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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第八章 北へ

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147/3512

0147.霊性の鳩の本

 三人は、警察署の正面玄関から大通りに出た。

 細かい瓦礫にタイヤ跡がある。ここで何度もUターンしたようだ。


 ……車で移動したってコトは……橋……渡れるのか?


 期待に胸が高鳴る。


 道なりに歩き、消防署と区役所も覗いてみた。

 消防署は防火標語の看板、区役所は玄関前に置いた椅子に警察と同じ内容の貼り紙がある。

 どちらも、住民が身を寄せた形跡はあるが、今は無人だ。


 「まぁ、でも、ここまで来れば車が通れますし、思ったより楽そうですね」

 ロークは歩きながら努めて明るい声で言った。

 大人二人は曖昧な声を出すだけで反応が薄い。

 ロークは(いぶか)しく思いながらも、タイヤ跡を踏んで先へ進んだ。


 ゼルノー市役所は、前庭にも避難民が溢れたらしい。

 あちこちに生活の痕跡がある。元々あったゴミ箱周辺にゴミの山が築かれ、今は雑妖の巣だ。

 建物は原型を留めるが、ここも今は無人だ。


 玄関ホールを入ってすぐの所に移動式の小さな掲示板が置いてある。貼り紙は、これまで見たのと同じで、日付だけが一日遅く「二月五日現在」だ。

 ガラス片は隅に寄せてある。

 書き物台の下に取り残されたウサギのぬいぐるみが一匹。

 市役所は、空襲後もしばらく業務を続けたのか、カウンター内は少し片付けてあった。



 隣の区民図書館に入る。

 窓に近い書架が倒れ、本は散乱するが、【耐火】や【魔除け】はまだ有効で、他に異状はない。

 風がないだけで随分、暖かく感じる。もしかすると、これも魔法の効力なのかもしれない。

 市役所と同じキャスター付きの小さな掲示板に例の貼り紙もあった。


 アウェッラーナが、受付カウンター脇の案内板を見る。ロークも湖の民の隣に立ち、魔道書コーナーを探した。

 「二階……か」

 ソルニャーク隊長が呟き、階段へ向かう。


 ロークは驚いて後を追った。

 キルクルス教徒の隊長が、こんな用件で率先して動くとは思わなかった。

 アウェッラーナも同感らしく、階段を昇ってきた顔に困惑が満ちる。棚の表示に素早く視線を走らせ、すぐに目当ての本がある書架に駆けて行った。


 ロークも、アウェッラーナが居る書架の前に立った。【霊性の(ハト)】学派の本が収めてある。入門書を手に取りパラパラめくってみた。



 【霊性の鳩】学派の術は、日々の生活で使うものが多い。

 誰もが必要とし、修得する術だ。

 一般の術者で、この学派の(しるし)を身に着ける者は居ない。

 強力な術はないが、その用途は多岐にわたる。

 数は膨大で、全てを修められる者は滅多に居ない。大部分を修め、或いは新しい術を開発した導師だけが、【霊性の鳩】の徽を着ける。

 挿絵(By みてみん)

 ロークは本を閉じて、書架をざっと見た。この学派だけで書架がふたつ埋まる。

 数が多過ぎて分類の仕方が定まらないのだろう。

 大衆向けの実用書風の背表紙の数々にロークは苦笑した。アウェッラーナが手にするのは、「楽々引越し【霊性の鳩】活用術」だ。


 「じゃあ、すぐ書き写しますから、少し待ってて下さい」

 「えっ? その本、借りて行かないんですか?」


 アウェッラーナは中央の机に向かう足を止めず、ロークに答えた。

 「魔法関係の本には大抵、【渡る白鳥】学派の【制約】とかが掛かってるんですよ」

 「……せいやく?」

 「勝手に持ち出すと、呪いが発動します」

 「信用がないのだな」

 ソルニャーク隊長が苦笑を洩らす。

 「……色々あるんですよ」

 アウェッラーナは席に着き、コートのポケットから手帳とペンを取り出した。


 ロークはもう一度、改めて書架を見た。

 掃除、洗濯、皿洗い、料理、術を使ったレシピ、護身、連絡、移動、引越し、模様替えと言った用途別の本がずらりと並ぶ。「夏を快適に」など季節別の活用法、別学派の術との組合せシリーズ、誰でも使える術シリーズもある。


 ロークは、「誰でも使える」の文字に釘付けになった。


 レノの求める答えが全十五巻にまとまる。

 子供向けの「はじめてのまほう」シリーズには、「ハトのまほうで、おうちのおてつだいをしよう」と、用途別の魔法の種類とその呪文、注意点などが、簡単な言葉で解説してある。


 よくある失敗例と、正しい方法を物語形式で書いた絵本も、たくさんある。

 子供に魔法の使い方を教える(しつけ)の本も、数えきれないくらいあった。


 ……カンケーないと思って気にしなかったけど、魔法使いの人たちにとっちゃ、フツーに生活の一部なんだな。


 同じ国に住んで、普段は同じ言葉を話し、教室では一緒に机を並べる。

 こんなに身近に居るのに、とても遠い。


 ロークは、護符を握りしめた。

 ヴィユノークは魔法の護符を作ってくれた。この護符は、ロークを何度も守ってくれた。なのに、魔法使いと言う気がしなかった。作用力がなくても、彼は立派に魔法使いだった。


 ロークは、魔法使いのことを何も知らない。知ろうともしなかった。


 ヴィユノークは、魔力はあっても作用力がないことで、しょっちゅう愚痴を(こぼ)した。卒業後の進路を【編む葦切(ヨシキリ)】学派の職人に決めた時、珍しく真剣に語った。

 ずっと、作用力がないことを悩んでいたのではないか。


 今なら、そう思える。

 魔法が使えないことで、命が(おびや)かされる今なら、ヴィユノークの苦しみがよくわかる。


 公共の建物は空襲でも焼けず、避難民を一時保護した。

 多分、いつもの生活でも、ロークは知らずに魔術の恩恵を受けていた。

 改めて思い起こすと、いつも【魔除け】で守られていたのだ。


 この土地では、人の暮らしと命を守る為に、魔法が必要なのだ。

 それを一括(ひとくく)りに「()しき(わざ)」と呼ぶことに違和感を覚えていた。


 ……でも、じいちゃんたちに怒られるから、ちゃんと知ろうとしなかった。魔法で守られてるって、気付かないフリをしてたんだ。


 今まで何をしていたのか。自己嫌悪に心が沈む。


 「レノ君が求めているのは、これだろう。後でわかりやすいように、机に出してあげるといい」

 ソルニャーク隊長が、誰でも使えるシリーズの護身の巻を指差す。流石(さすが)に、自分で魔道書に触ることには、抵抗があるらしい。

 ロークはその一冊を抜き取り、アウェッラーナの(そば)へ行った。

 学派の詳しい説明は「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説07.学派」をご参照ください。


☆警察と同じ内容の貼り紙……「0146.警察署の痕跡」参照

☆ヴィユノークは、魔法の護符を作ってくれた……ヴィユノーク「0034.高校生の嘆き」「0068.即席魔法使い」、護符を作った「0131.知らぬも同然」参照

☆護符は、ロークを何度も守ってくれた……「0070.宵闇に一悶着」「0071.夜に属すモノ」「0096.実家の地下室」「0131.知らぬも同然」参照


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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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