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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1430.東への玄関口

 移動放送局プラエテルミッサの一行は、先にリャビーナ市で調査すると決めた。


 放送許可の地域制限に引っ掛かるのは確実だ。

 無許可で放送して警察沙汰になるのは、もう懲り懲りだった。

 だが、逓信省(ていしんしょう)リャビーナ地方管理局が、隠れキルクルス教徒の息が掛かった議員の支配下なら、許可を得るどころか、面倒なことになり兼ねない。


 クルィーロたちが、タブレット端末に入れてもらった報告書で、ロークが書いた部分を読み返し、まずはリャビーナ港を調べることになった。


 「お兄ちゃん、気を付けてね」

 「ありがと。ピナとティスも薬草摘み、あんまり遠くへ行くんじゃないぞ」

 「うん。わかってる」

 「いってらっしゃい」


 妹たちに見送られ、レノはDJレーフがハンドルを握るワゴン車に乗り込んだ。

 続いて助手席に緑髪の老漁師アビエース、後部座席にソルニャーク隊長が乗る。



 運び屋フィアールカに頼んで、偽造ナンバープレートと、放送局のロゴを隠す大型ステッカーを用意してもらった。

 老漁師アビエースが同族の手腕にしみじみ感心する。

 「運び屋さんと言うのは、本当に色々運ぶんですね」

 「ネモラリスの偽造ナンバーまで用意できるなんて、フィアールカさんの人脈、どうなってんだ?」

 「ま、助かってんだし、いいんじゃない?」

 DJレーフがバックミラー越しに苦笑を寄越す。

 「あ、いえ、別に悪い意味で言ったんじゃなくて、ホント、どうなってるんだろうって」

 レノは慌てて顔の前で両手を振った。

 彼女の働きがなければ、ランテルナ島でも面倒なことになった可能性が高い。出所や手段はともかく、感謝の気持ちはあった。



 DJレーフが、巧みなハンドル(さば)きでウーガリ古道を南下する。

 古い街道は交通量が少なく、【魔除け】の敷石の隙間は枯草がびっしりだ。タイヤの下で草が轢き潰され、草の根に押し上げられた敷石がガタガタ揺れる。


 ……夏でなくてよかった。


 こんなに荒れても、地脈の力と通行人の魔力を使う魔法の防護は失われないらしい。旧街道には常緑樹が競うように枝を伸ばすが、冬の薄日が遮られても、雑妖のカケラひとつ視えなかった。


 一台の対向車ともすれ違うことなく、リャビーナ市へ降りる一般道に出た。

 DJレーフは、アスファルトに変わった山道を慎重に曲がる。車道の両脇には、等間隔で【魔除け】の石碑が見えた。



 山裾から続く高台の一般道からは、リャビーナ市が一望できる。

 ラキュス湖の水平線上を大きな船が何隻も行き交う。

 水平線の彼方にあるのは、湖東地方の国々だ。長引く内戦や、紛争による国家分裂などで、政情不安定な国が多く、ネモラリス政府が正式に外交関係を結んだ国はない。

 だが、ロークの報告書によると、国交のない国で経済活動を展開する企業が存在する。例えば、オースト倉庫株式会社だ。


 東に拓けたリャビーナ港は、湖上封鎖が敷かれる現在、南の大国アミトスチグマ王国への玄関口でもある。


 港湾地区には、倉庫会社や工場街が連なり、幹線道路が南北に走る。

 その西に低層ビルが林立するオフィス街や官庁街、商業地区が続き、住宅街が緩やかな斜面を駆け上がる。住宅街は山裾に近付くにつれ、畑が増えた。


 ワゴン車は防壁の西門を通り、芽吹いたばかりの麦畑や収穫を待つ冬野菜の畑、ビニールハウスの間を抜けて東へ急ぐ。

 畑仕事に精を出す人々の様子は、戦争中とは思えないくらい落ち着いて見えた。


 道路地図を見た限り、幹線道路はリャビーナ市内のみを走る。防壁の南では、急に山側へ向かって折れ、細くなった。


 「都市間の輸送は、船を使うようだな」

 「まぁ、そうでしょうね。車は燃料を輸入しなきゃなんないけど、魔道機船なら国内だけで人手を賄えますから」

 DJレーフが赤信号で停まり、ソルニャーク隊長をバックミラー越しに見て答えを口にした。


 「そっか。船乗りさんって、みんな魔法使いなんですね」

 レノが何となく漏らした呟きは、自分で思う以上に悲しく響いた。

 助手席の老漁師アビエースが、肩越しに振り向く。

 「大きい船は、力なき民の無線技士が居るそうだよ」

 「えっ? そうなんですか? イザと言う時、自力で身を守れないから、ダメだと思ってました」

 「昔はそうだったけど、半世紀の内乱が終わってから、人手不足の影響で規制緩和があったんだよ」

 半世紀の内乱を生き延びた湖の民の漁師が、約三十年前、新聞を賑せた騒動を昨日のことのように語る。



 長らく続いた内戦は、国連の仲裁で国を分割し、ようやく終結した。

 死亡や国外流出などで多くの人材が失われ、また、半世紀に亘る内戦は、子供たちから教育の機会を奪った。

 アビエースの妹アウェッラーナのように、近所の専門家から細切れにでも知識と技術を授けられた例は、希有な幸運だったと思い知らされた。


 特にネモラリス共和国領となったネーニア島北部では、主神派の力ある陸の民がラクリマリス王国領となった南部へ移住し、逆に南部からは、王国領に居られなくなった女神派の力なき陸の民が流入した。


