1434.未来の救世主
困ったクルィーロは、ラゾールニクにメールで相談した。
〈その件、さっき俺にも来たよ。それで居場所を聞いたんだ。〉
ラゾールニクが、神殿近くの個室があるカフェを待合わせ場所に指定する。クルィーロは、添付の地図を確認して固まった。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ、ちょっと……」
……いや、気にし過ぎだよな。
そう何度も鉢合わせして堪るものかと、説明する。
「偶々、シルヴァさんたちと神殿で会って、流れで一緒にお茶した店ですよ」
「あっ……変えてもらう?」
「多分、大丈夫でしょう」
DJレーフの気遣いに感謝を示して、了解の旨を返信する。
開店直後のカフェは、まだ客の入りが少なく、二階に上がってすぐ、ラゾールニクと合流できた。明るい店内には、ゲリラの勧誘員シルヴァと、壊れた気配を漂わせる元神学生の気配はなかった。
個室に入ると、お茶と軽食が既に用意してあった。
「ここは俺が出しとくから、遠慮しないでくれ」
……何かとんでもないコト頼まれそうだけど。
「ありがとうございます」
断ったところで、逃げられない気がする。クルィーロは腹を括ってサンドイッチに手をつけた。
君たちも忙しいだろうから、と前置きしてラゾールニクは本題を切り出す。
「コーレニ・ディアファネス氏……ローク君の父親だけど、息子が行方不明になった件、どこまで把握してるだろうね?」
言われて初めて、クルィーロはロークの状況を客観的に考えた。
ロークは、一昨年の冬休みから行方不明だ。
ルフス神学校の同級生スキーヌムに招待されて、イグニカーンス市の実家へ行った。終業式の翌日から数日間は、彼の実家で何事もなく過ごしたが、大晦日に昼食を持って二人で外出したのを最後に消息を絶つ。
スキーヌムは実家と折り合いが悪く、家族に行き先を告げなかった。その上、神学生がランテルナ島へ渡ったと知られるとマズいので、二人ともタブレット端末を置いて出た。
GPSで追跡できず、防犯カメラも、イグニカーンス市内のバス停までしか記録がない。
ルフス神学校の礼拝堂爆破事件後、ロークは単独で病院に侵入し、入院中の同級生から情報を引き出す。
神学校側は勿論、二人が冬休み中に行方を晦ませた件を把握済みだ。
ロークは、「事情があってネモラリスに帰国する。その件はスキーヌムに伝言を頼んだ」と同級生に偽情報を与え、スキーヌムについては、知らぬ存ぜぬで押し通した。
恐らく、神学生の口からルフス神学校に伝わっただろう。
「心配ですよね。全寮制だから安心して任せたのに」
「行方不明とは何事だ! ってガチ切れしそうだな」
「それって、“普通の家族”目線で言ってるよね?」
クルィーロは旅の仲間として、DJレーフは報告書の情報と呪符屋でアルバイト中に話した印象で答えたが、正解ではなかったらしい。
他にどんな反応をするか、全く想像もつかず、ラゾールニクを見詰める。
「ネモラリスの隠れキルクルス教徒やアーテル人って、国全体は無理でも、ネーニア島の北半分だけでも、リストヴァー自治区みたいなキルクルス教徒の土地にしたくて、あれこれ画策してンだよね?」
説明とも質問ともつかない言葉を置かれ、報告書を思い返す。
ラクエウス議員の姉がまとめた部分にそんなコトが書いてあった気がするが、何せ情報量があまりにも多く、よくわからない。
ラゾールニクは、二人の答えを待たずに続けた。
「ルフス神学校にとっては、学生さんが行方不明なんて大失態だよね。しかも、ローク君は他の神学生と違って、将来ネモラリスのキルクルス教社会を背負って立つ大事な司祭の卵なんだから」
「あッ!」
ロークとラクエウス議員の姉情報によると、ネミュス解放軍によるリストヴァー自治区侵攻の少し前、作戦を知る星の標は、密かに自分たちの妻子を自治区外へ脱出させた。
大半はネモラリス島内の星の標幹部を頼ったが、子供の一部は、ディケア共和国経由でアーテル共和国に渡った。
ルフス神学校の聖職者クラス編入試験に合格したのは、ローク一人だ。他に小中学生が数人、星道クラスと一般クラスに合格したが、高校生を含む残りは神学校に落ちて、周辺の公立校に編入した。
「ルフス神学校で正式に神学を学んで、箔をつけたローク君って、ネモラリス共和国の隠れキルクルス教徒にとっては、宗教指導者って言うより、もう救世主みたいなモンじゃない?」
