1433.メールで依頼
レノたち四人が、リャビーナ市へ最初の調査に行った三日後。
クルィーロは、DJレーフと二人で王都ラクリマリスに来た。
この三日間に撮った画像をメールで送り、ファーキルからの返信を待つ間、神殿に参拝する。レノとスキーヌムの三人で、お遣いに来た時と変わらず平和だ。
……もうすぐ戦争が始まって二年……か。
一日にも早く終わって欲しいが、何の権力もない庶民のクルィーロにできることなど、ないに等しい。
平和に繋がる縁を強く願って、祭壇に【魔力の水晶】を捧げた。
一人一人の魔力は小さくとも、祈りと魔力を籠めた【水晶】のひとつひとつが、女神パニセア・ユニ・フローラに力添えしてラキュス湖の存在を支える。
みんなが「どうせ自分なんて大したコトないし、なくてもいいだろう」と何もしなければ、ラキュス湖が干上がって、神話の時代の砂の海に戻ってしまう。
混雑する神殿を出てすぐ、タブレット端末の電源を入れると、着信で震えた。落としそうになり、ギリギリのところで持ち堪える。
〈クルィーロ君、今、どこに居る?〉
ファーキルと思ったが、ラゾールニクだ。
神殿の名称を送信すると、今度はファーキルとクラピーフニク議員から続けて着信があった。先にファーキルの分を開ける。
〈おはようございます。
リベルタース国際貿易株式会社は、ローク君のお父さんの勤務先です。〉
ギョッとして、DJレーフをつついた。彼も目を見開いて画面に見入る。
二人は、人の流れから出て、すっかり葉を落とした秦皮の傍へ移動した。
〈本社はマコデス共和国。ネモラリス支社の所在地は何度か変わりました。
半世紀の内乱前は、モースト市。内乱後はゼルノー市。
空襲でクレーヴェルに移転したけど、クーデターで今はリャビーナ市です。〉
モースト市は内乱前、交通の要衝として栄えた大都市だったらしい。内乱中は、それが却って災いし、大規模な戦闘に何度も巻き込まれて壊滅した。
現在は、ラクリマリス王国軍の北ヴィエートフィ大橋を守る国境守備隊と、軍を相手に商売する個人商店が幾つかあるだけだ。
何故、支社の移転先をこんなに詳しく書いたのか。
クルィーロは引っ掛かったが、レーフの視線を追って画面をスクロールした。
〈内乱後に支社をゼルノー市に移転した理由が、公式サイトにありました。
少数派になったキルクルス教徒の経済復興を支援する為。
自治区民の不満を抑えて、暴動を防止する為。
最終的には、湖南地方の安定に寄与するのが目的なんだそうです。〉
「えぇッ?」
急に話が大きくなって、クルィーロは驚いた。
マコデス共和国は、ラクリマリス王国の南隣で、ラニスタ共和国の東隣に位置する小国だ。半世紀の内乱中、相当な影響を受けただろう。
だが、会社のホームページにわざわざ明記する意図が読めなかった。
「マコデスにも、星の標が居るってコト?」
「俺は聞いたコトないけど、続き、何て書いてある?」
スクロールすると、疑問を見越したかのような記述があった。
〈リベルタース国際貿易の社是は、“貧困からの自由を目指す”です。
ディケア共和国の内戦が終わった後は、ディケア支社を新設しました。
所在地は、フラクシヌス教徒の自治区から一番近い貿易港です。
現在は、リストアヴァー自治区と同じ支援をしています。〉
ファーキルは取り急ぎ、リベルタース国際貿易株式会社の概要と公式サイトなどのURLを送ってきた。他の企業は、今日の夕方までにまとめて送ると言う。
クルィーロは、この情報をどう解釈すればいいかわからなかったが、取敢えず、一言お礼を返信した。
ラゾールニクからは、まだ返信がない。
クラピーフニク議員のメールはわかりやすかった。
〈どうにかして接触して、星の標を探れないかな?〉
それ以外は、ラクエウス議員から聞いたと言うロークの父の経歴だ。
コーレニ・ディアファネスは、リベルタース国際貿易ネモラリス支社がゼルノー市に移転した年に採用された。
