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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1431.商品棚の事情

 DJレーフは、幹線道路脇の量販店にワゴン車を入れた。

 平日の開店直後で、駐車場はガラガラだ。リャビーナ市を南北に貫く六車線道路が見える位置に停める。


 「買物すれば、駐車料金無料だってさ。何か要る?」

 「物価の調査も兼ねて食料品とか買います。アビエースさん、いいですか?」

 「いいよ」

 「では、我々はトレーラーのコンテナから社名を読み取ろう」


 幹線道路を挟んで東側は倉庫街、西は官庁街やオフィス街から商業地区に続く。



 レノと老漁師アビエースは、DJレーフとソルニャーク隊長に通行車両の観察を任せ、買物袋と手帳を手に店へ入った。

 まずは売場の案内図を確認する。

 工具や文房具、トイレットペーパーなどの日用品が主で、食料品は缶詰や飲料だけだ。

 「会社や工場向けのお店みたいですね」

 「そうだね」


 ちらほら見える買物客は、工員や事務員らしき制服ばかりだ。


 商品棚はどれもぎっしり詰まる。

 何事もなかったような充実ぶりで、レノは一瞬、外国かと錯覚した。

 臨時政府があるレーチカ市や、ネモラリス島西部の大都市ギアツィントよりずっと品揃えがよく、値段も安い。社用で訪れる買物客は誰も店員に値引き交渉せず、店内に怒号が轟くこともなかった。


 「あるとこには、あるんですね」

 老漁師アビエースが、レノの遣る瀬ない呟きに頷いてノートを手に取った。裏表紙を見て固まる。

 レノもメモ帳を見た。

 「ディケア製……って?」



 ディケア共和国は、数年前に内戦が終結したばかりの隣国だ。

 キルクルス教徒が政権を掌握し、フラクシヌス教徒を弾圧するので、ネモラリス政府はこの新政府と国交を回復させなかった。



 ノートもメモ帳も、戦争前と同じ値段だ。便箋とレポート用紙はノチリア共和国製、糊やテープはジゴペタルム製で、値段は開戦前と同じか、少し安い。どれも、レノの知らないメーカーだ。

 アビエースが、品名、値段、原産国名を手帳に控える。

 レノは、反対側の棚でバラ売りの製図用具を見た。使い減りしない物は、国産品やアミトスチグマ製が、以前と同じ値段で売られる。微妙な気持ちでメモした。


 ……戦争前の在庫が、まだあるってコトなんだろうけど。


 工具売場と日用品売場も同じ傾向で、工具の中にはバルバツム連邦製まである。



 二人は言葉少なに飲料品売場へ移動した。

 瓶や缶、紙パック入りの長期保存飲料専門で、牛乳などのナマモノや酒類はない。業務用のまとめ売りだけらしく、バラ売りはなかった。

 この売場も、他所の都市よりかなり安く、見たことないメーカーの品がずらりと並ぶ。ケースの商品名や原材料等の表示は、湖東語が多く、湖南語訳のシールが貼り付けてあった。


 ……安いのは助かるけど、国交がないのにどうやって仕入れたんだ?


 流石にここでは口に出せず、黙々とメモを取る。

 アビエースを目顔で促し、食料品売場に移動した。


 ここも、乾物や缶詰などの保存食だけで、生鮮食品はない。

 小麦は二十キロ入りの業務用サイズで、家庭用の一キロ以下の小袋はひとつもなかった。これも湖東語の産地表記が並び、レノが読めない袋には、湖南語訳のシールが、棚から動かさなくても見える所に貼ってある。

