1457.手持ち無沙汰
作業服姿の社員が鉄製の門扉を開放した。
待ちかねたリャビーナ市民が、オースト倉庫のコンテナヤードに途切れることなく流れ込む。
市民らは、敷地の端に積み上げられた大きなコンテナに歓声を上げ、物珍しげに物流の作業場を見回す。
普段は一般人立入禁止だと教えられたのは、本当らしい。
少年兵モーフは、物販の席で背伸びして、ラジオのおっちゃんジョールチとDJレーフの姿を捜した。
……人多過ぎて、わっかんねぇな。
こんな寒い日は、力ある民と力なき民の差がハッキリわかる。
力ある民は、軽装でも平気な顔だ。色々な術が掛かった魔法の服で守られ、見た目に関係なく、どの季節でも快適に過ごせる。
力なき民は、普通の冬服で着膨れるが、それでも寒そうだ。薄着で震えながら店番するのは、カネも魔力もない仮設住宅の住民だろう。
客として入った市民は、数こそ多いが、物販の方へ来なかった。
立入禁止のロープぎりぎりまで近付いて、警備員に追い返される者や、リャビーナ市民楽団の簡易舞台の客席へ流れる。
楽団のシピナート代表が何か言うが、モーフの場所からは遠く、内容まではわからなかった。
拍手が起こり、音色が人混みを縫ってコンテナヤードにゆったり広がる。
違う種類の楽器が、ひとつ、またひとつ曲に加わり、音に厚みを与えた。重なった音が大きくなるにつれて、人の声が小さくなる。
曲は、アカーント市で爺さんが弾いた「神々の祝日の聖歌メドレー」だが、ピアノの音色だけがいつまで待っても聴こえなかった。
魔法使いの工員クルィーロの一家が、どこからか戻って来る。
モーフは、彼ら三人がいつの間に席を外したのか気付かなかった。
「これ、今日の予定表」
手書きの字を印刷したものには、時間と出演者、曲名が並ぶ。
モーフたちは今日、移動放送局プラエテルミッサではなく「旅のお店」だ。
……そっか。字が読めたら、こんなものわかるようになるんだな。
勉強した甲斐があったと思わず口許が緩む。
午前中はリャビーナ市民楽団と、地元の高校生。昼食を挟んでまた、リャビーナ市民楽団。モーフたち「旅のお店」は、市民楽団の伴奏で歌と国民健康体操の実演だ。
「急だったから、楽団と合同練習はできなかったけど」
「みんなで歌ういつものは、楽団の人も知ってる歌だけだから、大丈夫って言ってた」
兄貴のクルィーロは心配そうだが、妹のアマナは自信満々だ。
父ちゃんのパドールリクが苦笑する。
「私は、ラゾールニクさんと店番するから、みんなはいつも通りに頑張っておいで」
「うん!」
アマナとピナの妹が、元気いっぱい返事をした。
この父ちゃんと漁師の爺さん、葬儀屋のおっさんは、公開生放送の時、トラックの運転席の屋根に登って送信アンテナを支える役を交代でする。
後から来た市民病院のセンセイは、葬儀屋のおっさんに「おめぇは鈍臭ぇからダメだ」と言われて、大人しく下に居る。歌にも加わらず、助手席の前に立って様子を見るだけだ。
……まぁ、もうすぐ難民キャンプに戻るし、歌、覚えるヒマねぇよな。
何となくみんなとずっと一緒に居る気でいたが、近所のねーちゃんアミエーラとファーキル、高校生のロークとは、途中で別れた。一時はピナたちとも別れ、隊長とメドヴェージのおっさんと三人だけになった。
葬儀屋のおっさんが来て、ラジオのおっちゃんとDJレーフが仲間になって、ピナたちと再会した時には、クルィーロとアマナの父ちゃんも居た。薬師のねーちゃんは、漁師の爺さんと再会した後も、みんなと一緒に来てくれる。
市民病院のセンセイは、元々ちょっとだけの約束だ。
……よく考えたら、結構、出入りあったんだな。
このまま行けば、ネミュス解放軍が支配する首都クレーヴェルに着く。
都民だったラジオのおっちゃんとDJレーフが、みんなと一緒に居るか、解放軍が押える放送局で仕事するコトになるか、わからない。
本人がちゃんとしたとこでやりたいかもしれないし、解放軍が腕尽くで、元職員の二人を国営放送の本局とFMクレーヴェルに連れ戻すかもしれない。
クリュークウァ市のカピヨー支部長や、他の支部の連中を見た限り、手荒なコトはされないだろうが、首都ではどうだかわからない。
カピヨー支部長は、移動放送局プラエテルミッサを何かと助けてくれるが、そのきっかけは、エラい将軍に内緒で、リストヴァー自治区を攻撃するのをDJレーフが止めたからだ。
エラい将軍には、自治区を攻撃する気はまったくなかった。