 内乱中は各勢力が入り乱れて魔法や近代兵器で戦い、畑や漁港、工場や個人の工房など、多数の生産拠点が破壊された。辛うじて残ったところで、細々と生産活動が続くが、到底足りない。


 復旧・復興が進む間、輸入で凌ぐのは当然の流れだ。


 だが、僅かに残った貨物船も、操船の人手が足りなかった。魔道機船を動かせる人材の育成は、一朝一夕に成るものではない。人手不足の解消を急ぐ荷主と船会社が国会に働き掛け、法案の作成が始まった。



 「それが新聞に載ったら、船乗りや荷役の労働組合が反対したんだよ」

 「人手不足を解消した方が、楽になると思いますけど?」

 レノが首を(ひね)ると、ソルニャーク隊長が話に加わった。

 「現場は人手不足でただでさえ忙しかったのだろう? 魔法を使えない素人が、数合わせで投入されたのでは足手纏いだ。教育や訓練を充分できるなら別だが」

 「えぇ。当時の組合も、会社がいきなり現場に放り込むのを心配してました」



 労働問題に詳しい弁護士や、労働者の人権擁護を(うた)う団体が、反対運動を展開した。

 現職の船乗りたちも、魔法を使えるからと言って魔物と戦えるワケではなく、船上で力なき民の安全を確保できない、と反対した。


 当時のラキュス湖南部は、湖底に沈んだ船舶や航空機の残骸が船底や漁網を食い破り、王家の使い魔ではない野生の魔物や、死者の怨念に憑かれた魔物が蔓延(はびこ)り、現在より遙かに危険だった。


 しかし、ラクリマリス領から流入した力なき陸の民は、職も住居もなく、危険を承知で、とにかく働き口を求めた。

 彼らを食糧援助などで支える人権団体も、このままでは生活苦で自殺者が出る、と法案の策定を急がせた。


 両者は互いに反対運動を展開し、特に東の玄関口であるリャビーナ市では、デモが頻発した。



 「ここで?」

 レノは、車窓に目を向けた。

 ワゴン車は住宅街に入り、車道の両脇には小さな庭付き一戸建てが続く。

 老漁師アビエースは、助手席で身を(ねじ)って振り返った。

 「リャビーナは昔から、船会社や貿易会社が多くて、湖の民と陸の民が半々くらいだったんだよ」

 「では、船会社が、クレーヴェルの官僚や国会議員に規制緩和の圧力を掛けた、と?」

 「隊長さん、よくご存知ですね。そうなんですよ。ネーニア島北部に来た人たちは最初、北ザカート市やガルデーニヤ市で反対運動しましたが、ゼルノー市やトポリ市、首都やリャビーナにも飛び火したんです」

 アビエースは暗い顔で声を落とした。

 「デモ隊同志の睨み合いがあちこちで起きて、また、流血沙汰になるんじゃないかって冷や冷やしましたが……」



 見かねたのか、リベルタース国際貿易株式会社が両者の間に入った。マコデス共和国に本社を置く多国籍企業だ。

 同社のネモラリス支社は、船会社を中心とする企業側、船乗りの組合、力なき陸の民の求職者や人権団体など、立場の異なる者たちの意見を集めた。利害を調整した折衷案を取りまとめ、十万筆以上の署名と共に当時の運輸省に提出した。


 折衷案の全文が新聞各紙に掲載され、国全体で議論が交わされるに到る。二年近く揉め続けた件は、ようやく法案がまとまり、その後は拍子抜けする程あっさり審議が通って、現在の制度が成立した。



 「それで今は、魔道機船の船員養成校に力なき民用の訓練科ができて、三年間で湖上無線通信士の免許や、色んな資格を取った人だけが、魔法使いじゃなくても貨物船とかで働けるようになったんだ」

 「へぇー……」

 レノは、パン屋の跡継ぎだ。生まれてこの方、他の仕事に興味を持ったことがなく、他の職業に()く苦労など想像もつかなかった。



 信号に引っ掛かり、DJレーフが提案する。

 「じゃあ、港とオースト倉庫の後、オフィス街の辺りも探ってみようか」

 三人に異論はなく、まず港湾設備と倉庫街、それから帰りにオフィス街へ寄ると決まった。

☆放送許可の地域制限……「0980.申請方法調査」「0981.できない相談」「0985.第二位の与党」「0988.生放送の再開」「1414.放送の管轄区」参照

☆無許可で放送して警察沙汰……「0970.チェルニーカ」「0971.放送への妨害」参照

☆偽造ナンバープレートと、放送局のロゴを隠す大型ステッカー……「474.車のナンバー」「476.ふたつの不安」「479.千年茸の価値」参照

☆湖東地方の国々(中略)外交関係を結んだ国はない……「249.動かない国連」「291.歌を広める者」「370.時代の空気が」「696.情報を集める」「728.空港での決心」「751.亡命した学者」「752.世俗との距離」「766.熱狂する民衆」「771.平和の旗印を」「786.束の間の幸せ」「1086.政治の一手段」~「1088.短絡的皮算用」参照

☆国交のない国で経済活動を展開する企業/オースト倉庫株式会社……「727.ディケアの港」「0958.聖典を届ける」参照

☆アビエースの妹アウェッラーナ……「0005.通勤の上り坂」「266.初めての授業」「717.傲慢と身勝手」参照

☆ネモラリス共和国領となったネーニア島北部では(中略)力なき陸の民が流入した……「0966.中心街で調査」参照

☆リベルタース国際貿易株式会社……「569.闇の中の告白」「570.獅子身中の虫」「624.隠れ教徒一覧」参照


 ▼湖上封鎖の範囲

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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