1445.合同開催計画
薬師アウェッラーナは、ウーガリ古道の休憩所に戻ってすぐ、クルィーロに首都クレーヴェルの日誌の件を聞いた。
「ファイル名が日付だけの日誌?」
「情報量が少なくて小さいって言ってたけど……」
「あったかな?……あ、どっかフォルダに入ってるのかな?」
早速、タブレット端末をあれこれいじって探し始めた。
紙の報告書は【無尽袋】に片付けてしまったので、手伝えないのがもどかしい。
……情報が多過ぎるのも困りものね。
「もっと困ってるっぽく書いたら、手助けしてくれるって?」
レノ店長が困惑する。
名指しで手紙の内容を掘り下げるよう指示されたが、ロークから聞いたアウェッラーナにも、具体的な文案は思い付かなかった。
「接点が増えて、探りやすくなるかもって?」
「あまり関係を深めると、危険ではありませんか?」
ピナティフィダが前のめりに食いつき、呪医セプテントリオーは懸念を示す。
「まぁ、実際、困っちゃいるけどね」
レーフが言葉通り困った顔でジョールチを見る。
彼は数日前、現場用品店へ聴衆の規制に使うカラーコーンなどを買い足しに行った。店員にバザーなどの開催情報を聞いたところ、ここ数カ月はないと言う。
「えっ? 何で?」
「場所がないからですよ」
緑髪の店員は、間抜けな質問をした他所者にも面倒臭がらずに答えてくれた。
リャビーナ市は、ネモラリス領内で最もアーテル領から遠い為、空襲に遭わずに済んだ。
クーデター後、ここにもネミュス解放軍の支部ができたが、地元の警察と揉めることはなく、逆に魔物の駆除や防犯パトロールなどで協力する。
仮設住宅の見回りや生活に必要な呪符の提供など、慈善活動にも勤しむ。
首都クレーヴェルで、政府軍と交戦した武装集団とは思えない大人しさだ。
「他所の街は爆弾テロがあったそうですけど、ここはそう言うのも特にないんですよ」
「へぇー。戦争中とは思えないくらい平和なんスね」
「えぇ。それで、臨時政府も市役所も、リャビーナに仮設住宅をいっぱい作ったんです」
当初は、空襲で焼け出されたネーニア島民が多かったが、クーデター後は首都の武力衝突から逃れた人々が一気に流入した。
市が管理する公園や競技場、市立学校の校庭だけでは足りず、企業が保有する運動場や研修所なども借り上げて、仮設住宅を建てた。
大企業が所有する保養所は、社員と彼らの家族で埋まる。
月極駐車場は、逃れて来た人々の車でいっぱいだ。住居がなく、車中泊する世帯も多い。
路上にも避難民が溢れた為、リャビーナ市当局は、市営体育館や公民館、劇場なども避難所として解放した。
状況を並べられ、流石のレーフも愕然とした。
「場所がないって……つまり、バザーの会場にしてたとこ、全部……人が住んでるってコト?」
「そうです。ウチも、役所の人が来て、駐車場を半分借りて仮設を建てたいって言われたそうなんですけど、トラックのお客さんが多くて危ないから、断ったって店長が言ってましたよ」
緑髪の店員は、倦んだ声で説明すると、品出し作業を再開した。
「他所でもらった電池、合う物持ってないから、売りたかったんだけどな」
「そのテの消耗品は足りてますから、交換品でも安いですよ」
「えっ? そうなんスか?」
「当店も各種取り揃えて、在庫も充分あります」
その話を聞いた翌日、パドールリクとソルニャーク隊長、呪医セプテントリオーが、市内を徒歩で回って調査したが、確かにどこもかしこも仮設住宅だらけだ。
これまで通ったどの都市よりも多く、官庁街の街区広場にまで、何棟もあった。
「スニェーグさんも、慈善コンサートの場所がねぇっつってたけどな」
「だから、他所の街のお店でミニライブして回ってたんでしょうけど」
ピアノ奏者に会いに行った葬儀屋アゴーニが頷き、薬師アウェッラーナもアカーント市のことを思い出して言った。
レノ店長が手紙の下書きから顔を上げた。
「でも、合同でできないか、楽団のみんなと相談してみるって……?」
「お兄ちゃん、港のお仕事って、日曜はお休みよね?」
「グリャージ港はそうだったけど、今は戦争中だし、使える港も減ったし、わかんないぞ?」
ピナティフィダはレノ店長に頷いて、大人たちを見回した。
「もし、リャビーナ港もコンテナヤードが日曜、お休みだったら、そこでさせてもらえないかなって思うんですけど」
「どなたに相談すれば……?」
呪医セプテントリオーが同族の葬儀屋に困惑の視線を送った。
湖の民の葬儀屋は、陸の民の少女に笑顔を向ける。
「はははっ。嬢ちゃん、豪気だなぁ。そいつぁつまり、あれか?」
「はい。どうせ星の標を探るんなら、思い切ってオースト倉庫とかに場所を借りられないかなって」
「えぇッ? 危ねぇんじゃねぇの?」
少年兵モーフが、ピナティフィダの大胆な提案に声を上ずらせた。
「大丈夫だと思うけど?」
「えぇッ? 何で?」
「ロークさんのお父さんって、隠れキルクルス教徒の中では偉い人で、ロークさんを凄く大事にしてるんでしょ?」
モーフは口を半開きにしてパン屋の娘をまじまじと見る。
アウェッラーナも驚きのあまり声が出なかった。
「ロークさんのお父さんの中では、私たちってロークさんの仲間で、命の恩人だから、酷いコトされないと思うんだけど……甘いですか?」
最後の一言を向けられたソルニャーク隊長は、何とも言えない顔で応えた。
「我々も、様子を探られ、行く先々で星の標に監視されるようになるが、構わんのか?」
隠れキルクルス教徒の監視を振り切るまで、偽造ナンバーの付け替えと車体シールの取り外しができず、放送もできなくなるだろう。
外見からは、その心の裡にある信仰はわからない。
いつ監視が外れるか、全く読めなかった。
「でも、何もなくても見張られるんじゃないんですか? このままウーガリ古道を降りないで、ホールマまで行くんなら別ですけど」
「その展開は避けたいですね」
アナウンサーの良く通る声が、理由を並べる。
「リャビーナ市にも、スニェーグさんたちをはじめとして、同志は居ます。しかし、彼らは魔法使いの地元民で、隠れキルクルス教徒の拠点に潜入できません」
求人があっても、力なき民限定や、有資格者、経験者しか採用しないなら、内部に入り込むのは難しい。
折角、懐に飛び込む機会が巡って来たのだ。使わないのは惜しい気がする。
「でも、帰還難民センターにロークさんを迎えに来た時、私たちを見捨てて逃げましたから、気を緩めない方がいいと思います」
同志と集まったところを狙われ、爆弾テロの標的第一号にされる危険性がある。
薬師アウェッラーナが言うと、簡易テントの下に緊張が走った。
☆現場用品店へ聴衆の規制に使うカラーコーンなどを買い足しに……「1436.厳しい就職難」「1439.代わりに陳情」参照
☆政府軍と交戦した武装集団……「610.FM局を包囲」「611.報道最後の砦」「614.市街戦の開始」「615.首都外の情報」「651.避難民の一家」「653.難民から聞く」「662.首都の被害は」参照
☆他所の街のお店でミニライブ……「0989.ピアノの老人」「1372.ノチリア企業」参照
☆求人があっても……「1432.広場の掲示板」参照
☆帰還難民センターにロークさんを迎えに来た時……「636.予期せぬ再会」「637.俺の最終目標」「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」参照




