1439.代わりに陳情
昼休みが半ばを過ぎ、定食屋の客が入替り始める。
クルィーロは冷めたスープを掻き込み、たった今、思い付いたように言った。
「議員の先生に家と仕事と学校のコト、陳情してみようかな」
「残念ながら、リャビーナ選挙区の国会議員の先生方は、行方不明なんですよ」
「えッ?」
「クラピーフニク議員は、開戦した年の春に起きた議員宿舎襲撃事件以来、行方不明で、生存は絶望視されています」
「他にも居ませんでしたっけ?」
ラゾールニクが軽く聞くと、コーレニ・ディアファネスは頷いた。
「もう一人のパジョーモク議員は、事務所が開いているので、恐らく、レーチカの臨時政府に詰めているのでしょうが、彼は力なき陸の民なので、この状況で地元に戻るのは難しいでしょう」
コーレニは卓上に身を乗り出し、手で口許を隠して囁いた。
「ここだけの話、この街にも解放軍の支部があるのです」
「そんな……って言うか、ゼルノー選挙区のイーヴァ議員とかは」
「消息不明です。もしかすると、あの空襲で……お力になれなくてすみません」
コーレニは気の毒そうに眉を下げたが、力ある民のフラクシヌス教徒である恩人を助ける気など、毛頭ないだろう。
クルィーロは、俯きかけた顔を上げて食い下がった。
「あの時、帰還難民センターで、レーチカの国会議員の先生を頼るって言ってましたよね?」
「えぇ。父と妻は、今もパドスニェージニク先生のお宅でお世話になっていますよ」
「手紙で陳情したいんで、先生の住所、教えてもらえませんか?」
クルィーロが、ポケットからコピー用紙を束ねたメモ帳を出す。
コーレニは勢いに一瞬、気圧されたが、落ち着いた声で応じた。
「お手紙は、私がお預かりしましょう。先生の事務所を通すより、私が間に入った方が確実です」
「あ……ありがとうございます! でも、切手代とか」
「それは勿論、私がお出ししますよ。いえ、出させて下さい。その代わりと申し上げてはアレですが、息子にもお手紙をいただけませんか?」
「あっ……なんか、自分のコトばっかりで……すみません」
クルィーロが小さくなると、コーレニは寛容な微笑を浮かべた。
「いえいえ、そんな。暮らし向きが厳しくては、他人に構う余裕を失いがちなのは、仕方のないコトですよ」
「何か、ホントすみません。レノたちにも書いてもらうんで、一回、トラック戻ります」
「便箋などはお持ちですか?」
「交換品でもらったコピー用紙だったら、まだ少し残ってます」
掌大に切って束ねたメモ帳を示すと、コーレニは腕時計をチラリと見た。
「近くの事務用品店で買いましょう」
「いいんですか?」
定食を平らげたラゾールニクが、驚いてみせる。
「そのくらいは出させて下さい。この奇跡的な出会いとみなさんのお手紙、息子もきっと喜ぶでしょう」
「俺たちは、いつまでここに居られるかわかんないんで、お返事受取れないかもしれませんけど、ローク君によろしくお伝え下さい」
「勿論です」
「あ、どうやってお渡ししましょう?」
クルィーロが困ってみせると、コーレニは安心させる為の笑顔を作って答えた。
「私の勤務先へお持ち下さい。すぐ近くのリベルタース国際貿易です。後でご案内しますよ」
「何から何まで……ありがとうございます」
「リベルタース? あ、さっきの!」
ラゾールニクがメモの束を捲って見せる。
「求人、ご覧になられましたか。即戦力になる事務員を募集中なのですが、どなたか……」
「俺たち、貿易事務の経験者、居ないんで……」
クルィーロが頭を掻くと、コーレニは怪訝な顔をした。
「条件に合う方が居ないのに……メモしたのですか?」
「俺たちの仲間内には居なくても、掲示板を回る人同士で情報交換するんで、一応、控えてるんです」
ラゾールニクがしれっと言うと、ロークの父は納得顔で頷いた。
案内された事務用品店は、定食屋から三軒離れた雑居ビルの一階だ。
ここも、消耗品は湖東地方の品にほぼ入替り、自国や友好国の製造は、動きの少ない商品だけだった。
……一体、いつから入り込んでたんだ?
