1446.旧街道で待つ
葬儀屋アゴーニとパドールリクが、代表でピアノ奏者スニェーグの自宅へ急ぐ。
昨夜、遅くまで話し合ってまとめた案を携え、ムスカヴィート市付近にあるウーガリ古道の休憩所から、麓のリャビーナ市へ【跳躍】した。
発案者のピナティフィダが、祈るような眼差しで二人を見送る。
その隣で、父パドールリクを見送ったアマナが、ぽつりと呟く。
「スニェーグさんたち、うんって言ってくれるかな?」
「地元の人は、もしかすると、これからのコトを考えて断るかもしれないけど、その時は私たちだけですればいいのよ」
「大丈夫かな?」
アマナの目が、レノ店長と一緒に長机で書き物をするエランティスに向く。
リャビーナ市内では、星の標の爆弾テロがなかったと聞いたが、移動放送局プラエテルミッサが標的第一号にされない保証はない。
真意は不明だが、再会したロークの父コーレニは、友好的な態度だった。
疑いだせばキリがないが、今回はみんなで話し合って「息子の命の恩人」との発言に賭けると決めたのだ。
……私だって、正直言って怖いけど。
薬師アウェッラーナは、喉元まで出掛かった不安を抑え、茸と樹皮の処理に集中した。
山裾の古道周辺には、真冬でも薬の素材になる物が豊富にある。
今朝は、倒木に密生した鱗型の茸と、コルク状で内側が黄色い樹皮が採れた。どちらも、これだけでは薬にならないが、乾燥粉末を他の素材と組み合わせれば、数種類の薬ができる。
傷んだ部分を取り除き、ナイフで小さく削って乳鉢に入れる。
トラックの荷台で、手を動かす内に気持ちが落ち着いてきた。
クルィーロとDJレーフは約束通り、ロークの父と面識がある陸の民たちの手紙を届けにリベルタース国際貿易ネモラリス支社へ行った。
単に手紙を渡すだけでなく、物販とミニライブができる場所の相談もする。
コーレニが話に乗らなかった場合は、リャビーナ市民楽団にオースト倉庫への働き掛けを依頼する予定だ。
どちらも断られた時は、仮設住宅の近くで物販だけでも行う。
ジョールチとソルニャーク隊長は、朝一番にレーチカ市へ跳んだ。
ネモラリス建設業協会が自費出版したフラクシヌス教の神話の絵本を仕入れ、臨時政府発表の情報も集める。
これも売れなかった場合、仮設住宅の集会所に寄付する。
隠れキルクルス教徒密かに布教活動を行うこの地で、なるべく多くの人にフラクシヌス教の信仰の礎を思い出してもらう為だ。絵本なら、子供だけでなく、読み聞かせる大人にも読んでもらえる。
……聖典ってものがないと、こんな時、不便なのね。
平和な頃には思いもよらなかった。
メドヴェージと少年兵モーフは、トラックの荷台でせっせと蔓草細工を編む。
兄アビエースは、アウェッラーナの隣に座って樹皮を削る作業に没頭し、呪医セプテントリオーは、クルィーロから預かったタブレット端末で、過去の報告書を読み返す。
首都クレーヴェルの様子を綴った日誌は、フォルダの深い階層にあった。呪医は要点を書き出すのに余念がない。
ウーガリ古道を通行する車輌はなく、静かな時間が流れる。
アマナとピナティフィダは、レノ店長たちのお品書き作りに加わった。
ウーガリ古道の休憩所は、【魔除け】の敷石や碑で、魔物などからは守られるが、一月末の寒さからは守ってくれない。
力なき民は、催し物用の簡易テントに貼った住宅用の【耐寒符】が頼りだ。
星の標と関係が深いコーレニに対して、薬師の存在を伏せる以上、いつものように魔法薬は売れない。
今回の売り物は、蔓草細工、巾着袋などの布小物、いつも放送で歌う曲の歌詞と楽譜、交換品などでもらった使い途のない生活雑貨や、サイズの合わない古着、摘んで乾燥させるだけでできる香草茶だ。
それにジョールチたちが仕入れに行った神話の絵本が加わる。
物資が豊富なリャビーナ市内では、売れる気がしない品揃えだが、アミトスチグマ王国やランテルナ島で仕入れた物を売るワケにはゆかない。
「お父さんたち、遅いね」
アマナの声が、ウーガリ山脈から吹き下ろす風に飛ばされる。父と兄が同時に不在でも泣かなくなったが、心細くないワケではないようだ。
食事の用意を整えたパン屋の兄姉妹が、幼馴染に寄り添う。
「もう少し、待ってみよっか」
今朝、出掛けた六人は、昼食時になっても戻らなかった。
ジョールチと隊長は元々夕方に戻る予定だが、後の四人は違う。
少年兵モーフは、【保温の鍋敷】の上で湯気を立てるスープの鍋と、泣きベソをかくアマナを交互に見たが、唇を引き結んで何も言わなかった。
メドヴェージがその様子に目を細め、表情を改めて呪医セプテントリオーに話を振る。
「センセイさんよぉ、クレーヴェルの報告書、どうでやした?」
「書いた人物は、軍か警察の関係者……或いは、そのいずれかの正式な報告書を見たのではないかと思います」
「何でそう思ったんで?」
「文書の形式が、軍の報告書によくある書き方に似ている気がしたのです」
元軍医は、充電中のタブレット端末を横目で見て言った。
「単に雰囲気を真似ただけの一般市民かもしれませんが」
アウェッラーナも聞いてみる。
「内容的には、どうなんでしょう?」
「かなり軍事に詳しい人物が、戦闘を間近で目撃したようで、両軍が使用した武器や術の詳細な記述がありました」
「でも、ロークさんが読んだ限り、最近は戦闘がないって……?」
「そうですね。詳しいのは、クーデター直後の戦闘に関するコトだけで、行政や都民の生活関連の情報は、滅多にありません。あっても、あっさりした書き方でした」
「何でぇ。それじゃ参考になんねぇじゃねぇか」
少年兵モーフが唇を尖らせる。
「簡潔な記述しかありませんが、道路など、インフラの復旧状況もありましたから、行政機関や工事業者が仕事をできることなどは、読み取れますよ」
「その辺、詳しく分析した人、居ないのかな?」
レノ店長も話に加わった。
結局、四人が戻ったのは、お茶の時間を過ぎた頃だった。




