1432.広場の掲示板
リャビーナ港と倉庫街は、一般車両進入禁止の看板がそこかしこにあった。
倉庫会社などの私道もあるが、リャビーナ市港湾整備監理局の監理区域の表示が多い。
それでなくとも、トレーラーや大型トラックの交通量が多く、身の危険を感じる程だ。ゼルノー市にも港はあったが、リャビーナ市とは規模が比べ物にならない。
……成程。こんなとこで一般人にウロチョロされたら邪魔だよな。
DJレーフが運転するワゴン車は、無事にコンテナ集積場が見える場所に出た。
「ここから見えるコンテナ、メモしてくれる? 俺とアビエースさんは、あっちの死角になるとこ見て来るから」
「了解」
魔法使い二人は服の【耐寒】などに守られ、真冬の吹き晒しでも平気だ。
こんなことまで行動に差がつく。レノは、力なき民の無力さを思い知らされ、心に暗い澱みができた。
動かなければ、湖東語表記でも、見たままを書き写せば何とかなる。ソルニャーク隊長が早速、窓越しに目を凝らして、コンテナの社名をメモし始めた。
レノは、隊長とは反対側の集積場に目を向けた。
見える範囲に積み重ねられたコンテナは、全て湖東語表記。社章も初めて目にするものばかりだ。
湖東地方の物流企業が、これ程までに浸透していたなどとは全く思いもよらず、困惑に不快感が混じった。
……でも、リャビーナの人たちは、他所より安く……平和な頃と同じくらいの値段で生活必需品が手に入るんだよな。
クーデターから逃れた都民が流入し、急激に人口が増えたにも拘らず、レーチカ市などのように物価が暴騰しなかったのだ。
湖東地方からの流通がなければ、ここも大量の生活困窮者が発生しただろうと思うと、何も言えなくなってしまう。
……でも、国交がないディケアの商品まで流通してるのって、星の標が一枚噛んでる気がするんだよな。
魔法使いの二人が車内に戻り、四人で状況を説明し合うと、ソルニャーク隊長が表情を動かさずに予想を口にした。
「どうやら、日常接する商品で、湖東地方への好印象を擦り込み、力なき民から改宗の抵抗感をなくす計画のようだな」
「クルィーロ君たちに会社情報を調べてもらったら、ハッキリするだろうね」
DJレーフはそれだけ言うと、オフィス街にハンドルを切った。
五階建て程度のビルが並ぶ区画に入ると、大型車両が減って歩道の幅が広くなった。街区毎にちょっとした広場が設けられ、【跳躍】許可地点がある。
DJレーフが路肩に停めた。
コイン駐車機を使って今回は四人とも降りる。
「これは戦争前と同じ値段なんだな」
「車の免許がないんでわかりませんが、そうなんですか?」
老漁師アビエースが、意外そうに緑の目を丸くする。
「戦争でも場所代は変わんないでしょうからね」
「首都から避難した車輌が流入しても、燃料の高騰で気軽に移動できん。月極はともかく、路上の一時使用の需要は大して変わらんだろうからな」
「へぇー」
レノは、ソルニャーク隊長の頭の回転の速さに尊敬と羨望、自己嫌悪が入り混じり、どんな顔をすればいいかわからなくなった。
歩道を行き交う人々は、背広姿の会社員や、どこかの制服を着た事務員、配達の荷物を抱えた業者が多く、レノたちは場違いな感じがする。
何となく居心地が悪くなり、レノは三人の背中だけを見て歩いた。
広場の中央には、枝を広げた樫の大木がある。
ネモラリス島は半世紀の内乱時代、ウヌク・エルハイア将軍に守られ、アーテル地方を飛び立った爆撃機の空襲には遭わなかった。
根の周りは、石積みが薄い木陰と同じ直径の円を描いて囲む。腰くらいの高さで座るのに丁度よさそうだが、呪印が刻まれ、腰掛けてはいけない雰囲気だ。
樹齢何百年かわからないが、冬の薄日を遮る枝葉の下に人の姿はない。
会社員や配達員たちは、少し離れた【跳躍】許可地点を忙しなく行き交う。
「掲示板だ」
いつの間にか反対側に回り込んだ隊長が手招きする。
太い幹に遮られて見えなかったが、掲示板の前には先客が五人も居た。みんな、お世辞にも裕福には見えない。レノたちと似たり寄ったりの私服だ。
何となく安心して、肩越しに掲示板を見た。
アビエースが斜め前で熱心にメモを取る。
役所のお知らせは、中小企業向けの無利子融資の要件、他は求人広告らしい。老いた漁師が書くのは役所のお知らせだ。
レノは自分の顔と右端の求人を指差し、隊長とレーフに目配せした。二人ともわかってくれ、隊長は真ん中、レーフは役所の告知の隣にある分をメモし始める。
レノの前から人が居なくなり、一歩進んで楽に書けた。
リベルタース国際貿易株式会社の事務員募集で、簿記と共通語は二級以上、タイプライター必須。性別は問わないが、経験者優遇とある。連絡先は、同社のネモラリス支社人事部で、所在地はこの近所だ。
レノの前に居た人物は、広場に隅にある電話ボックスに入った。
他は、ネモラリス運輸株式会社の運転手募集で、大型免許必須。こちらも経験者優遇。オースト倉庫株式会社の入出庫作業員。フォークリフト免許必須で力なき民優先だ。
書き終えたDJレーフがわざとらしく溜め息を吐く。
「これ、フォークリフトじゃなくて【軽量】とか【重力遮断】の方がいいと思うんだけどな」
「兄ちゃんもそう思うか。俺ら、教習所へ通うカネもないのに、こんな」
「あー……ここの求人、いっつもこうなんだ」
「次行こう、次!」
先客たちは一頻り文句を垂れると、広場を後にした。
反対側の出入り口には街区の地図があった。ビルの名称はあるが、社名はない。
街区を徒歩で一周し、雑居ビルでリベルタース国際貿易、一階が車庫の自社ビルでネモラリス運輸を発見。最後にオースト倉庫の自社ビルの位置を確認して、みんなが待つウーガリ古道の休憩所へ戻った。




