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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1451.台所を作ろう

 「店長さん、わざわざすみません。今から迎えに行くとこだったんですよ」

 恐縮した新聞屋の亭主は、言葉通り、社名入りのジャンパーを着込み、車の鍵を握って車庫の前に居た。

 「いいのよ。たまには少し歩かないと、足腰が弱りますからね」

 新聞屋の手を借り、ワゴン車の助手席に乗る。


 長引く戦争のせいで、新聞は薄くなったが、新聞屋の燃料は充分あった。

 バルバツム連邦にある星光新聞の本社が、燃料を救援物資として、定期的にリストヴァー支社に送る。自治区の支社が、販売と配達を担う新聞専売所にきちんと支給するからだ。

 クフシーンカは、よく取材対象になるフェレトルム司祭の通訳として、大聖堂のエリート司祭が居る方の教会へ送迎してもらえる。


 今日は、フェレトルム司祭が東教会に行く日だ。


 「夜中に運び屋さんからお手紙が届いていましたよ」

 「へぇ、何て書いてありやした?」


 クフシーンカは、救援物資の件だけ、()(つま)んで説明した。

 新聞屋は一瞬、クフシーンカが抱えた大判封筒に目を遣り、すぐ正面に向き直って言う。

 「鍋やお玉だけじゃなくて、働き口が増えるように金物や束子(たわし)の材料まで送ってくれるなんて、至れり尽くせりじゃねぇか。世の中にゃ、こんな気が利く慈善団体もあったなんてなぁ」

 言外にリゴル氏が代表に就任してからの星界の使者を批難する。


 「確か、アミトスチグマ王国で、貧しい家の子に食事の支援をする団体だったかしらね」

 「あぁ、それで食いモン絡みだとあれこれ気が回るんだな」

 本当に感心した声で言い、後は運転に集中する。



 車窓を流れる街並はすっかり変わった。

 かつて、団地地区は富裕層が暮らす整った街並だったが、現在はネミュス解放軍と星の(しるべ)の戦闘で見る影もなく荒れた。

 住民が亡くなった家や、修理の資力がない家が、破壊されたまま取り残される。再建や修理も、職人の手と建設資材が足りず、取敢えず、ガムテープでトタンなどを貼り付けて応急処置しただけの家が多い。


 ネミュス解放軍は、戦闘の後始末として、全壊した建物の瓦礫を撤去してから自治区を去った。その分、復旧作業は早くに始まったが、まだ手つかずの所は多い。


 逆に東教区は、あのバラック街の面影がなくなった。

 きちんとした道路が整備され、ワゴン車は滑らかなアスファルト舗装を(ほとん)ど揺れずに走る。

 住居はプレハブの仮設住宅が大部分を占めるが、トタンを組んだだけのバラック小屋とは比べ物にならない。東教区の住民の多くは、雨漏りしなくていいと喜ぶ。

 木造モルタルのアパートや、鉄筋コンクリートの集合住宅など、恒久住宅も建設が進む。


 リストヴァー自治区の住環境の格差は、少しずつ縮まりつつあった。



 東教会の前庭で、尼僧が十人ばかりの信徒と輪になって、何やら熱心に話し込むのが見えた。


 「こんな寒いのに何で中で話さねぇんです?」

 「あら、新聞屋さん、おはようございます。図を書くのに夢中で……」

 尼僧が棒きれで地面を示す。

 「お鍋があれば、料理できるようになりますが、台所も必要だと話していたのですよ」

 「そうですわね。屋根がないと雨の日はお料理できませんものね」

 新聞屋に支えられてワゴン車の助手席を降り、クフシーンカも話に加わった。


 東教会の周囲は、仮設住宅ばかりだ。

 各部屋には台所もトイレも風呂もない。屋外に共同トイレが男女別で設置され、風呂は役所が空地に設置したテントだ。

 共同の(かまど)は一棟に一箇所あるが、コンクリートブロックを組んだ中で薪を燃やすだけで、到底、台所とは呼べない。


 「食糧支援で缶詰がたくさん届いたでしょ」

 「えぇ。有難いコトですわね」

 「町工場の人が、鍋を作るんだって、空缶集めてるんですよ」

 「集めて溶かして型に流して」

 「(たきぎ)も回して欲しいっつってて」

 東教区の住民が口々に説明する。


 「へぇー、で、鍋はできたのかい?」

 新聞屋が聞くと、渋い顔で首を横に振る。

 尼僧が町工場が並ぶ地区へ視線を向けた。

 ここからは見えないが、元々小規模で設備が少ない町工場は、大火とネミュス解放軍のリストヴァー自治区襲撃作戦の壊滅的な被害から、思ったより早く再建が進んだ。


 「まだ、その鋳型(いがた)も試作の段階だそうです」

 「それで、鍋より先に台所とやらをどうにかせにゃって、話してたんスよ」

 「昨日、定食屋のおかみさんに大体どんなモンか教えてもらたんだけどね」

 「わかったところで、こちとら、カネも資材もねぇと来たモンだ」

 「どのくらいのモンなら、自分らでできるかって言ってたんスよ」

 「店長さん、何かいい知恵ねぇっスか?」

 「ごめんなさいね。私は縫製職人だから……後で大工さんに相談しますね」


 一口に星道(せいどう)の職人と言っても、専門分野が異なれば、お手上げだ。

 建築分野の星道の職人は、仕事の増加と新人教育で忙しく、最近はなかなか会えない。大学生の娘に伝言を頼むと心に留め、礼拝堂に入った。



 今日は礼拝のない日だが、フェレトルム司祭も、信徒数人を相手に何やら熱心に語る。

 (かたわ)らで通訳するウェンツス司祭が、クフシーンカと新聞屋に気付いて会釈した。会釈を返して声を掛ける。

 「ウェンツス司祭様に用があるのですが、今はお忙しいですわね」

 「お急ぎですか?」

 「いえ、特に急ぎではござませんので」

 「何を熱心に話してたんです?」

 新聞屋が聞くと、中年女性が答えた。

 「バンクシアの台所がどんなだか、教えてもらってたんですよ」


 バンクシア共和国出身のフェレトルム司祭は、共通語で懸命に説明するが、ウェンツス司祭が知らないモノが多く、上手く湖南語に訳せないらしい。


 「写真をお見せできれば、わかりやすいのですが、今は街道へ登り(にく)くて……」

 フェレトルム司祭が共通語でぼやく。


 今日は、礼拝堂に政府軍の魔装兵の姿はなかった。

☆リゴル氏が代表に就任してからの星界の使者……「1358.積まれる善意」~「1360.多くの離反者」参照

☆ネミュス解放軍と星の標の戦闘で見る影もなく荒れた……「918.主戦場の被害」参照

☆ネミュス解放軍は、戦闘の後始末として、全壊した建物の瓦礫を撤去……「0939.諜報員の報告」「0940.事後処理開始」参照


☆今は街道へ登り難く

 既に政府軍に把握されているが、司祭たちは知らない……「1170.陸水軍の会議」「1171.泳がせて探る」参照


☆礼拝堂に政府軍の魔装兵

 自治区側は監視にうっすら気付く……「1287.医師団の派遣」「1326.街道の警備兵」「1327.話せばわかる」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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