1447.日誌から読む
ファーキルは今朝もいつも通り、マリャーナ宅のパソコン部屋でデータ整理を始めた。まずは、紙でもらったデータをスキャナで取り込む作業だ。
パソコンを起動した途端、ノックされた。
「ファーキルさん、ジョールチさんとセプテントリオーさんがお越しです」
「えっ? ……はーい、どうぞー」
ファーキルは珍しい組合せに驚いたが、使用人は他の客たち同様、丁寧に案内して引っ込んだ。
国営放送アナウンサーと元軍医の呪医は、挨拶もそこそこに用件を切り出した。
「クレーヴェルの日誌のようなものについてなのですが……」
「クレーヴェルの日誌……? あぁ、毎週届く短信ですね?」
ここしばらくは、「戦闘なし、テロなし、特記事項なし」が続く。
本当に何事もないのか、書けない事情があるのか不明だ。
「私は昨日、初めて過去の物から一通り読んだのですが……あれを書いた方をご存知ですか?」
「えっ? いえ、全然」
アーテル出身のファーキルには、元よりネモラリス人の知り合いは、移動放送局プラエテルミッサのみんなしか居ない。
呪医も想定済みなのか、特にがっかりした様子もなく続ける。
「もしかすると、政府軍か、ネミュス解放軍の関係者ではないかと思ったのですが、情報提供者と直接会った方がどなたか、わかりませんか?」
ファーキルは、いつものパソコンにパスワードを入力した。
画面はすぐデスクトップに切り替わったが、まだ、データのフォルダには入れない。ネットワーク接続とウイルス対策ソフトの起動を待つ間、話を続ける。
「どうして軍の関係者だと思うんです?」
「文章の形式が、旧王国軍の日報に似ているのですよ」
「今のネモラリス政府軍も、同じ書き方なんですか?」
「現在のものは見たことがありませんが、旧王国軍から引き続き働く長命人種の可能性が考えられます」
「あ、そっか。じゃあ、解放軍とか、今は一般人だけど、昔は軍隊に居た人ってコトもあるんですね?」
対象が絞り込めるようでいて、広い。微妙な手掛かりだ。
例えば、呪医セプテントリオーは、旧ラキュス・ラクリマリス王国軍時代は軍医だった。現在は「魔法のカワイイもの屋さん」のクロエーニィエ店長と、呪符や魔法薬の素材屋を営むプートニクも、旧王国時代の騎士だ。
クーデター勃発後も、ネモラリス共和国の首都クレーヴェルに彼らのような「強い一般人」が留まったとしても、不思議はない。
「情報提供者がネミュス解放軍の一員だった場合、そもそも首都を脱出する必要がありませんからね」
政府軍と解放軍の戦闘に巻き込まれ、全てを喪ったジョールチは、努めて冷静な声で言ったが、その面には苦い思いが滲む。
ファーキルは、首都クレーヴェルに関する情報をまとめたフォルダを開いた。
複数の協力者が、首都周辺の農村や漁村で得た伝聞、貨物船の入港記録、クレーヴェルに残った企業や個人商店などの外部との取引記録、神殿関係者の証言、首都を脱出した人々から直接聞き取った情報、ラクリマリス王国領の神殿や難民キャンプで実施したアンケートの首都に関する回答など、多岐に亘る。
都内の一次情報らしき日誌のようなものは、「首都日誌」フォルダにまとめてある。元データは手書きのメモだ。スキャナで取り込んだ画像と報告書用にテキスト化したものを並べて表示させる。
「報告書は、毎月こうやって、入力した方をみんなに送ってます」
「呪医、筆跡に見覚えはありませんか?」
「すみません。王国軍に居たのは二百年近く前になりますので……少なくとも、アル・ジャディ将軍とウヌク・エルハイア将軍ではありませんね」
呪医セプテントリオーは、国営放送アナウンサーの質問に申し訳なさそうな顔で応えた。
「政府軍と解放軍のトップが、こんな面倒臭いメモで、毎週、俺たちに情報提供してたら、びっくりですよ」
ファーキルが言うと、アナウンサーのジョールチは僅かに頬を緩めた。
「では、フィアールカさんは、このメモをどなたから受取るのですか?」
「間接的に」
「間接的に……?」
大人二人が同時に首を傾げる。
「フィアールカさんは、王都の西神殿で知り合いの神官にもらうそうですけど、その神官は、レーチカの神殿ボランティアから預かってて、そのボランティアの人も、レーチカの魚屋さんから相談されたのがきっかけで取次ぐようになって、魚屋さんも漁師さんから頼まれたらしくって……」
「つまり、誰が書いたかわからない……と?」
「そうなんですよ」
「何故、そのような回りくどいことを……?」
アナウンサーのジョールチは、ずれた眼鏡を指で押し上げた。
呪医セプテントリオーが答える。
「外部への情報提供が、どちらの軍に知られても、書いた人物が危険に晒されるからですよ」
「えっ? どうしてです?」
ファーキルも気になって聞いた。
「初期の情報は、両軍の戦力や市街戦の状況について、かなり詳細な記述があります。政府軍にとっては軍事機密かもしれませんし、解放軍も、構成員の主な学派など、まとまった戦力情報が知れ渡っては、政府軍に対策されてしまいます」
「あッ……!」
一般人でもかなり危険だが、仮にどちらかの軍関係者だった場合、処刑されかねない重大な情報漏洩だ。
爆弾テロの爆発規模や被害状況の詳細も、知識を持つ人が見れば、星の標が使用する爆弾の種類や、材料の入手経路の特定、攻撃パターンを分析と次のテロ計画の阻止などが可能になるだろう。
「最近の情報が『戦闘なし、テロなし、特記事項なし』ばかり続くのは、情報提供者の生存確認の意図もあるのでしょう」
「そっか。何もなくても、なしって言っとかないと、報告がなくなったら、何かマズいコトでもあったんじゃないかって、心配になりますもんね」
初回は市街戦の開始から、報告日の前日までの状況がノート一冊にびっしりまとめてあった。
それ以降は、曜日はバラバラだが毎週、遅くとも十日に一回程度、メモを詰めた封筒が、首都クレーヴェル近郊の漁村に届くようになった。
封筒は、いつの間にか漁船に置かれ、誰が書いたかわからない。
元軍医の説明で、やっとそんな面倒なコトをする理由がわかった。




