1441.家出少年の姿
「ファーキル君、後で印刷して欲しい物があるんだけど、いい?」
「いいですよ。何を刷るんです?」
ファーキルは、ボランティアが錆や焦げを落としてくれた鍋を【無尽袋】に詰めながら、気楽に応じた。
アミエーラは、緊張で震えそうな声を抑えて言う。
「モーフ君の写真、全部、一枚ずつなんだけど、いい?」
「いいですよ。戻ったらすぐ、忘れない内に出しますね」
「ありがとう。個人的な用でゴメンね」
「いえいえ、全然。店長さん宛の手紙なら、サロートカさんとラクエウス先生のも入れた方がよくないですか?」
「えっ? いいの?」
アミエーラは、お玉や計量スプーンを【無尽袋】に入れる手が止まった。
「いいですよ。逆に、今まで気が付かなくて、何かすみません」
一袋目の口を括って、ファーキルがアミエーラの目を見る。
「あ、いえ、全然。ファーキル君は何も悪くないから、そんな、謝らないで」
「えっと、まぁ、じゃあ、戻ったらすぐ刷りますね」
何となく微妙な空気が流れたが、それでも言えたコトで肩の荷がひとつ降りた。
マリャーナ宅に戻る道々、ファーキルは運び屋フィアールカが計画を少し変えたと教えてくれた。
予想以上にたくさん集まり、これでは彼女らが、リストヴァー自治区のクフシーンカ店長宅や東教会に【跳躍】して、政府軍にみつからないように置くのが難しいと言う。
何回も分けて少しずつ運べるならいいが、戦争と湖上封鎖の影響で【無尽袋】は品薄だ。
「えっ? じゃあ、どうするの?」
「救援物資としてコンテナに詰めて、三分の一はレーチカ港、残り三分の二はグリャージ港に送ってもらうそうです」
アミトスチグマの慈善団体「みんなの食堂」に名義を借りて送ると言う。
送料はフィアールカが負担し、レーチカにはまだ使える中古の調理器具のみ、リストヴァー自治区には、使える調理器具と金属素材、食用油も送る。
「そんな、正面から堂々と……大丈夫なの?」
「大使館が、難民キャンプ以外に居るネモラリス人を調査してますよね?」
「あぁ、そう言えば……」
アミトスチグマの慈善団体にとって、難民キャンプの外で暮らすネモラリス難民は、頭の痛い存在だ。
縁故などで職を得て自立できた者も居るが、大抵は各団体の支援を必要とする。急増した支援対象者は重い負担となったが、放り出すワケにはゆかない。
彼らの人権だけでなく、アミトスチグマ王国の治安維持の為にも、支援を継続する必要があった。
「ラクエウス先生に口利きしてもらって、大使館経由で自治区へ送ってもらうそうです」
「受取ってもらえるかな?」
アミエーラは、いっぱいになった【無尽袋】を見た。
中身は銅、鉄、ステンレス、アルミニウムの金属素材と中古の調理器具、中古の調理家電だ。それぞれ種類毎に分け、別の袋に詰めたが、コンテナに入れ替えるのでは、折角の魔法の袋が勿体ない。
「みんなの食堂は、宗教色のない団体だから、大丈夫なんじゃないかな?」
「えっ? そうだったの? てっきりフラクシヌス教系の団体だと思ってた」
宗教色のない慈善団体など、想像もつかない。
アミエーラがリストヴァー自治区に居た頃、外国から届く支援はいつも、信者団体や、キルクルス教系の慈善団体からだった。
「俺たちだって、そうじゃないですか」
信仰どころか、国籍、人種、魔力の有無など何もかも異なる人々が、「ラキュス湖周辺地域に平和を取り戻す」と言うひとつの目的の為に協力する。
インターネットを介して、ラキュス湖から遠く離れた地域とも縁が繋がり、言語さえ異なる人々までもが、世界各地から少しずつ力を貸してくれる。
アミエーラ自身、信仰をどうしたものか、気持ちが定まらない。
平和の花束の四人は、キルクルス教の信仰から離れたが、フラクシヌス教に改宗したワケではない。
サロートカも、聖者キルクルスが本当に伝えたかったコトが何か、リストヴァー自治区を出た日からずっと答えを探し続ける。
フィアールカは、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに仕える聖職者だったが、ひとつの花の御紋を返上して、今は運び屋だ。
「そう言えば、そうね」
支援者マリャーナ宅に戻って荷物を置くと、ファーキルは早速、モーフの写真を印刷してくれた。礼を言い、割り当てられた居室に急いで引っ込む。
改めて見ると、モーフの顔立ちも雰囲気も、自治区に居た頃とは別人のように変わった。単に成長して背が伸びただけではない。瞳を覆う冥さが失せ、力強い光が灯ったように思える。
表情の違いが、別人に見せるのだ。
……この写真、モーフ君だってわかってもらえるかな?
ラキュス湖を背に立つモーフの横には、旅の仲間たちが居る。
パン屋の姉妹とアマナ、星の道義勇軍のソルニャーク隊長とメドヴェージ、放送局員のジョールチとレーフ、湖の民の漁師アビエースまで、モーフと共に一枚の写真に収まる。
みんな、いい笑顔だ。
……あ、そっか。店長さんと司祭様は隊長さんと知り合いだから、この写真でわかるのかな?
アミエーラは書き物机に写真を並べ、手紙を誰にどう書くか思案した。
本当に届けたい相手は、字が読めない。自治区に居た頃は、アミエーラが代わりに役所や学校からのお知らせを読み上げた。
……店長さんは会ったコトなさそうだし、やっぱり司祭様かな?
アミエーラは、まず東教区のウェンツス司祭宛に書くと決め、ペンを走らせた。




