1443.届かない手紙
「スキーヌム! ちょっとこっち手伝ってくれ」
「はい!」
ゲンティウス店長の声で、元神学生の店番は奥の作業部屋に引っ込んだ。
薬師アウェッラーナは、信じられないものを見る目でその背中を見送る。
「素材をすり潰すだけですけどね、最近やっと手伝うようになったんです」
ロークは、カウンター背後の棚から付箋を貼った封筒を取りながら言った。
「これ、いつもの分です」
呪符をカウンターに並べる手つきは、十年以上の仕事を続けてきたかのように鮮やかだが、彼が呪符屋に来て一年経ったばかりだ。
アウェッラーナも、鞄から対価の魔法薬を出して並べる。こちらもいつもの組合せだ。
双方が商品と対価を確認して片付けるのを待って、アウェッラーナの兄アビエースが、手紙の下書きを出した。
「ローク君に教えてもらった通り、あの時、帰還難民センターで会った子たちに書いてもらいましたよ」
「私は居ないコトにしたから」
「忙しいだろうし、明日の朝、取りに来ますよ」
兄が腰を浮かしかけると、ロークは慌てて引き留めた。
「でも、そっちも急ぎですよね?」
「月曜の朝までに書ければいいから」
「忙しいのって午前中だけですから」
ロークは畳んだコピー用紙の束を広げ、素早く視線を走らせた。
クルィーロが先に聞いた注意点は、主に「ローク宛の手紙に書いてはいけないこと」だ。
ロークの居場所、薬師アウェッラーナと兄アビエースが同行すること、タブレット端末の所持、ラクリマリス王国、アミトスチグマ王国、ランテルナ島に【跳躍】で行き来すること、武力に依らず平和を目指す団体との関係、移動放送局の活動全般や、クーデター当時、帰還難民センターに居なかった同行者の素性……書けないことが多過ぎる。
クルィーロたち六人は、散々頭を捻って何度も書き直し、どうにかまとめたのがこれだ。
ロークの父コーレニから聞き出した彼の近況を羨ましがり、自分たちの近況を中心に書いた。
アナウンサーのジョールチが助言し、湖の民の兄妹が再開したヴィナグラート、鱗蜘蛛の騒動で足留めされたヤーブラカの様子を混ぜた。
いずれも、星の標の拠点がある都市だ。
コーレニが欲しいのは、恐らく、湖の民が多数派を占め、星の標が入り込めない地域の情報だ。欲しい情報がなくても、ローク宛の手紙を勝手に読んだと知られるワケにはゆかず、文句は言えない。
……ローク君のお父さんの反応で、私たちのコトが星の標にどれくらい把握されてるか見るって言ってたけど、そんなに上手く行くのかな?
手紙を渡した後は、会う用事がなくなる。
どうやって反応を見るのか、アウェッラーナもアビエースも思い付けなかった。
「レノ店長のこれ、もう少し掘り下げたら、世話焼いてくると思います」
ロークが、手紙の下書きをカウンターに置いてこちらに向け、該当箇所を指でぐるりと囲んだ。
ローク君は、俺と同じで力なき民だけど、商業高校に行ってたし、事務や経理で即戦力になれる資格もいっぱい持ってるから、卒業してからも安心だよね。
俺も、食品関係の資格は色々取ったけど、どこ行っても小麦とかの値上げがすごくて、パン屋さんとか閉まってるとこ多くて、なかなか就職できないんだ。
その辺で香草茶とか薬の素材採って売れるから、生活はギリギリなんとかなってるけど、やっぱ住所決まってないと、キツいな。
この間、役所の掲示板で生活援助金のお知らせ見たんだけど、仮設でもいいから住所決まってないと申請も受け付けてもらえなかったよ。
お客さんは親切にしてくれる人が結構居て、もう卒業して使わないからって、辞書と教科書くれた人が居たけど、俺はティスに勉強教えられるくらいアタマよくないから、自分で読んでもらってるんだ。
ローク君、一緒に居た頃、ティスたちに勉強教えてくれてありがとう。
お陰で自習の仕方が身についたみたいで助かってるよ。
リャビーナでも山で採った物とか売る予定。
どっかいい場所で許可取れるといいんだけど、まだ、どこで売るか決まってないんだ。
「これのどの辺を掘り下げるの?」
「もっと困ってる感を出して、例えば、住むとこ決めてエランティスちゃんたちを学校に行かせてあげたいとか、強調するといいんじゃないかなって」
アウェッラーナは、キルクルス教が勉学を奨励する教義だったと思い出した。
「でも、本当に学校へ通うコトになったら、却って面倒なコトにならない?」
「その辺は、クルィーロさんたちと一緒に居たいからとか何とか言えば、誤魔化せますし、実際問題、家族を呼べないくらいの住宅難ですからね」
「みんなが手紙を書く間、スニェーグさんの家へ行ってたんですけどね」
兄アビエースは葬儀屋アゴーニと二人で、教えてもらった住所を頼りにリャビーナ市民楽団所属のピアノ奏者宅を訪ねた。
スニェーグは二人を歓迎し、リャビーナ市の状況を色々教えてくれた。
「リャビーナは陸の民が多いから、星の標がかなり浸透してて、布教もこっそり進んでるそうです」
「やっぱり……テロはどうですか?」
「それは全然なくて、大丈夫なんだそうです」
「それだけ、息が掛かった人や会社が多いってコトなんでしょうね」
ロークは、レノ店長の下書きに視線を落として溜め息を吐いた。
「リャビーナを足場に勢力を拡大するから、経済基盤を損なう活動はしないってコトなんでしょう」
「じゃあ、私たち、どこで物販しても大丈夫なのね?」
アウェッラーナは少しホッとして確認した。
「スニェーグさんが、楽団と合同で野外コンサートできないか、みなさんと相談して下さるそうなんですけど」
「地元の人と一緒なら、大丈夫でしょうけど、アウェッラーナさんは絶対、あの人と顔を合わせないように気を付けて下さい」
「平日の昼間にすれば、来ないと思いますよ」
「それ以外でも、リャビーナ市内ではなるべく人目に触れないように気を付けて下さい……どこで誰が見てるかわかりませんから」
緑髪の兄妹は、少年の厳しい表情に困惑した。
「危害を加えられる心配はなさそうだけど?」
ロークが何故、これ程までに実父の動きを警戒するのかわからない。
彼は星の標の活動だけでなく、リベルタース国際貿易の通常業務も忙しそうで、移動販売店に構う暇などなさそうに思えた。
☆あの時、帰還難民センターで会った子たち……「636.予期せぬ再会」「637.俺の最終目標」「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」参照
☆ロークの父コーレニから聞き出した彼の近況……「1437.標的との接触」~「1439.代わりに陳情」参照
☆湖の民の兄妹が再開したヴィナグラート……「824.魚製品の工場」~「828.みんなの紹介」参照
☆鱗蜘蛛の騒動で足留めされたヤーブラカ……「848.ヤーブラカ市」~「851.対抗する武器」「0930.戦い用の薬を」~「0936.報酬の穴埋め」参照
☆辞書と教科書くれた人が居た……嘘。実際は買った「1021.古本屋で調達」参照
☆ローク君、一緒に居た頃、ティスたちに勉強教えてくれて……本当「510.小学生の質問」参照
☆家族を呼べないくらいの住宅難……「1436.厳しい就職難」「1437.標的との接触」参照