フラクシヌス教徒の武装組織ネミュス解放軍は、幹部でさえ意見がバラける。
エラい将軍の知らぬ間に誰かがとんでもないコトをしでかす危うさがあった。
首都クレーヴェルの様子は、外からはよくわからないらしい。
ピナたちを酷い目に遭わせた星の標の連中が、自爆テロと解放軍の攻撃で全滅したのか、しぶとく居座るのか、それもわからない。
……戦闘はねぇらしいけどよ。
単に爆弾の材料がなくなっただけかもしれない。
モーフの力で、星の標と解放軍からピナを守れるのか。
「ありがとうございましたー」
やっと香草茶が売れ、ピナが明るい声で客を見送る。
舞台では「神々の祝日の聖歌メドレー」が終わり、次の曲が流れる。地元の高校生が歌い始めると、客席から手拍子が起こった。
モーフの知らない歌だ。
物販に足を向けた客が、また舞台の方へ流れた。
「ヒマだし、ちょっと舞台の方、行ってみねぇか?」
葬儀屋のおっさんが言う通り、オースト倉庫のコンテナヤードに会議机を並べた物販席の店番は、みんなヒマそうだ。
「俺は、さっきこれもらいに行った時にちょっと見たから、いいよ」
「じゃあ、私もお店番してようかな?」
金髪の兄妹が言うと、緑髪のおっさんは笑って言った。
「こんな機会、滅多にねぇんだ。遠慮すんなよ」
「ティスちゃん、ここは見とくから、アマナちゃんと行っていいよ」
「お姉ちゃんは?」
「後で行こうかなって」
ピナが言うと、葬儀屋のおっさんは、力なき民の仲間みんなを見回した。
「もう一人くらい面倒見れるぞ」
「あ、じゃあ俺もいいですか?」
「よっしゃ、決まりだな」
ピナの兄貴が、小さい妹と手を繋いで葬儀屋のおっさんに礼を言う。
オースト倉庫株式会社の社長は、星の標リャビーナ支部長だ。
コンテナヤードの催し物に来た客にどれだけ隠れキルクルス教徒が居るかわからない。
見える範囲に居る湖の民は、葬儀屋のおっさんだけだ。軽装の力ある民より、着膨れた力なき民の方がずっと多かった。
ここで「真の教えを」を流すのは、モーフにも、絶対無理だとわかる。
……でも、ここで流すのが一番効き目あると思うんだけどな。
パン屋の兄妹が、葬儀屋のおっさんと連れ立って、アマナと一緒に人混みへ向かう。迷子の心配はないが、一人になれば、客やオースト倉庫の従業員に何をされるかわからない。
ピナは何もないだろうと言ったが、用心するに越したことはなかった。
特に力なき民だけで出歩くのは危険だ。
「君は、後で俺が連れてったげるよ」
「ありがとうございます」
四人を見送ったピナが、隣のラゾールニクにイイ笑顔で応え、モーフは眩しさに目を逸らした。
ついでに人混みに視線を走らせたが、ラジオのおっちゃんとDJレーフの姿は、まだ見えない。
舞台の客席はいっぱいで、立見の人垣が分厚く、葬儀屋のおっさんたちも、もう見えなくなった。
☆アカーント市で爺さんが弾いた……「1388.融和を謳う曲」参照
☆神々の祝日の聖歌メドレー……「310.古い曲の記憶」「294.潜伏する議員」「628.獅子身中の虫」参照
☆近所のねーちゃんアミエーラとファーキル、高校生のロークとは、途中で別れた
アミエーラとファーキル……「572.別れ難い人々」~「574.みんなで歌う」参照
ローク……一回目「576.最後の荷造り」二回目「657.ウーガリ古道」「658.情報を交わす」参照
☆一時はピナたちとも別れ……「576.最後の荷造り」「595.初めての反抗」参照
☆葬儀屋のおっさんが来て……「643.レーチカ市内」~「646.行き先の予想」参照
☆ラジオのおっちゃんとDJレーフが仲間になって……「660.ワゴンを移動」~「663.ない智恵絞る」参照
☆ピナたちと再会した時……「746.古道の尋ね人」「747.お互いの疑い」参照
☆漁師の爺さんと再会……「824.魚製品の工場」~「829.二人の行く道」参照
☆元々ちょっとだけの約束……「1058.ワクチン不足」参照
☆クリュークウァ市のカピヨー支部長……「0964.お茶会の話題」「0984.簡単なお仕事」「0985.第二位の与党」「1056.連絡の可否は」「1090.行くなの理由」参照
☆将軍に内緒で、リストヴァー自治区を攻撃するのをDJレーフが止めた……「916.解放軍の将軍」~「918.主戦場の被害」参照
☆ピナたちを酷い目に遭わせた星の標の連中……「710.西地区の轟音」~「713.半狂乱の薬師」参照
☆戦闘はねぇらしい……「1447.日誌から読む」参照




