表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1476/3510

1437.標的との接触

 十一時過ぎ、リベルタース国際貿易株式会社がある街区に着いた。

 朝の通勤時間帯よりずっと人が減り、閑散とした歩道に鳩が舞い降りて、せっせと何かを啄ばむ。



 雑居ビルの一階はどこも、パン屋や会社員向けの飲食店が入居する。オフィス街では、ほぼ決まった需要があり、生き(ながら)えた飲食店の割合が高い。

 昼食の仕込みが始まり、そこかしこから旨そうな匂いが漂い始めた。


 自社ビルを持つ大企業には、社員食堂を備えるところもあるが、中小企業や、空襲などで移転を余儀なくされた事業所には、そんな余裕はない。ロークの父コーレニ・ディアファネスが勤務するリベルタース国際貿易は、後者だ。



 ロークがルフス神学校を抜け、呪符屋に身を寄せて間もない頃、運び屋フィアールカに預けた手帳には、コーレニの単身赴任の件もあった。


 ラゾールニクによると、それ以来、複数の同志がコーレニの動向を観察し続けるのだと言う。彼らは力ある民で、コーレニ個人とも、勤務先とも接点がない為、詳しい情報までは得られなかった。



 平日の昼食は、いつも決まった時間に同じ店へ食べに行く。



 クルィーロは、こんな些細な情報が必要になる日が来るとは思わなかった。見知らぬ同志が、何気ない情報まできちんと残してくれたことに深く感謝する。

 振り返って、自分たちはどれ程の「何気ない情報」を見落としてきたのか。


 ……俺たちも、報告書に載せる情報、もっと増やした方がいいんだろうな。


 この街区の掲示板には、レノたちが手帳に控えた日と同じ情報しかない。

 クルィーロは早速、日時、掲示板を見に来た人々の服装、髪色、性別、(およ)その年齢層、寒がる様子から推測した魔力の有無を控えた。

 思い付く限り観察結果を書いてみたが、まだ足りない気がする。だが、何が足りないのかは、わからなかった。


 求職者は入替り立ち替わり現れては、重い足を引きずってとぼとぼ去る。


 父たちの調べで、職安の情報は、手続きに時間が掛かる為、事業所自身が掲示板に直接出すより、一日から数日の遅れがあるとわかった。職安から申し込みをしても、応募者多数で〆切られた後と言う事態も、ままあると言う。

