1438.探り合う情報
本日の日替り定食は、白身魚の香草焼きと全粒粉のパン、冬野菜たっぷりのスープ。緑青入りの分はないが、定食屋の客は三割くらいが湖の民だ。
後から来た客が、満席を確認して他所へ行く。
「クルィーロ君たちも、無事に首都を脱出できたようで、よかったです」
ロークの父コーレニ・ディアファネスが、スープを口に運んで、屈託のない笑顔を向ける。クルィーロは、喉が詰まりそうになって匙を置いた。
「一応……命はありますけど、爆発に巻き込まれて、父と妹が大怪我して……」
「それは……大変でしたね」
コーレニは出掛かった言葉を呑み込んで、当たり障りのない一言で済ませた。
息子の命の恩人に気遣いをみせたところで、隠れキルクルス教徒の彼は、首都で発生した爆弾テロの実行犯「星の標」との繋がりが深い。
……ホントは喜んでる癖によく言うよ。
クルィーロが歯を食いしばり、出掛かった言葉を堪えると、悔し涙が滲んだ。
ロークから、彼の父がどんな人物か知らされなければ、このやさしげな様子にすっかり騙されただろう。
「クルィーロ君たちは、リャビーナの仮設に入れたんですか?」
「いいえ。あの後、レーチカまで歩いて行こうってなって、農家の手伝いとかしながら、ウーガリ古道を歩いてたら、トラックで生活してる人に拾われたんです」
探りを入れられたが、ここは正直に答えた。
今朝の打合せで、「基本的な部分で嘘を吐くと、却ってボロが出る」と、ラゾールニクに注意を与えられたからだ。
当のラゾールニクは、隣でせっせと定食を食べて、何も言わない。
「今は、ローク君と一緒に居た頃と似たようなコトして暮らしてるんです」
「息子から、歌を歌って行商したと聞きましたが……」
何故か、コーレニも出掛かった質問を飲み込んだ。
「えぇ。森とかで蔓草や香草茶になる草を摘んで、籠とかお茶に加工して、食べ物とかと交換してもらってました」
「食用になる野草の目利き……パン屋の店長さんも一緒なんですね?」
「はい。俺たち幼馴染なんで、助け合ってますよ」
「信頼できる仲間と一緒なら心強いですね。では、薬師さんも一緒に?」
「アウェッラーナさんは、ヴィナグラートでお兄さんと会えたんで……」
湖の民を探る問いには、教えられた通り、言葉を濁す。
「素晴らしい! 生き別れのご家族と再会できたのですね」
「はい。まさか、ゼルノー市からあんな遠くに避難してたなんて……道理でラクリマリスで捜しても、みつかんないハズだって」
コーレニは、湖の民アウェッラーナの奇跡的な再会を一頻り喜んでみせると、話題を変えた。
「ヴィナグラートと言うコトは、西回りで旅をして来られたのですね?」
「はい。レーチカは駐車場とかがもういっぱいで、居場所なかったんで、どんどん西へ」
「食べ物、大変だったでしょう?」
「他所は凄く値上がりしてて、びっくりしました」
「お食事はどうされました?」
「秋の間は、旧街道でドングリとか、野生の芋とか食べてました」
ここでも、嘘は吐かない。
ラゾールニクが魚を食べ終え、話に加わる。
「ここは物価が安くてびっくりしました」
「他所はそんなに高いのですか?」
職業柄、把握済みでなければおかしいが、コーレニは驚いてみせた。
ラゾールニクも、コーレニが多国籍企業の貿易関連業務を統括する要職にあるとは知らないフリで、話しを続ける。
「高いなんてモンじゃありませんよ。小麦が爆上がりしたせいで、仕入れできなくなったパン屋さんが閉めちゃって、開いてるとこも、元の五十倍とかスゴいコトになってて、とてもじゃないけど、手が届きませんでしたよ」
「そんなにですか? ここも値上げしましたが、せいぜい二、三倍ですよ?」
クルィーロは、ラゾールニクに話を任せ、定食を食べ進める。
白身魚はともかく、パンの小麦は湖東地方産だろう。もしかすると、スープの南瓜やタマネギなど、日持ちする野菜もそうかもしれない。
「たったの三倍? なんでここ、そんな安いんです?」
ラゾールニクが、開戦前なら暴動が起きそうな高値を安過ぎると訝る。
コーレニは当然のように言った。
「リャビーナ港は湖東地方に近いですからね」
「えっ? でも、湖東地方の国って、どことも国交がないんじゃ?」
「よくご存知ですね。国会議員の先生方が、湖上封鎖対策として、戦時特別貿易体制を構築して下さったので、国交がない国とも商取引できるようになった、と新聞に載っていましたよ」
「俺たち、ぶっちゃけ無職なんで、新聞買う余裕ないんですよね」
ラゾールニクが肩を落とすと、コーレニは非礼を詫びた。
クルィーロは、スープと白身魚を半分以上食べ進め、ロールパンを紙ナプキンに包んだ。
「トラックにカーラジオはないのですか?」
「あるにはあるんですけど、なるべく燃料とバッテリー、節約したいんで、あんまり使わないようにしてるんですよ」
クルィーロが、パンを上着のポケットに仕舞って答えると、コーレニは質問を重ねた。
「食べ物は野山でも手に入りますが、燃料はどうなさったのです?」
「アウェッラーナさんに薬草の見分け方、教えてもらったんで、みつけたら必ず採って街の薬屋さんに売ってたんです」
「薬草の目利きまでできるのですか?」
「ちょっとだけですけどね。袋いっぱい持って行ったら、傷薬とか完成品の薬一個か二個と換えてくれるんですよ」
「それをガソリンスタンドに?」
「そうです。もうね、右から左。何も残りませんけど、戦争のせいで薬も値上がりしてて、傷薬一個で満タンにしてくれますよ」
クルィーロが手振りを交えて説明すると、コーレニはいかにも感じ入ったように深く頷いた。
「食べ物も燃料も……知識は生きる力なのですね」
「もっとしっかり勉強しとけばよかったって後悔してます」
クルィーロは苦笑したが、コーレニは真顔で聞いた。
「そう言えば、妹さんの学校はどうなさいました?」
「交換品で、古い教科書くれた人がいたんで……まぁ。でも、学校は、住所がないんで……」
「どっか長期でトラック置けるとこ、あればいいんですけどね」
ラゾールニクがぬるい声を出す。
「駐車場、住所扱いしてもらえるのかな?」
クルィーロはやんわり否定して、コーレニを窺った。ロークの父は、困った顔をするだけで、何も言わない。
「仕事も、こうやってみんなで手分けして探してるんですけど、全然で」
ラゾールニクがメモの束を振ってみせたが、コーレニは窮状を気の毒がりはしたが、助けるとは言わなかった。




