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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1492/3510

1453.仮設工場計画

 遠慮がちなノックで、話が中断する。

 「お話中、恐れ入ります。西教区の方が、どうしても、司祭様とお話しなさりたいとお見えです」


 ウェンツス司祭に目顔で問われ、クフシーンカと新聞屋が小さく頷く。司祭が声を掛けると、老いた尼僧はホッとした顔を見せ、二人の男性を招じ入れた。

 「店長さんと新聞屋さんも、お話中にすみません」

 「救援物資で届いた小麦の件なんですが、今、よろしいですか?」

 団地地区のパン屋と菓子屋の亭主だ。尼僧が二人を置いて出る。

 クフシーンカが、顔馴染みの二人に会釈すると、少し緊張した声で話し始めた。


 「例の小麦粉ですが、あれ、小学校に置いといたんじゃ、ダニやらなんやら、虫が涌きます。それで、無事な内にどうにか使えないか、西教区の飲食店組合で話し合ったんです」

 背広姿で来たパン屋が、直立不動の姿勢で一息に言い、東教区のウェンツス司祭を見た。司祭が小さく顎を引く。

 同じく背広姿の菓子屋が、落ち着いた声で協議の結果を告げた。


 「小麦を使う製造系の飲食店が、無事だった機材を持ち寄って、ひとつの工場を作る案が出ました」


 「まぁ……どこにですの?」

 クフシーンカは初耳だ。

 司祭と新聞屋も、驚いた目でパン屋と菓子屋を見る。

 「東教区の町工場が何カ所か、解放軍のアレで更地になりましたよね」

 説明するパン屋の声が、(かす)かに震えた。



 ネミュス解放軍が、リストヴァー自治区に侵攻した際、事前に情報を得た星の(しるべ)は、充分な装備を整えて迎撃した。星の標団員が経営者の町工場は、従業員にも自動小銃などを持たせ、工場街が戦場と化した。

 魔法使いだけで構成されたネミュス解放軍は、急拵(きゅうごしら)えの反政府武装組織とは思えない程、錬度が高く、科学の武器だけを用いる星の標は全く歯が立たなかった。

 目撃者の話によると、幾つもの工場が炎上したが、緑髪の魔法使いたちは、術で湖水を呼び寄せ、消火しながら進軍したと言う。


 戦闘は僅か二日で終わった。

 星の(しるべ)側は多数の死傷者を出し、生存者は全て捕えられた上、自治区の非戦闘員や家屋、店舗などを巻き添えにしたが、解放軍側は死者なし、負傷者少数だ。


 ネミュス解放軍は、区長らと和平協定を結び、瓦礫の撤去とクブルム街道の完全復旧を易々とやってのけた。

 リストヴァー自治区のキルクルス教徒は、フラクシヌス教パニセア・ユニ・フローラ派の武装勢力に圧倒的な力の差を見せつけられたのだ。



 「更地になったとこの何割かは、土地所有者が星の(しるべ)で……あの時、アレして、今は役所が管理してるんですよ」

 「それで、商店街から一番近いとこに食品工場を作れないか、役所に掛け合いました」

 菓子屋とパン屋の表情からは、成否が読めなかった。

 パン屋が、ウェンツス司祭を見詰めて続ける。

 「工場で東教区の人を雇うのを条件に許可が出ました。地代も、ウチと他のパン屋二軒と、お菓子屋さんはこの人だけですけど、製麺所も二軒、出資するって言ってくれて、何とかなりそうなんです」

 「共同所有なさるんですの?」

 クフシーンカは、声に不安を乗せた。いかにも後で揉めそうな話だ。


 「いえ、一時的な借用です」

 「一時的……? いつまでですの?」

 「自分たちの店が再建するまでのハナシで、各部門の利益は自分らで取って、借地料や光熱費なんかは割勘する予定なんです」

 「従業員の人件費はどうなさいますの?」

 「各部門が個別に雇います」


 パン屋が澱みなく答え、彼の隣に立つ菓子屋が頷く。


 「そうやって稼いで、自分の店を再建できた人は抜けます」

 「その部門のお仕事が、東教区からなくなるんですのね?」

 「雇い人の中から、見込みありそうな人に後任を頼みます。その頃には多分、工場の稼ぎで地代を出せるでしょうから、何とかなるんじゃないんでしょうか」

 何ともあやふやな計画だ。

 「工場建屋(たてや)の建設費用は、どうなさるのです?」

 ウェンツス司祭も懸念を示す。店舗の再建もままならない彼らが、更に負担を増やしてやってゆけるのか。


 「仮設工場はプレハブです。電気と水道引いて、プロパンガスと(たきぎ)(かまど)を置いて、機材を設置するだけなんで、見積してもらったら、工期一カ月くらいで、費用もそんな高くなかったんです」

 「それに、仮設工場で人を雇う間は、自分の店の固定資産税を負けてもらえるんですよ」

 菓子屋の店主が付け加えると、新聞屋が楽観的な顔を見上げて言った。

 「あんたんちは、ガソリン代も払えなくて、店長さんを教会に送り迎えすんのも無理なんだろ? 人雇う余裕なんてあんのか? 給料幾ら出す気だ?」

 「そりゃ、最初は現物支給になるだろうさ」


 新聞屋の声が次第に詰問へと変わり、菓子屋はムッとした顔で答えた。


 「でも、あの火事の前……星の(しるべ)の連中が子供までタダ働き同然でコキ使ってた頃に比べりゃ、マシだよ」

 「どうマシなんだ?」

 「少なくとも俺は、堅パンで払う。食べられない小麦を食べられる状態にして渡すし、堅パン作りの技術も教えて、俺が自分の店に戻った後も、仮設工場で仕事を続けられるようにするつもりだ」

 「機材はどうするんだ? 自分の店が元通りになったら、そっちで使うんじゃないのか?」

 「それは……その時になってみないと、新品を買うかわからんよ。でも、堅パンはあの竈でも作れるからな」


 「製麺所が何を売る予定か、ご存知ですか?」

 ウェンツス司祭が、険しくなってきた空気に問いを投げ込んだ。

 パン屋が助かったとばかりに早口で答える。

 「生麺だそうですよ。油と少しの水で蒸して炒めれば、食べられるそうです」

 「生……日持ちしませんよね?」

 「はい。ですから当面は、大きい工場の食堂に卸すんだそうです」


 司祭は、応接室の入口に立ったままの二人に座るよう促した。

☆救援物資で届いた小麦の件……「1358.積まれる善意」「1367.新たな取引網」「1374.厄介な寄付品」参照

☆解放軍のアレ/ネミュス解放軍が、リストヴァー自治区に侵攻……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」「0937.帰れない理由」~「0939.諜報員の報告」参照

☆自治区の非戦闘員や家屋、店舗などを巻き添え……「916.解放軍の将軍」~「918.主戦場の被害」参照

☆区長らと和平協定……「919.区長との対面」~「921.一致する利害」参照

☆瓦礫の撤去……「0940.事後処理開始」参照

☆クブルム街道の完全復旧……「0941.双方向の風を」~「0944.聖典の取寄せ」政府軍にバレたが泳がされている「1170.陸水軍の会議」参照

☆星の(しるべ)の連中が子供までタダ働き同然でコキ使ってた……「0046.人心が荒れる」「0117.理不尽な扱い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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