入社直後から、リストヴァー自治区関連の輸出入の仕事に携わり、グリャージ港の事務所に勤務する傍ら、自治区にも出入りして商談をまとめる。自治区に工場を置く大企業は、本社がクレーヴェルにある為、首都への出張も多い。
会社側が、彼の信仰を把握した上で配属したか不明。
ラクエウス議員は、星の道義勇軍の武装蜂起後、姉のクフシーンカから名簿をもらうまで、コーレニが隠れキルクルス教徒だと知らなかった。
輸出の伸びにほぼ正比例して、各企業の業績は上向いたが、自治区民の賃金は伸び悩んだ。
幾つかの企業は、その代わりとでも言うように賄いの食堂と共同浴場、各個室にトイレを備えた社宅を整備した。自治区内では破格の住環境で、当時は賃金への不満は出なかった。
ラクエウス議員の調べによると、製造企業側の理由は、この住環境だけでも、社宅のない他社との差が大きく、更に賃上げまでしたのは、自治区民の間で格差が広がり、持たざる者を刺激して暴動を誘発しかねないからだと言う。
……そう言えば、モーフ君とアミエーラさんのお父さんたちも、工場で働いてたけど、家はバラックだって言ってたな。
食堂や共同浴場は、提携した近隣の事業所にも開放された。
多くは、親会社が月額利用料を支払い、社員自身は費用負担なく食事と入浴ができる。だが、中には費用を給料から天引きする企業もあった。それでも、福利厚生施設の利用提携をしない企業が多く、提携するだけでもかなりマシな部類だった。
……マジかよ? 自治区民ってエリートしかお風呂入れなかったって?
グリャージ港からの輸出だけでなく、食料品や原料の輸入が増え、リベルタース国際貿易はリストヴァー自治区だけでなく、ゼルノー市や医療産業都市クルブニーカなど、周辺都市の経済復興にも貢献した。
コーレニは、復興特需に乗って営業成績を上げ、順調に出世街道を邁進した。現在は、ネモラリス支社の貿易統括部長だ。リストヴァー自治区だけでなく、ネモラリス共和国内の企業と他国との取引を手広く扱う。
別の同志からの報告で、コーレニは現在、リャビーナ市に単身赴任中。ロークの祖父と母は、まだレーチカ市のパドスニェージニク議員宅で居候中だとわかった。
「どうにかして接触ったって……」
「会社の場所はわかるけど、まさか正面から訪ねてくワケ、いかないよな?」
読み終えた二人は、途方に暮れて顔を見合わせた。
☆レノとスキーヌムの三人でお遣いに来た時……お遣い「1297.やさしい説明」~「1304.もらえるもの」、神殿「1307.すべて等しい」~「1313.檻から出ても」参照
☆ラキュス湖が干上がって……「542.ふたつの宗教」「671.読み聞かせる」「874.湖水減少の害」参照
☆神話の時代の砂の海……「684.ラキュスの核」参照
☆リベルタース国際貿易株式会社……「569.闇の中の告白」「570.獅子身中の虫」「624.隠れ教徒一覧」「1430.東への玄関口」参照
☆モースト市……「352.王国領の被害」「371.真の敵を探す」「395.魔獣側の事情」参照
☆ラクリマリス王国軍の北ヴィエートフィ大橋を守る国境守備隊と、軍を相手に商売する個人商店が幾つかあるだけ……「299.道を塞ぐ魔獣」~「302.無人の橋頭堡」「395.魔獣側の事情」参照
☆ディケア共和国の内戦……「721.リャビーナ市」「727.ディケアの港」「728.空港での決心」「751.亡命した学者」「874.湖水減少の害」「0938.彼らの目論見」「1027.工業団地計画」参照
☆フラクシヌス教徒の自治区……「728.空港での決心」「1400.攻撃対象選定」参照
☆自治区にも出入りして商談……「0035.隠れ一神教徒」参照
☆姉のクフシーンカから名簿をもらう……「582.命懸けの決意」「679.信仰は色々で」参照
☆コーレニは現在、リャビーナ市に単身赴任中……「796.共通の話題で」参照
☆レーチカ市のパドスニェージニク議員宅で居候……「654.父からの情報」「655.仲間との別れ」「691.議員のお屋敷」「694.質問を考える」~「696.情報を集める」、居候継続「724.利用するもの」参照




