集団を診察室に追い詰めていた。星の道義勇軍の増援が来なければ、今頃はもう片が付いている筈だ。


 「闇照らす 夜の(あるじ)眼差(まなざ)しの 淡き輝き 今 (とも)す」

 事務員が術で【灯】を(とも)した。

 月光のようにやわらかな光が停電した院内を照らす。窓から火災の光も射すが、窓辺以外は真っ暗だ。

 魔法の灯に照らされ闇に浮かぶ顔は、疲労の色が濃い。

 定年間際の事務員は、薬師(くすし)と共に生存者を誘導し、階下へ向かった。


 定まった形を持たない雑多な妖魔が、闇の中で無数に蠢く。

 建物の損壊で、壁などに施された結界が失われたのだ。物理的にも、いつ倒壊するかわからない。


 生存者たちは、小声で【退魔】の呪文を唱えながら、支え合って階段を下りる。

 場の(けが)れを(はら)う術の効果範囲に入った雑妖(ざつよう)が、じりじりと暗がりへ後退した。

 怒り、憎しみ、悲しみ、恨み、死……

 雑多な妖魔が好む穢れが院内に満ちる。

 アウェッラーナは(かばん)を拾い、後ろ髪引かれる思いで病室を出た。


 ……お父さん、ごめんね。約束は、なるべく守るから……さようなら。


 こんな所に父の遺体を残して行くのは忍びないが、どうすることもできない。

 父は、最期(さいご)にアウェッラーナの真名(まな)を呼んで、みんなの分も長生きせよ、と言い残した。



 魔法文明の国々では、真名を名乗り、また、それを呼ぶ習慣がない。

 真名は魂に直結する。魔力を籠めて真名を呼び、力ある言葉で命ずれば、魔法による強制力が働き、その者を支配できるからだ。

 支配に抵抗するには、互いの魔力と精神力での力比べとなる。

 最も安全なのは、真名を知られないことだ。

 この為、魔法文明国では、実親と兄弟姉妹、夫婦以外に真名を教えない。


 真名とは別に、普段の用で使う呼称を用意する。

 家庭の方針によっては、兄弟姉妹にさえ真名を教えない。



 老父は、敢えてアウェッラーナの真名「ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフ」を呼んで遺言した。

 遺言の言葉は、魔力を制御する「力ある言葉」ではなく、この地方で日常的に使われる湖南語であったが、ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフは父の強い願いに心が震えた。


 入院後の老父は、家族の呼び掛けに全く反応しない日も多かった。

 その父が、最期に昔と同じ目で、ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフを見て、言葉を発した。

 この状況では、いつまで父との約束を守れるものかわからない。

 明日の朝日を見られるかどうか、誰にもわからなかった。


 ……お父さん。


 アウェッラーナは、昨日、夕日を見詰めていた父の横顔を思い出した。その視線の先に何があったのか。

 今はそんな感傷に浸る余裕は微塵(みじん)もない。

 父との約束を守る為に、何としてでも生き延びなければならない。


 この病院には、まだ傷薬の素材が残っている。

 少しでも多くの薬を作り、見張りと即戦力になり得る怪我人を治療して、人手を確保する必要があった。


 夜空を焦がす炎と黒煙。

 湖の沿岸地区から続々と逃れて来る生存者の群。

 アウェッラーナはイヤでも現実と向き合わされた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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