疑問を抑え、便箋の棚を探す。
企業向きの品揃えで、便箋は罫線の幅が異なる二種類。どちらも味も素っ気もない事務用だ。
……アマナたちが喜びそうな物なんて、あるワケないか。
コーレニは、便箋三冊と、封筒は百枚入りを一パック買った。
「えっ? こんなたくさん、いいんですか?」
「余った分は、求人の申込みにお使い下さい」
「ありがとうございます!」
昼休みの終了まで残り十分。
コーレニは足早に信号を渡り、勤務先が入居する雑居ビルに二人を案内した。
「来るの、明日になるか明後日になるか、わかんないんですけど」
「明後日は日曜ですね。明日がご無理でしたら、月曜にお願いします」
正面玄関を入ってすぐの所に守衛室がある。
一階部分は、守衛室の他は空店舗で、二階以上が貸事務所だ。
「ここが受付を兼ねます。リベルタース国際貿易のディアファネス部長を訪ねて来たとお伝え下さいましたら、内線で取次いでくれます」
「何から何までお世話になって、ありがとうございます。議員の先生にもよろしくお伝え下さい」
「ご馳走様でした。ローク君にもよろしくって言って下さい」
二人は何度も手を振りながら雑居ビルを出た。
この街区の【跳躍】許可地点に駆け足で入る。
クルィーロが呪文を唱え、DJレーフが待つ現場用品専門店に近い街区にラゾールニクを運んだ。
「遅くなってすみません。これ、お土産です」
「おっ、いいのか? アマナちゃんにあげなくて」
「一個しかないんで」
「あぁ、そう言うコト」
DJレーフがロールパンを頬張る間、掻い摘んで首尾を説明する。
「買物は俺一人でもいいから、手紙書く前に相談に行った方がいいんじゃないかな?」
「勘付かれて罠を張られたんじゃないかってくらい、上手くいったもんな」
ラゾールニクがニヤリと笑う。
こちらも、薬師アウェッラーナが一緒に居るなど、誤魔化した情報は多いが、向こうも本当のコトを言ったとは限らない。
流石に国会議員の自宅住所は、他人が勝手に教えていいものではないので、仕方がないが、ロークの件は嘘塗れだ。
……ルフス神学校に騙されてんのか、気付いてて俺たちに誤魔化したのか、どっちだ?
「じゃあ、今から呪符屋さんに行って、帰りは直接、トラックに戻ります」
「了解。気を付けて」
「レーフさんも、ご安全に」
まだ一時を少し過ぎたばかりだ。
ローク宛の「絶対に届かない手紙の文案」を本人に相談するのは、何とも妙な気分だが、迂闊なコトは書けない。
クルィーロとラゾールニクは【跳躍】を繰り返し、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに急いだ。
☆議員宿舎襲撃事件……「273.調理に紛れて」「277.深夜の脱出行」「425.政治ニュース」「440.経済的な攻撃」「497.協力の呼掛け」「580.王国側の報道」参照
☆クラピーフニク議員……「378.この歌を作る」「626.保険を掛ける」「751.亡命した学者」「1414.放送の管轄区」参照
☆パジョーモク議員……「0977.贈られた聖典」参照
☆帰還難民センターで、レーチカの国会議員の先生を頼る……「636.予期せぬ再会」「637.俺の最終目標」「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」参照
☆パドスニェージニク先生のお宅でお世話に……「691.議員のお屋敷」「694.質問を考える」~「696.情報を集める」「796.共通の話題で」参照
☆DJレーフが待つ現場用品専門店……「1436.厳しい就職難」参照




