1456.倉庫街で催し
催しの当日、少年兵モーフたち星の道義勇軍の三人と葬儀屋アゴーニは、ロークの父ちゃんに無茶苦茶嬉しそうに話し掛けられて、度肝を抜かれた。
「まさか、あなた方がクルィーロさんたちを助けて下さったとは……!」
「えぇっと……どっかで会ったかい?」
メドヴェージのおっさんが、設営の手を止めて不思議そうに首を捻ってみせる。
ロークの父ちゃんは、何も知らずに会ったとしても、「ロークの父ちゃん」だとわかるくらいそっくりだ。ロークが年を取ったら、きっとこの顔になるだろう。
「わからないのも無理はありません。クーデターの少し後、ウーガリ古道でレーチカ市の様子を教えていただいた者です」
「あぁ、あの時の!」
ソルニャーク隊長が、思い出したフリをする。
「今日は息子さんもご一緒ですか?」
「息子はレーチカに居ます。私だけ、単身赴任なんですよ」
少年兵モーフは、ボロを出さないよう、黙々と品出し作業しながら、ロークの父ちゃんを窺う。淋しそうな顔をするおっさんは、フツーの父ちゃんに見えた。
……このおっさん、どんな記憶力してんだよ。
たったの一回、しかも通りすがりのほんの一瞬、話しただけで、一年以上経っても忘れずにいられるものなのか。
「えっ? みなさん、お知り合いだったんですか?」
ピナが、値札を並べる手を止め、驚いたフリで聞く。
メドヴェージのおっさんが話を合わせた。
「クレーヴェルに配送する途中、一休みしてる時に会ったんだけどよ、まさかこんなとこで、もっかい顔合わすなんてな」
「余程、強い縁があるのでしょう」
隊長が言うと、ロークの父ちゃんは本当に感心した顔で頷いた。
「ここにロークが居れば、きっと喜んだでしょうが……」
「でも、無事にレーチカに着いて、お元気だって聞けてよかったです」
「そう思って、今日はカメラを持って来たんですよ。今は準備でお忙しいでしょうから、後で撮って、手紙と一緒に送らせて下さい。勿論、焼増ししてみなさんにも差し上げます」
ロークの父ちゃんは、肩に掛けた四角い鞄をポンと叩いた。
「また、会社へ会いに来ていただけますか?」
「えっ? 何回もお邪魔しちゃって、こちらこそ、なんか、すみません」
魔法使いの工員クルィーロが、小さく頭を下げる。
薬師のねーちゃんと漁師の爺さん、ついでに市民病院のセンセイも、今日は使わない荷台奥の小部屋で息を潜めて、居ないフリをする。
国営放送アナウンサーのジョールチだけでなく、FMクレーヴェルのDJレーフも、首都圏の避難者が声を知っている。万が一を考えて、二人は遠くに停めたワゴン車で待機する。一般入場が始まってから、他人のフリをして、客に紛れて会場を見回る手筈だ。
今日は「居ない五人」の代わりにラゾールニクが加わって、例の絵本の品出しを手伝う。
オースト倉庫のコンテナヤードは、湖東語表記のコンテナを端に寄せ、入口付近にちょっとした広場を作ってあった。
あちこちにある物販ブースは、会議用の長机とパイプ椅子を置いただけだ。モーフたちだけでなく、粗末な身形の人々が、調律をBGMに布小物などをせっせと並べる。
木箱を並べた舞台では、リャビーナ市民楽団が、最終調整に余念がない。
ピアノの爺さんも、アカーント市の時と似たようなアップライトピアノの前に座って音を確める。
「決定から開催まで、日数が少なかったので、お客さんが集まるかわかりませんが、知人の会社や、ボランティア団体にお願いして、仮設住宅などに声を掛けていただいたのですよ」
「街区の掲示板にポスターまで貼って下さったそうで、ありがとうございます」
クルィーロたちの父ちゃんが礼を言うと、ロークの父ちゃんは「いえいえ、そんな」と両手を胸の前で振った。
「私ではなく、オースト倉庫の社長さんのご厚意がなければ、実現しませんでしたから」
「この倉庫の社長さんですね。今日はお見えですか?」
クルィーロたちの父ちゃんが聞く。
「開場の少し前に来られるそうですよ」
「是非、お礼を申し上げたいので、ご紹介いただけませんか?」
「勿論です。ご一緒に記念撮影しましょう」
少し世間話をした後、ロークの父ちゃんは作業服姿のおっさんに呼ばれて、どこかへ走って行った。
「写真……か」
ソルニャーク隊長が苦い声を出す。
「何かマズいんスか?」
「後で説明する」
モーフが声を潜めて聞くと、隊長は表情を消し、蔓草細工を並べながら言った。
ラキュス湖から吹く風は冷たいが、天気に恵まれ、日当たりのいい場所ではあまり寒くない。
物販の準備が整う頃、ロークの父ちゃんが、上等な服を来たおっさんとおばさんを連れて戻って来た。
「こちらが、今回、この場所をご提供下さったオースト倉庫の社長ご夫妻です」
「初めまして。急なお話でしたのに許可して下さいまして、ありがとうございました」
クルィーロたちの父ちゃんが言うと、年長のみんながいっせいにお辞儀をした。モーフと小学生の二人も、慌ててペコリと頭を下げる。
社長は笑顔で謙遜した。
「いえいえ、そんな……私は門を開けただけですよ」
「近頃は、市内でこのような催しがなくなってしまいましてね」
「えっ? そうなんですか?」
ピナの兄貴が驚いた顔をすると、社長は悲しげに小さく首を振った。
「えぇ。リャビーナ市民はみんな、気持ちが塞いでいたのですよ」
「みなさんのお歌、楽しみですわ」
「素人なんで、あんまり上手じゃありませんけど、一生懸命頑張ります」
ピナが明るい声で応えると、社長夫婦は嬉しそうに笑顔を返した。
……コイツらがここの星の標の親玉?
服は見るからに上等だが、中身はフツーのおっさんとおばさんだ。ロークの情報がなければ、隠れキルクルス教徒だとは全くわからない。
「先に記念撮影しましょう」
ロークの父ちゃんが、四角い鞄からゴツいのを取り出した。
クルィーロが本物の笑顔で声を弾ませる。
「カンノンのカメラ! 日之本帝国から取り寄せたんですか?」
「まさか。中古屋さんでみつけた掘り出しものですよ」
プラエテルミッサのみんなは、物販の机を挟んで社長夫婦と並んで写真に収まった。何枚か撮った後、クルィーロがカメラを借りて、代わりにロークの父ちゃんが写真に入る。
モーフは、またピナと一緒に写れたのが嬉しく、ソルニャーク隊長が何故、あんな声を出したのかアタマから消え去った。
☆クルィーロさんたちを助けて下さった……「1438.探り合う情報」参照
☆クーデターの少し後、ウーガリ古道でレーチカ市の様子を教えていただいた者……「657.ウーガリ古道」「658.情報を交わす」参照
☆例の絵本……「647.初めての本屋」「659.広場での昼食」「671.読み聞かせる」、仕入れた「1446.旧街道で待つ」参照
☆アカーント市の時と似たようなアップライトピアノ……「1388.融和を謳う曲」参照
☆ロークの情報……「721.リャビーナ市」~「724.利用するもの」参照