「ローク君はそれがイヤで、スキーヌム君の家出に便乗したのか」
DJレーフが唸る。
「バレたら神学校と星の標の関係が悪……あっ、弱み握られて強請られそう」
「だろ? もし、君たちがルフス神学校の偉い人だったら、どうする?」
ラゾールニクは相変わらず、状況を楽しむ色を含んだ瞳で二人を眺める。
クルィーロは、サンドイッチを香草茶で流し込んで考えたが、イヤな答えしか思いつかなかった。レーフもサンドイッチを飲み下し、何とも言えない顔になる。
「えーっと、二人が冬休みを早めに切り上げて、神学校に戻ったコトにして、スキーヌム君の実家の人には、二人の端末を忘れ物として送ってもらって」
「うん、それで?」
ラゾールニクが嬉しそうにクルィーロを促す。正解らしいが、嬉しくはない。
「それで、スキーヌム君のはわかりませんけど……ローク君の端末は多分、神学校側がパスワード知ってるって言うか、契約者として変更できるから、ローク君のフリして、ネモラリス島の星の標からの定期連絡に返信してそうかなって」
「だよねー」
ラゾールニクが満面に笑みを浮かべ、DJレーフが頭を抱えた。
ロークの祖父アコニート・ディアファネスは半世紀の内乱中、神学生だったが、神学校が破壊されて卒業できなくなった。
コーレニ・ディアファネスは、ゼルノー市内の隠れキルクルス教徒の世話役だ。リベルタース国際貿易株式会社の業務を隠れ蓑にして、リストヴァー自治区と首都クレーヴェルで人脈を広げる。だが、神学はアコニートから教わっただけだ。
……えっ? これ、バレたらヤバ過ぎないか?
クルィーロは、ディアファネス家にとってのロークの重みに気付き、喉が詰まりそうになった。
☆シルヴァさんたちと神殿で会って……「1275.こんな場所で」参照
☆流れで一緒にお茶した店……「1276.腹の探り合い」~「1279.愚か者の灯で」参照
☆スキーヌムに招待されて、イグニカーンス市の実家へ……「796.共通の話題で」参照
☆終業式の翌日から数日間……「801.優等生の帰郷」~「803.行方不明事件」「809.変質した信仰」~「811.教団と星の標」参照
☆スキーヌムは実家と折り合いが悪く……「796.共通の話題で」「802.居ない子扱い」参照
☆神学生がランテルナ島へ渡った……「841.あの島に渡る」~「847.引受けた依頼」参照
☆二人ともタブレット端末を置いて出た……「841.あの島に渡る」参照
☆ルフス神学校の礼拝堂爆破事件……「868.廃屋で留守番」「869.復讐派のテロ」参照
☆ロークは単独で病院に侵入……「907.同級生の被害」「908.生存した級友」参照
☆入院中の同級生から情報/同級生に偽情報……「909.被害者の証言」「910.身を以て知る」参照
☆ラクエウス議員の姉がまとめた部分……「0156.復興の青写真」「0161.議員と外交官」「723.殉教者を作る」参照
※ アーテル側の協力方針……「1139.安らぎの光党」参照
☆将来ネモラリスのキルクルス教社会を背負って立つ大事な司祭の卵……「723.殉教者を作る」「724.利用するもの」参照
☆ネミュス解放軍によるリストヴァー自治区侵攻……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」「916.解放軍の将軍」~「918.主戦場の被害」参照
☆星の標は、密かに自分たちの妻子を自治区外へ脱出……「629.自治区の号外」「630.外部との連絡」参照
☆子供の一部は、ディケア共和国経由でアーテル共和国に渡った……「724.利用するもの」参照
☆小中学生が数人、星道クラスと一般クラスに合格……「796.共通の話題で」参照。
>初等部と中等部の子が二人ずつ、ルフス神学校の試験に合格しました。
>彼らは将来、君の部下になる子たちです。
☆ネモラリス島の星の標からの定期連絡……メルアド「721.リャビーナ市」「723.殉教者を作る」、連絡「796.共通の話題で」参照
☆ローク君の端末は多分、神学校側がパスワード知ってるって言うか、契約者として変更できる……「742.ルフス神学校」参照
☆ゼルノー市内の隠れキルクルス教徒の世話役……「0035.隠れ一神教徒」「546.明かした事情」「624.隠れ教徒一覧」参照
☆祖父アコニート・ディアファネス……「492.後悔と復讐と」「569.闇の中の告白」、神学校が破壊「743.真面目な学友」参照