 小麦価格は、開戦前の数倍だ。

 それでも、レーチカ市やギアツィント市などで見た数十倍より遙かにマシで、レノはだんだん惨めになってきた。



 友好国のラクリマリス王国や、アミトスチグマ王国は、ネモラリス難民の流入で食糧価格が上がった。

 アミトスチグマより西の国々は、湖上封鎖によって迂回を余儀なくされ、余分に掛かった輸送費を商品代金に上乗せする。


 ……仕方ないのはわかってるけど。


 アビエースと手分けしてメモして、缶詰売場に行く。

 案の定、肉や野菜の缶詰も、湖東地方や、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国産だ。

 魚の缶詰は国産。それも、リャビーナ工場の製造で、他地域の物はない。三十個入りの段ボール箱をショッピングカートに乗せ、乾物売場へ行く。


 乾燥野菜は、地場産の商品があるにはあるが、数が少ない上に割高で、安いのは全て湖東地方からの輸入品だ。

 パスタの製造はリャビーナ工場が多いが、小麦の原産国は表示義務がない為、記載がなかった。値段の安さからして、輸入小麦の気がする。



 会計を済ませてワゴン車に戻った。

 DJレーフが後部ハッチを開け、荷台に積み込むのを手伝いながら聞く。

 「おかえり。……二人とも顔暗いけど、何かあった?」

 「それが……」

 レノとアビエースはワゴン車に乗り込んでから、売場の様子を説明した。


 ソルニャーク隊長が嘆息する。

 「この店だけなのか、リャビーナ市全体の傾向か、調査が必要だな」

 「国産品が少ないのは仕方ないとは思うけど、食料品以外のアミトスチグマ製が少ないのは気になるな」

 「マリャーナさんの会社、リャビーナ市の会社にいっぱい輸出してるって言ってましたよね」

 レノが言うと、年上の三人は難しい顔で頷いた。

 総合商社パルンビナ株式会社は、手を尽くして麻疹(はしか)ワクチンまで仕入れ、アミトスチグマ王国から輸出してくれたのだ。



 ワゴン車が幹線道路を南下する。

 乗用車より、大型トラックやトレーラーの方が多く、圧迫感があった。


 「そっちはどうでした?」

 「コンテナの社名は六割方、湖東語で読めなかった。残りは何とか控えたが、二割程度はオースト倉庫株式会社だ」

 「えっと、クルィーロに写真撮ってもらって、ファーキル君たちに調べてもらった方がよさそうですね」

 ソルニャーク隊長の苦い顔につられて、レノも顔が引き攣った。


 ……こんなコトで湖東語の勉強が必要になるなんてな。


 高校までに習う外国語は共通語だけで、湖東語は大学の選択授業か語学教室で習うしかない。


 「じゃあ、他の量販店は明日、クルィーロ君に来てもらって、今日のところは港と倉庫街を見に行きませんか?」

 「そうですね。一箇所にあまり時間を掛けるより、今日は全体の傾向をざっと見て、後で個別に詳しく確認した方がいいでしょう」

 アビエースの遠慮がちな提案をソルニャーク隊長が肯定し、DJレーフはワゴン車を東へ向けた。

☆値引き交渉/店内に怒号が轟く……レーチカ市「640.脱出する車列」「647.初めての本屋」、ギアツィント市「782.番宣ポスター」、首都クレーヴェル「575.二カ国の新聞」カーメンシク市「1041.治安と買い物」参照

☆ディケア共和国……「696.情報を集める」「727.ディケアの港」「728.空港での決心」「751.亡命した学者」参照

☆ディケア製……「0966.中心街で調査」参照

☆小麦価格……レーチカ市とギアツィント市「780.会社のその後」「805.巡回する薬師」「832.進まない捜査」、ヴィナグラート市「824.魚製品の工場」参照

☆湖上封鎖によって迂回を余儀なくされ、商品代金に余分に掛かった輸送費を上乗せ……「0181.調査団の派遣」参照


☆マリャーナさんの会社=総合商社パルンビナ株式会社

 木材……「729.休むヒマなし」「1185.変わる失業率」参照

 ワクチンの原料……「1267.伝わったこと」「1286.接種状況報告」参照

 その他……「807.諜報員の作戦」「825.たった一人で」参照


☆国交がないのにどうやって仕入れ/湖東地方や、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国産……「0972.演説する議員」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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