 ネモラリス共和国では、手間が掛かっても、自分の足で探した方が早くて確実なのだ。


 ……インターネットが使えたら、失業率ももっとマシなんだろうにな。


 「そろそろ行こっか?」

 「はい」

 ラゾールニクに声を掛けられ、気を引き締める。今朝の打合せを頭の中で確認して信号を渡った。



 隣の街区の広場からは、リベルタース国際貿易ネモラリス支社が入居する雑居ビルの正面玄関が、よく見える。

 同志の情報では、コーレニ・ディアファネスは毎日、十二時五分に出て、隣の街区にある定食屋に入るらしい。

 ラゾールニクが掲示板の貼り紙をメモし、クルィーロは求職者の群に紛れて監視する。


 広場のスピーカーから正午を告げるサイレンが響く。

 驚いた鳩の群が飛び立ち、各ビルから人の群が吐き出された。クルィーロは目を凝らし、首都クレーヴェルの帰還難民センターで会った顔を捜す。


 ロークが年を取ればこうであろう顔は、一年以上見なくても、すぐわかった。声を出そうとしたが、顎が強張って動かない。仕方なく、ラゾールニクの袖を引く。

 いつの間にか、他の求職者が姿を消し、代わりに会社員らが【跳躍】許可地点に入って来た。


 「じゃ、俺らもメシ行こっか」

 軽い声と共にポンと肩を叩かれ、そのぬくもりで呪縛が解けた。



 「あッ! ロ、ローク君のお父さん……! ですよ、ね?」

 彼の行きつけの前で、偶然を装って声を掛ける。

 振り向いたコーレニの顔に喜びが溢れた。緊張に震えて上擦る声は、再会の感動と解釈されたようだ。

 「君は、確か、ロークと一緒に居た……こんな巡り合わせがあるとは……!」

 「クルィーロです。その節はどうも……」

 「いえいえ、こちらこそ。息子から、クルィーロさんは命の恩人だ、と聞きました。ご無事で何よりです」


 最悪の場合、ここだけで情報を引き出さなければならない。

 クルィーロの掌にじっとり汗が滲んだ。


 「あの、レーチカに行ったんじゃ……?」

 「お時間よろしければ、食べながらゆっくり話しませんか?」

 「あ、いえ、俺たち失業中で、その、ちょっと持ち合せが……」

 クルィーロが、胸の前で小さく両手を振って遠慮してみせると、コーレニは笑顔で促した。

 「この程度で恩返しできるとは思えませんが、ここは私に任せて下さい。……お連れさんも、よろしければご一緒に」

 「えッ? 俺、初対面なのに……いいんですか?」

 「あなたさえ、よろしければ」

 コーレニは、面食らうラゾールニクにイヤミのない笑顔で応じて、先に入った。



 昼時は日替り定食のみで、店員は人数だけ確認して、すぐ厨房に引っ込んだ。

 奥の卓に腰を落ち着けて見回す。テーブル席は、九割方埋まった。みんなが同じ食器で同じ料理を食べる様子は、小学校の給食を思い出させた。


 クルィーロは、打合せ通りに最初の質問を発した。

 「えっと、ローク君も今、リャビーナに居るんですか?」

 「いえ、勤務先が移転して、今は単身赴任なんですよ。もう少し状況が落ち着いたら家族を呼ぶつもりですが、今は何せ、住宅が全く足りません」


 「あー……折角、再会できたのに残念ですね。ローク君、元気ですか?」

 クルィーロが同情してみせると、コーレニは淋しげな笑みを漏らした。

 「再会から一カ月もしない内に離れ離れになって……こんなご時世ですから、手紙も遅れがちで」

 「でも、レーチカからリャビーナまで、届くには届くんですよね?」

 「まぁね。北廻りの貨物船ですから、一カ月くらい掛かりますが、一応は届きますよ」

 「それなら少し安心ですね」

 ラゾールニクが、初対面の相手に合わせて愛想笑いした。


 コーレニは、父親の顔で応じ、肩を(すく)める。

 「全寮制の高校に編入したので、どの(みち)、滅多に会えないのは変わりません」

 「でも、冬休みくらいは会えたんですよね?」

 クルィーロが声を弾ませると、コーレニは沈んだ声で答えた。

 「私がレーチカに行けなかったんですよ。妻と父……ロークの祖父は、会えましたが」


 ……全寮制の高校って、ルフス神学校のコトだよな?


 クルィーロは虚実入り混じる話に気付かぬフリで、同情してみせる。

 「船に乗れなかったんですか?」

 「客船は、船会社が(ほとん)ど休業中です。運行を続ける会社は、臨時政府が難民輸送船として借り上げてしまったせいで、一般人が乗れる席は抽籤なんですよ」


 定食が来たが、コーレニは話をやめなかった。


 「どこも大変ですよね。でも、ローク君が元気で、ちゃんと学校にも行けてるってわかって安心しました」

 「ありがとうございます。遠慮なさらず、どうぞ召し上がって下さい」

 「ありがとうございます。いただきます」


 二人揃って定食に手をつけると、コーレニは二人に探るような視線を向けた。

☆呪符屋に身を寄せて間もない頃、運び屋フィアールカに預けた手帳……「847.引受けた依頼」参照

☆コーレニの単身赴任の件……「796.共通の話題で」参照

☆レノたちが手帳に控えた日……「1432.広場の掲示板」参照

☆首都クレーヴェルの帰還難民センターで会った顔……「636.予期せぬ再会」「637.俺の最終目標」参照

☆客船は、船会社が殆ど休業中……「817.浮かばない案」「819.地方ニュース」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