1436.厳しい就職難
昨日は準備の時間が足りず、ラゾールニクをウーガリ古道のムスカヴィート市に近い休憩所へ案内しただけで終わった。
ラゾールニクはたった一度で場所を覚え、今朝一番に【跳躍】で来て、一緒に朝食を食べながら作戦を説明てくれた。
「お兄ちゃん、ホントに大丈夫?」
「ラゾールニクさんが一緒だから、大丈夫だよ」
「クルィーロ君が魔法使いなの知ってンだ。勧誘なんてされないよ」
クルィーロとラゾールニクが言っても、アマナの顔からは不安が消えない。父がアマナを抱き寄せ、クルィーロに頷いて見せる。
レノたちも心配そうではあるが、何も言わずに送り出してくれた。
今日のラゾールニクは、外から呪印などが見えない普通の服風の恰好だ。
どこで隠れキルクルス教徒に見られるかわからない。
クルィーロも、データを入れたタブレット端末をジョールチに預けて来た。今日は、久々に紙のメモ帳だけで情報収集する。
DJレーフが、FMクレーヴェルのワゴン車でリャビーナ市の商業区域まで送ってくれた。
車体シールで「業種不明の社用車」に擬装したワゴンは、現場作業用品専門店の駐車場で待機する。荷台には、外から見えやすい位置にカラーコーンを積んで、それらしくしてあった。
用が済んでから合流して、この店で行商に必要な物を買う予定だ。
クルィーロとラゾールニクは、広い駐車場を出て、商店街を素通りした。
開店直後の店に行列ができるが、レーチカ市などで見た混乱や、口汚く罵り合う怒号はない。
……物がちゃんと足りてたら、みんな静かに並んで順番待てるんだよな。
クルィーロは胸がチクリと痛んだ。
リャビーナ市の人口は、この二年で急増した。空襲やクーデターからの国内避難民が、戦争の影響が少ないこの地に流入した為だ。
一昨日、父と少年兵モーフ、呪医セプテントリオーの三人が、官庁街へ情報収集に行った。
地方新聞と役所の広報紙が手に入り、予想以上の人口流入だったと確認できた。
職どころか、住居も全く足りない。
役所が設置できる場所は全て、プレハブの仮設住宅で埋め尽くした。
それでも足りず、民間のアパートや企業の保養所も役所が借り上げ、仮設住宅として避難民を入居させる。
単身用アパートに家族、家族向け物件に数世帯も押し込んだ為、トラブルが頻出し、役所の担当者や物件の大家が対応で忙殺されるが、取敢えず住むところができたと評価する声もあった。
臨時政府は、自国の船会社と難民輸送契約を結んだが、難民キャンプ行きの希望者は、日を追う毎に減る一方だ。クーデター直後の二カ月間が最多で、この半年余りは席が半分も埋まらない為、稼働コストの都合で出航できないでいる。
父たちは、リャビーナ職業安定所にも行った。
地元の求人は、資格や免許、魔力が必要なものばかりだ。トポリ市などの復興事業関連の仕事には、力なき民でも、体力があればできそうな内容もみつかった。
リャビーナ市内で職にあぶれた人の多くは、資格や免許がなく、力仕事が無理な力なき民だ。本人の傷病や家族の世話などで就職活動すらできず、貯金を取り崩して暮らす世帯も多い。
開戦当初は、慈善団体やフラクシヌス教団などが、バザーや慈善コンサートなどを頻繁に開催した。だが、次第に余裕を失い、回数を減らす。新聞の特集記事によると、直近半年間の開催は、片手で数える程しかない。
……そっか。それでスニェーグさんが、あっちこっちの街で弾いてたのか。
リャビーナ市民楽団のベテランピアノ奏者は、ネモラリス島北部の街を巡り、飲食店でミニライブを行う傍ら、情報収集してくれた。
ラジオが戦時色に染まり、平和な曲の需要は高い。
