1455.放送なしの訳
「えっ? あんなおっきい街なのに放送ナシって?」
モーフの叫びで、大人たちが困った顔になった。
慌てて口を塞いだが、もう遅い。気マズい空気に圧し潰されて肩が重くなり、顔が下を向く。
モーフたちはまだ、ウーガリ古道の東端、ムスカヴィート市とリャビーナ市の中間辺りにある休憩所に居る。
山裾のここは、大昔には車を牽く馬を休ませる所だった。四方を【魔除け】の敷石と石柱に囲まれただけで、建物はなく、枯草ボーボーだ。
移動放送局プラエテルミッサのトラックとワゴン車を停め、間に催し物用の簡易テントを立ててある。
会議室用の長机を囲むのは、移動放送局の十五人と、リャビーナ市民楽団の二人だ。
ピアノの爺さんの家は市内にあるが、十七人も入れない。しかも、集まるだけで目立ってしまい、星の標がどう動くかわからなかった。
葬儀屋のおっさんが迎えに行き、ピアノの爺さんスニェーグと楽団のシピナート代表を連れて来たのだ。
ソルニャーク隊長が、楽団の二人に短く詫びて、モーフに声を掛ける。
「交代で街の様子を調査した結果、リャビーナ市内には予想以上に星の標が浸透したとわかった。そんな場所で、我々が放送する危険について、どこまで理解できたか、言ってみろ」
「……トラックにこっそり爆弾仕掛けられるかも?」
「何故、星の標がそうすると思う?」
隊長の声は、意外とやさしかったが、少年兵モーフは怖くて顔を上げられなかった。
「連中に……都合悪いコト言うから?」
「ニュースのどの部分が、星の標にとって不都合だと思う?」
「えっ? えーっと……難民キャンプが割と上手く行ってて、ネモラリスとラクリマリスとアミトスチグマのフラクシヌス教団が助けてくれて……ネミュス解放軍が麻疹の予防注射して、注射したの、臨時政府が見捨てた湖の民の村とか、この島の田舎の方で、えーっと、ネーニア島は復旧工事とかいっぱいしてて……アーテルは連絡できないから?」
たくさん聞いた話を何とか思い出そうと頑張ったが、話す内に何がどの件かわからなくなってきた。みんなはモーフのたどたどしい答えを遮らず、言葉が出なくなるまで待ってくれる。
恐る恐る顔を上げた。
……誰も怒ってねぇ。
ソルニャーク隊長を見る。
「地元のリャビーナ市民楽団にも、累が及ぶ可能性がある。我々が無事に出られても、彼らには、この先もリャビーナ市内での生活が続く」
楽団の代表とピアノの爺さんが同時に頷いた。
ラジオのおっちゃんジョールチが、隊長に目配せして続きを引受ける。
「情報発信だけが、報道の仕事ではありません」
「他に……何するんスか?」
山から吹き下りた風で、冬枯れの草が一斉に頭を下げた。
分厚いビニールシートと【耐寒符】に守られて、簡易テントの下は寒くない。それでも、モーフの質問は微かに震えた。
「情報収集と、そこから無事に情報を持ち帰ることです。編集と情報発信は、安全な場所に移動してからになります。発表の時機と場所、媒体と提供先は、慎重に見極めなければなりません」
隊長とは反対にラジオのおっちゃんの目は鋭かった。
「実は、今回のお話をいただく少し前から、倉庫街のどこかで慈善コンサートをできないかと言う話は出ていたのです」
「えっ?」
楽団の代表が話を変えた。
「避難民の流入で、リャビーナ市の人口は一気に膨れ上がりました。仮設住宅を建てられる所には全て建て、学校の講堂や体育館まで、避難所になりました。解消の目途が全く立たない住宅難です」
モーフは話が見えず、ピアノの爺さんを見た。
白髪の老人は、モーフに頷いて見せると、DJレーフを見て言う。
「みなんさんも、リャビーナ市内で情報収集なさってお気付きかと思いますが、コンサートやバザーを開催できる場所がありません。残るのは、料金の高い場所ばかりで、とても手が出ないのです」
「お休みの日に貸していただけないか、あちこち声を掛けましたが、安全上、問題があるとのことで、断られました」
「オースト倉庫もですか?」
ラジオのおっちゃんジョールチが、長机に身を乗り出して、リャビーナ市民楽団の代表者に聞いた。
「いえ、お付き合いのある事業所から順に当たりましたので、まだです」
「オースト倉庫とは、人伝に交渉して話がまとまったんです」
魔法使いの工員クルィーロが、事情を知らないシピナート代表に作戦の中身を伏せて、大雑把に説明した。
「リベルタース国際貿易の部長が、知り合いのお父さんで、レーチカから単身赴任して来てるんで、手紙を託けたんです」
「その部長が、我々の窮状を知って、リャビーナ市に滞在中は、できる限り力になってくれると言ってくれましてね」
クルィーロたちの父ちゃんも、作戦の本当の目的は言わなかった。
ピナの兄貴が、メモの束をぺらぺら捲って言う。
「リベルタース国際貿易って、オースト倉庫の本社と同じ街区にあって、部長さんの知り合いが居るから、交渉してくれて、来週の日曜に場所を貸してもらえるコトになったんです」
葬儀屋のおっさんとクルィーロたちの父ちゃんが、ピアノの爺さんちに行った時に交渉の件は言ったハズだが、楽団の代表者は初めて聞いたような顔で、ピナの兄貴を見た。
……ジジイ、エラいおっさんに何も言わねぇで連れてきたのかよ。
「物販とミニライブの件ですね? 物資が豊富なので、恐らく、売上は期待できないでしょうが、主な目的はそちらではない……と?」
「はい。平和の歌を広めるのが目的で、これがその楽譜と歌詞です」
ピナが席を立って代表に渡す。
エラいおっさんの顔色が変わった。
「あなた方も、これを……?」
「はい。行く先々で歌ってきました」
「スニェーグからも聞きましたが、本当にそうだったのですね。まだ日がありますので、我々も参加させてもらえないか、一度、部長さんとお話しさせていただけませんか?」
リャビーナ市民楽団の代表者は、「すべて ひとしい ひとつの花」の楽譜を見るなり、合同イベントを了承した。
モーフは何だかよくわからなかったが、とにかく決まりだ。
二度目の交渉には、クルィーロ父子とラゾールニクに加えて、シピナート代表も行くことになった。




