1431.商品棚の事情
DJレーフは、幹線道路脇の量販店にワゴン車を入れた。
平日の開店直後で、駐車場はガラガラだ。リャビーナ市を南北に貫く六車線道路が見える位置に停める。
「買物すれば、駐車料金無料だってさ。何か要る?」
「物価の調査も兼ねて食料品とか買います。アビエースさん、いいですか?」
「いいよ」
「では、我々はトレーラーのコンテナから社名を読み取ろう」
幹線道路を挟んで東側は倉庫街、西は官庁街やオフィス街から商業地区に続く。
レノと老漁師アビエースは、DJレーフとソルニャーク隊長に通行車両の観察を任せ、買物袋と手帳を手に店へ入った。
まずは売場の案内図を確認する。
工具や文房具、トイレットペーパーなどの日用品が主で、食料品は缶詰や飲料だけだ。
「会社や工場向けのお店みたいですね」
「そうだね」
ちらほら見える買物客は、工員や事務員らしき制服ばかりだ。
商品棚はどれもぎっしり詰まる。
何事もなかったような充実ぶりで、レノは一瞬、外国かと錯覚した。
臨時政府があるレーチカ市や、ネモラリス島西部の大都市ギアツィントよりずっと品揃えがよく、値段も安い。社用で訪れる買物客は誰も店員に値引き交渉せず、店内に怒号が轟くこともなかった。
「あるとこには、あるんですね」
老漁師アビエースが、レノの遣る瀬ない呟きに頷いてノートを手に取った。裏表紙を見て固まる。
レノもメモ帳を見た。
「ディケア製……って?」
ディケア共和国は、数年前に内戦が終結したばかりの隣国だ。
キルクルス教徒が政権を掌握し、フラクシヌス教徒を弾圧するので、ネモラリス政府はこの新政府と国交を回復させなかった。
ノートもメモ帳も、戦争前と同じ値段だ。便箋とレポート用紙はノチリア共和国製、糊やテープはジゴペタルム製で、値段は開戦前と同じか、少し安い。どれも、レノの知らないメーカーだ。
アビエースが、品名、値段、原産国名を手帳に控える。
レノは、反対側の棚でバラ売りの製図用具を見た。使い減りしない物は、国産品やアミトスチグマ製が、以前と同じ値段で売られる。微妙な気持ちでメモした。
……戦争前の在庫が、まだあるってコトなんだろうけど。
工具売場と日用品売場も同じ傾向で、工具の中にはバルバツム連邦製まである。
二人は言葉少なに飲料品売場へ移動した。
瓶や缶、紙パック入りの長期保存飲料専門で、牛乳などのナマモノや酒類はない。業務用のまとめ売りだけらしく、バラ売りはなかった。
この売場も、他所の都市よりかなり安く、見たことないメーカーの品がずらりと並ぶ。ケースの商品名や原材料等の表示は、湖東語が多く、湖南語訳のシールが貼り付けてあった。
……安いのは助かるけど、国交がないのにどうやって仕入れたんだ?
流石にここでは口に出せず、黙々とメモを取る。
アビエースを目顔で促し、食料品売場に移動した。
ここも、乾物や缶詰などの保存食だけで、生鮮食品はない。
小麦は二十キロ入りの業務用サイズで、家庭用の一キロ以下の小袋はひとつもなかった。これも湖東語の産地表記が並び、レノが読めない袋には、湖南語訳のシールが、棚から動かさなくても見える所に貼ってある。
小麦価格は、開戦前の数倍だ。
それでも、レーチカ市やギアツィント市などで見た数十倍より遙かにマシで、レノはだんだん惨めになってきた。
友好国のラクリマリス王国や、アミトスチグマ王国は、ネモラリス難民の流入で食糧価格が上がった。
アミトスチグマより西の国々は、湖上封鎖によって迂回を余儀なくされ、余分に掛かった輸送費を商品代金に上乗せする。
……仕方ないのはわかってるけど。
アビエースと手分けしてメモして、缶詰売場に行く。
案の定、肉や野菜の缶詰も、湖東地方や、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国産だ。
魚の缶詰は国産。それも、リャビーナ工場の製造で、他地域の物はない。三十個入りの段ボール箱をショッピングカートに乗せ、乾物売場へ行く。
乾燥野菜は、地場産の商品があるにはあるが、数が少ない上に割高で、安いのは全て湖東地方からの輸入品だ。
パスタの製造はリャビーナ工場が多いが、小麦の原産国は表示義務がない為、記載がなかった。値段の安さからして、輸入小麦の気がする。
会計を済ませてワゴン車に戻った。
DJレーフが後部ハッチを開け、荷台に積み込むのを手伝いながら聞く。
「おかえり。……二人とも顔暗いけど、何かあった?」
「それが……」
レノとアビエースはワゴン車に乗り込んでから、売場の様子を説明した。
ソルニャーク隊長が嘆息する。
「この店だけなのか、リャビーナ市全体の傾向か、調査が必要だな」
「国産品が少ないのは仕方ないとは思うけど、食料品以外のアミトスチグマ製が少ないのは気になるな」
「マリャーナさんの会社、リャビーナ市の会社にいっぱい輸出してるって言ってましたよね」
レノが言うと、年上の三人は難しい顔で頷いた。
総合商社パルンビナ株式会社は、手を尽くして麻疹ワクチンまで仕入れ、アミトスチグマ王国から輸出してくれたのだ。
ワゴン車が幹線道路を南下する。
乗用車より、大型トラックやトレーラーの方が多く、圧迫感があった。
「そっちはどうでした?」
「コンテナの社名は六割方、湖東語で読めなかった。残りは何とか控えたが、二割程度はオースト倉庫株式会社だ」
「えっと、クルィーロに写真撮ってもらって、ファーキル君たちに調べてもらった方がよさそうですね」
ソルニャーク隊長の苦い顔につられて、レノも顔が引き攣った。
……こんなコトで湖東語の勉強が必要になるなんてな。
高校までに習う外国語は共通語だけで、湖東語は大学の選択授業か語学教室で習うしかない。
「じゃあ、他の量販店は明日、クルィーロ君に来てもらって、今日のところは港と倉庫街を見に行きませんか?」
「そうですね。一箇所にあまり時間を掛けるより、今日は全体の傾向をざっと見て、後で個別に詳しく確認した方がいいでしょう」
アビエースの遠慮がちな提案をソルニャーク隊長が肯定し、DJレーフはワゴン車を東へ向けた。
☆値引き交渉/店内に怒号が轟く……レーチカ市「640.脱出する車列」「647.初めての本屋」、ギアツィント市「782.番宣ポスター」、首都クレーヴェル「575.二カ国の新聞」カーメンシク市「1041.治安と買い物」参照
☆ディケア共和国……「696.情報を集める」「727.ディケアの港」「728.空港での決心」「751.亡命した学者」参照
☆ディケア製……「0966.中心街で調査」参照
☆小麦価格……レーチカ市とギアツィント市「780.会社のその後」「805.巡回する薬師」「832.進まない捜査」、ヴィナグラート市「824.魚製品の工場」参照
☆湖上封鎖によって迂回を余儀なくされ、商品代金に余分に掛かった輸送費を上乗せ……「0181.調査団の派遣」参照
☆マリャーナさんの会社=総合商社パルンビナ株式会社
木材……「729.休むヒマなし」「1185.変わる失業率」参照
ワクチンの原料……「1267.伝わったこと」「1286.接種状況報告」参照
その他……「807.諜報員の作戦」「825.たった一人で」参照
☆国交がないのにどうやって仕入れ/湖東地方や、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国産……「0972.演説する議員」参照