客は喜ぶが、クルィーロは複雑な気持ちになった。
新聞と役所の広報によると、各団体は経済支援から生活支援へと徐々に軸足を移し、現在は、仮設住宅の訪問による安否確認や健康相談、資格取得の勉強会などに注力するようになったらしい。
呪符職人などの職能組合も、力なき民でもできる作業でパートタイマーを募集したが、求職者に対して求人が少な過ぎ、あっという間に枠が埋まった。
縫製工場が、手芸品の材料として端切れなどを無償提供したこともある。だが、何か作っても、なかなか買い手がつかない。食料品などとの交換品にしようにも、魔法の品でなければ、元々安い上に飽和状態なのだ。
クルィーロは、オフィス街へ向かう道すがら、「職にあぶれて藁にも縋りたい状態」を再確認した。
メモ帳として持って来たのは、印刷ミスのコピー用紙をホッチキスで留めただけの物だ。
ラゾールニクの助言で、カネに困る様子が持ち物に現れるように工夫した。
力ある民も、【魔力の水晶】の充填など、簡単な仕事は既に供給過剰だ。相場が値崩れし、十個満たしてやっと飴玉一個など、子供の小遣いにもならない。
リャビーナ市が今年一月に発表した統計によると、昨年末時点で市内に生活実態がある就労可能世代の内、四割近くが失業状態にあると言う。
家族の世話に専念する主婦と傷病者を引いても、約三割だ。
小売はなんとか持ち堪えるが、飲食店は開戦以来、食糧価格の高騰で廃業が相次ぎ、それも市内の失業率を押し上げる一因となった。
オフィス街に入ると、道行く人が増えた。
勤務先へ急ぐ会社員の群に貧しい身形の人々が混じる。街区の【跳躍】許可地点から、付近のビルに吸い込まれるのは、背広や制服姿ばかりだ。粗末な私服の人々は、街区の広場に留まり、掲示板の前に屯する。
クルィーロとラゾールニクも広場に入り、人々の肩越しに求人情報を見て、片っ端からメモした。
街区を歩いて巡り、求人情報を集める。レノたちの言う通り、街区に所在する事業所の情報ばかりだ。
大抵の街区は、掲示板周辺に人の姿がない。覗いてみると、求人情報がひとつもなかった。
クルィーロたちは、千年茸や魔法薬の販売で、働かなくても当分カネには困らないが、住む所はなく、ずっと国営放送のイベントラックで暮らす。
ドーシチ市のお屋敷や、ランテルナ島の別荘に居候したこともあるが、あんな暮らしなら、トラックの荷台の方が遙かにマシだ。
……首都の帰還難民センターって、今どうなってんだろうな。
メモ帳は次々埋まるが、どれも資格や免許が必要な仕事ばかりで、クルィーロに応募できるものはひとつもなかった。
☆ウーガリ古道のムスカヴィート市に近い休憩所……「1412.東岸地方の街」参照
☆戦当初は、慈善団体やフラクシヌス教団などが、バザーや慈善コンサートなどを頻繁に開催
バザー……首都「244.慈善のバザー」参照
慈善コンサート……「305.慈善の演奏会」「306.止まらぬ情報」「513.見知らぬ老人」参照
☆スニェーグさんが、あっちこっちの街で弾いてた……「0977.贈られた聖典」「0989.ピアノの老人」「1370.カフェの演奏」「1391.二年目の舞台」参照
☆生活支援/仮設住宅の訪問による安否確認や健康相談……「278.支援者の家へ」参照
☆千年茸……「477.キノコの群落」「479.千年茸の価値」「564.行き先別分配」「565.欲のない人々」参照
☆ドーシチ市のお屋敷……「245.膨大な作業量」参照
☆ランテルナ島の別荘……「228.有志の隠れ家」「254.無謀な報復戦」「291.歌を広める者」「318.幻の森に突入」「319.ゲリラの拠点」参照




