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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1441.家出少年の姿

 「ファーキル君、後で印刷して欲しい物があるんだけど、いい?」

 「いいですよ。何を刷るんです?」

 ファーキルは、ボランティアが錆や焦げを落としてくれた鍋を【無尽袋】に詰めながら、気楽に応じた。


 アミエーラは、緊張で震えそうな声を抑えて言う。

 「モーフ君の写真、全部、一枚ずつなんだけど、いい?」

 「いいですよ。戻ったらすぐ、忘れない内に出しますね」

 「ありがとう。個人的な用でゴメンね」

 「いえいえ、全然。店長さん宛の手紙なら、サロートカさんとラクエウス先生のも入れた方がよくないですか?」

 「えっ? いいの?」

 アミエーラは、お玉や計量スプーンを【無尽袋】に入れる手が止まった。


 「いいですよ。逆に、今まで気が付かなくて、何かすみません」

 一袋目の口を括って、ファーキルがアミエーラの目を見る。

 「あ、いえ、全然。ファーキル君は何も悪くないから、そんな、謝らないで」

 「えっと、まぁ、じゃあ、戻ったらすぐ刷りますね」


 何となく微妙な空気が流れたが、それでも言えたコトで肩の荷がひとつ降りた。



 マリャーナ宅に戻る道々、ファーキルは運び屋フィアールカが計画を少し変えたと教えてくれた。

 予想以上にたくさん集まり、これでは彼女らが、リストヴァー自治区のクフシーンカ店長宅や東教会に【跳躍】して、政府軍にみつからないように置くのが難しいと言う。

 何回も分けて少しずつ運べるならいいが、戦争と湖上封鎖の影響で【無尽袋】は品薄だ。


 「えっ? じゃあ、どうするの?」

 「救援物資としてコンテナに詰めて、三分の一はレーチカ港、残り三分の二はグリャージ港に送ってもらうそうです」


 アミトスチグマの慈善団体「みんなの食堂」に名義を借りて送ると言う。

 送料はフィアールカが負担し、レーチカにはまだ使える中古の調理器具のみ、リストヴァー自治区には、使える調理器具と金属素材、食用油も送る。


 「そんな、正面から堂々と……大丈夫なの?」

 「大使館が、難民キャンプ以外に居るネモラリス人を調査してますよね?」

 「あぁ、そう言えば……」


 アミトスチグマの慈善団体にとって、難民キャンプの外で暮らすネモラリス難民は、頭の痛い存在だ。

 縁故などで職を得て自立できた者も居るが、大抵は各団体の支援を必要とする。急増した支援対象者は重い負担となったが、放り出すワケにはゆかない。

 彼らの人権だけでなく、アミトスチグマ王国の治安維持の為にも、支援を継続する必要があった。


 「ラクエウス先生に口利きしてもらって、大使館経由で自治区へ送ってもらうそうです」

 「受取ってもらえるかな?」

 アミエーラは、いっぱいになった【無尽袋】を見た。

 中身は銅、鉄、ステンレス、アルミニウムの金属素材と中古の調理器具、中古の調理家電だ。それぞれ種類毎に分け、別の袋に詰めたが、コンテナに入れ替えるのでは、折角の魔法の袋が勿体(もったい)ない。


 「みんなの食堂は、宗教色のない団体だから、大丈夫なんじゃないかな?」

 「えっ? そうだったの? てっきりフラクシヌス教系の団体だと思ってた」


 宗教色のない慈善団体など、想像もつかない。

 アミエーラがリストヴァー自治区に居た頃、外国から届く支援はいつも、信者団体や、キルクルス教系の慈善団体からだった。


 「俺たちだって、そうじゃないですか」


 信仰どころか、国籍、人種、魔力の有無など何もかも異なる人々が、「ラキュス湖周辺地域に平和を取り戻す」と言うひとつの目的の為に協力する。

 インターネットを介して、ラキュス湖から遠く離れた地域とも縁が繋がり、言語さえ異なる人々までもが、世界各地から少しずつ力を貸してくれる。


 アミエーラ自身、信仰をどうしたものか、気持ちが定まらない。

 平和の花束の四人は、キルクルス教の信仰から離れたが、フラクシヌス教に改宗したワケではない。

 サロートカも、聖者キルクルスが本当に伝えたかったコトが何か、リストヴァー自治区を出た日からずっと答えを探し続ける。

 フィアールカは、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに仕える聖職者だったが、ひとつの花の御紋を返上して、今は運び屋だ。


 「そう言えば、そうね」



 支援者マリャーナ宅に戻って荷物を置くと、ファーキルは早速、モーフの写真を印刷してくれた。礼を言い、割り当てられた居室に急いで引っ込む。


 改めて見ると、モーフの顔立ちも雰囲気も、自治区に居た頃とは別人のように変わった。単に成長して背が伸びただけではない。瞳を覆う(くら)さが失せ、力強い光が(とも)ったように思える。

 表情の違いが、別人に見せるのだ。


 ……この写真、モーフ君だってわかってもらえるかな?


 ラキュス湖を背に立つモーフの横には、旅の仲間たちが居る。

 パン屋の姉妹とアマナ、星の道義勇軍のソルニャーク隊長とメドヴェージ、放送局員のジョールチとレーフ、湖の民の漁師アビエースまで、モーフと共に一枚の写真に収まる。

 みんな、いい笑顔だ。


 ……あ、そっか。店長さんと司祭様は隊長さんと知り合いだから、この写真でわかるのかな?


 アミエーラは書き物机に写真を並べ、手紙を誰にどう書くか思案した。

 本当に届けたい相手は、字が読めない。自治区に居た頃は、アミエーラが代わりに役所や学校からのお知らせを読み上げた。


 ……店長さんは会ったコトなさそうだし、やっぱり司祭様かな?


 アミエーラは、まず東教区のウェンツス司祭宛に書くと決め、ペンを走らせた。

☆モーフ君の写真……「1207.写真を撮ろう」「1208.崖下の撮影会」参照

☆大使館が、難民キャンプ以外のとこに居るネモラリス人の調査……「1378.成すべきこと」「1424.歌ってみた者」参照

☆本当に届けたい相手……「927.捨てた故郷が」「1421.ぶかぶかの服」参照

☆アミエーラが代わりに役所や学校からのお知らせを読み上げた……「539.王都の暮らし」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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