1435.詳しい者の案
ラゾールニクが、紅茶にジャムを入れて掻き混ぜながら言う。
「改めて、状況を客観的に整理しとこっか」
ロークとスキーヌムが、昨年の冬休みに失踪した。
スキーヌムの実家から、ルフス神学校には伝わる。
ルフス神学校は恐らく、ディアファネス家やネモラリス共和国内の星の標には知らせなかった。ロークのフリでメールの定期連絡に返信しつつ、彼の行方を血眼で追う。
ローク自身が、入院中の同級生の前に姿を見せ、帰国するとの偽情報を与えた。
ネモラリス共和国にはインターネットの設備がなく、しかも、ロークはタブレット端末をスキーヌムの実家に置いて姿を消した。
遡って、ロークの父コーレニ・ディアファネスと面識があるのは、ネミュス解放軍のクーデター勃発当時、首都クレーヴェルでロークと共に帰還難民センターに身を寄せたクルィーロたちだ。
「えっと……ローク君のお父さん目線で……俺はセンターでローク君と別れてから一回も会ってなくて、ローク君の一家がレーチカ市の国会議員ちに居候してると思ってて……ってコトですか?」
「そうなるね。逆にコーレニ氏も、首都で君たちと別れた後、君たちがどこで何してたか知らない筈だ」
チェルニーカ市での放送で、イーヴァ議員とパジョーモク議員ら隠れキルクルス教徒の妨害に遭った。
逓信省パドール地方管理局で、FM放送の許可申請をしたが、申請書類の名は全て、国営放送アナウンサー兼総合無線通信士のジョールチで統一した。
イーヴァ議員たちとクルィーロたちは、チェルニーカ市で初めて顔を合わせるまで、ゼルノー市の国政選挙以外で接点がなかった。面識などある筈がなく、仮にどこかで公開生放送を見られたとしても、ロークの仲間の活動として、コーレニに情報が渡ることはないだろう。
「俺は、ローク君のお父さんと会わない方がよさそうですね」
「えっ? 何で?」
ラゾールニクが本気で驚いた顔をする。
「クーデターまで、FMクレーヴェルで普通にDJとして放送してたから、もしかすると声を知られてるかもしれません」
クルィーロは焦った。
「えっ? 俺一人で、あのおじさんと会うんですか?」
「他に面識あるのは?」
聞き返され、返事に詰まる。
クルィーロの他、あの場に居合わせたのは妹のアマナ。レノとピナティフィダとエランティスのパン屋三兄姉妹、そして、薬師アウェッラーナだ。
……アウェッラーナさんは湖の民だから、あのおじさん、口が重くなるよな。
更に言えば、彼女に万が一のコトがあれば、絶対に一生後悔するだろう。
そうかと言って、力なき民の四人では、キルクルス教に勧誘される惧れがある。しかも、イザと言う時に【跳躍】で逃げられない。
ラゾールニクが状況を面白がるような笑みを消し、やさしい声で言う。
「一応、ローク君にも相談してみよっか」
「相談? ランテルナ島で元気にしてますよって、家族に伝えていいか聞くんですか?」
「それ、何かイイコトあると思う?」
クルィーロは首を横に振った。
DJレーフが目顔で問うと、ラゾールニクは表情を消して答えた。
「お父さんの攻略法を聞くんだよ」
「攻略法?」
二人の疑問がピッタリ揃った。
「どうやれば、お父さんを警戒させずに近付けて、情報を引き出せるか」
「逆にこっちから絶対、漏らしちゃいけない情報も?」
「流石、元放送局の人だなぁ」
レーフが聞くと、ラゾールニクは顔を綻ばせた。
二人がサンドイッチを食べる間、ラゾールニクは運び屋フィアールカにメールを送り、ロークの予定を確認する。
今日と明日は呪符屋に居るとわかり、ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクに移動した。
ローク一人がカウンターで店番する。この店で働き始めて一年経ち、すっかり店員が板についた。おつかいに出たと言うスキーヌムも、同じ期間勤めるが、全寮制の神学校育ちで世慣れない彼は、まだまだな部分が多い。
ラゾールニクが父親の名を出した途端、ロークは露骨にイヤな顔をした。それでも、遮らずにきちんと耳を傾ける。
一通り状況を確認した後も、予約客の注文品を揃えるまで、口を開かなかった。
呪符の束を専用の封筒に入れ、注文票をクリップで留めると、まずDJレーフに言った。
「レーフさんは父と会わないで下さい。首都圏に出張した時、放送を聞いた可能性があります」
「うん。俺もそう思ってたよ。やっぱ、リャビーナで放送できない可能性を考えたら、放送局の奴が一緒に居るって、知られない方がいいよな」
「じゃ、俺が一緒に行こう」
レーフが頷くと、ラゾールニクが初めて思い付いたように小さく手を上げた。
ロークが目を丸くする。
「いいんですか?」
「これは君たちだけの問題じゃないからな」
ラゾールニクは、いつになく真剣な顔だ。
「で、どうすれば、接触できると思う?」
「会社の近くに求人情報の掲示板があるんですよね?」
「うん。役所のお知らせとか、他所の会社のもあったけど、街区の共同掲示板ってカンジだった」
クルィーロは端末に写真を表示させた。レノたちが行った翌日に撮ったものだ。
「例えば、この求人の件で会社に行って、貿易統括部長の知り合いですって言うのは?」
DJレーフが、せめて知恵で手伝おうと案を出す。
クルィーロは成程と思ったが、ロークとラゾールニクは同時に首を横に振った。
「今、ネモラリスは仕事なくて困ってる人、多いんだろ?」
「……そうですね」
「自分はお偉いさんの知り合いだーって嘘で潜り込もうとする奴、掃いて捨てる程来ないか?」
「本当に知り合いなら、自宅か会社の内線宛に電話を掛けて約束して、偉い人から警備員さんに話を通すでしょうからね」
クルィーロは、ロークのしっかりした指摘に想定の甘さを思い知らされ、言葉を失った。
穴を指摘されたDJレーフが、当然の疑問を口にする。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「あの人、誰かから頼りにされるの好きなんですよ」
「でも、会社に行くんじゃダメなんだろ?」
レーフがやや棘のある声を出したが、ロークは気付かないのか、続けた。
「それと、信心深いから、運命の導きとか本気で信じてるんですよ」
ロークが店の戸に視線を遣って言う。
予約客も他の客も来ず、スキーヌムもまだ戻らない。
「だから……」
ロークはカウンターから身を乗り出し、小声で作戦を語った。
☆ネミュス解放軍のクーデター……「599.政権奪取勃発」~「601.解放軍の声明」参照
☆ロークと共に帰還難民センターに身を寄せた……「574.みんなで歌う」「576.最後の荷造り」「577.別の詞で歌う」「596.安否を確める」参照
☆隠れキルクルス教徒の妨害……「0970.チェルニーカ」「0971.放送への妨害」参照
☆FM放送の許可申請……「0981.できない相談」参照
☆FMクレーヴェルで普通にDJとして放送……「610.FM局を包囲」参照
☆あのおじさん……「636.予期せぬ再会」「637.俺の最終目標」「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」参照
☆街区の共同掲示板……「1432.広場の掲示板」参照




