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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十九章 交錯

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1428.客寄せの司祭

 「あの夏の事件以来、礼拝の参列者が大幅に減りました」

 レフレクシオ司祭は聖典を(そら)んじるような口調で語り始めた。


 「事件直後は、被害に遭われた信徒や教団関係者の為、たくさんの寄進があったそうです。しかし、大統領選挙の第二回予備選の後、(ほとん)どなくなったそうです」

 大聖堂から派遣された司祭は、ルフス光跡教会の台所事情を赤裸々に語る。



 昨夏の礼拝堂襲撃事件直後に寄せられた多額の寄付で、魔獣被害者の救済基金が設立された。

 初期の寄付金は、遺族への弔慰金、負傷者への医療費と見舞金、礼拝堂の特殊清掃と壊れた備品の調達で、全て(つい)えた。

 礼拝堂に侵入した魔獣が一頭だけだった為、直接の攻撃による死傷者の割合は、意外と高くない。魔獣を支配したポーチカとメドソースの怨霊が、攻撃対象を絞ったせいもあるだろう。

 避難の際、礼拝堂内の複数個所で発生した群衆雪崩の死傷者と、被害者の身内を含むPTSDが大半を占める。


 キルクルス教団アーテル支部が設立した魔獣被害者の救済基金は、早くも資金が枯渇寸前に陥った。


 「えっ? 何で? 世界中からカネ掻き集められるんじゃないの?」

 「アーテル支部はどうやら、事件を本部に報告しなかったようです」

 「あぁ、それで司祭様の端末、取り上げられたんですね」

 「教団本部にチクられないように?」

 魔法使いのラゾールニクが呆れる。

 レフレクシオ司祭は、苦り切った顔で首を縦に動かした。

 「恐らくそうでしょう。しかし、一般信徒の情報発信までは止められ」

 「止められますよ。アーテル共和国政府は、インターネット検閲を実施して、アクセスできるサイトも限られてますから」

 「あっ……」

 ロークに遮られ、バンクシア共和国出身のエリート司祭が固まった。


 ラゾールニクが、取り成すように可能性を提示する。

 「でも、アーテル人って、仕事や留学、それと観光とかで、よくバンクシアとかバルバツムに行くんだろ?」

 「えぇ。大聖堂へ巡礼する方々も」

 「アーテル政府は、外国でのアクセスまでは手出しできないみたいだけど、事件の後、国外に出て支援を要請した人って、居ないのかな?」

 ロークと司祭は、同時に息を呑んだ。


 「ラゾールニクさん、調べてもらっていいですか?」

 「いいよ。他の連中にも言っとく」

 本当に未調査なのか、司祭の手前そう言ったのか。

 軽いノリで答えた表情からは、窺えなかった。



 「話を戻そう。礼拝に出て、どうだった?」

 「流石に事件前より少ないですが、回を重ねる度に参列者は増えています。ご賢察通り、私は完全に客寄せです」

 ラゾールニクに答えた若手エリート司祭は、自嘲して肩を落とした。


 夜風がラキュス湖を渡り、水面の月光が砕ける。冬枯れの草がざわめいたが、テントに吹き込んだ風は、中の空気をぬるく掻き混ぜて消えた。

 魔法で守られたテントでなければ、力なき民のロークとレフレクシオ司祭は凍えてしまっただろう。


 「私が出れば、参列者が増え、彼らの危険が増します。それでも、私は……」

 「礼拝堂、アーテル軍の特殊部隊が居るのに?」

 ラゾールニクの声は、質問ではなく確認だ。

 「行き帰りに護衛がつくワケではありませんから」

 「あー……でも、出るんだ?」


 「この国の人々は、一命を賭してでも、信仰の真実を知りたいと願っておられるのです。星の囁きで寄せられる相談も、今は大半がそれです」


 「ほしのささやきって何?」

 フラクシヌス教徒のラゾールニクが聞くと、レフレクシオ司祭は説明を怠った件を詫びて答えた。

 「平たく言えば、礼拝後に行われる個別相談です」



 どこの教会にも、最低一部屋は「星の囁き」を行う防音室を備える。

 一人分の幅しかないカウンターと、椅子が一脚あるだけの狭い部屋だ。

 聖職者と信徒の間は、木製の仕切りで遮られる。仕切りには半月型の穴があり、辛うじて手が通る大きさしかない。カウンターに這いつくばっても、相手が座位を崩さない限り、顔は見えない。


 地元の常連が小さな教会に行けば、声で個人を特定できるが、都会の大きな教会で一見(いちげん)の信徒が相談する場合、自ら明かさない限り匿名性は守られる。


 聞き手の聖職者側は、星の囁きで知り得た内容を口外してはならない決まりだ。相談の秘密を漏らした場合、国によっては、守秘義務違反として世俗の法でも裁かれる。



 「いいのかい? よりによって異教徒の俺たちにバラしちゃって」

 「(まこと)の教えの為ならば、聖者様もお許し下さるでしょう」

 司祭は、コートのポケットから小さく折り畳んだ紙を出して広げた。


 楽譜だ。


 「バス停やショッピングモールなど、人目につく場所に貼ってあったそうです」

 言われて見れば、印刷された楽譜の周囲は時刻表だ。タブレット端末で撮って、家のプリンタで出力したのだろう。


 ラゾールニクが魔法の【灯】を移動させた。

 「これって『(まこと)の教えを』だよな?」

 「今、データありますか?」

 ロークが聞くと、ラゾールニクは報告書のフォルダを開き、すぐに目当てのものを表示させた。


 「歌い出しから、いきなり歌詞間違ってるし、音もちょっとずれてるな」

 「聴いて楽譜に書き起こしたのでしょうか?」

 「さぁ?」

 ラゾールニクが首を捻ると、司祭は似たような写真を何枚も出した。

 すべて同じ曲だが、背景と間違いの箇所、それに歌詞のフォントが異なる。


 「星の囁きで、何人もの信徒から悩みと共に渡されました」

 「へぇー、何でか聞いていい?」

 ラゾールニクが軽やかに聞くと、司祭は覚悟を決めた顔で語った。

 「瞬く星っ()が引退コンサートで言ったコトは本当だったのか。バルバツムに出張したら、向こうの会社では魔法使いも普通に働いていたが、何故、アーテルでは存在自体が許されないのか。私が礼拝の説教で語った内容と、この歌の内容が同じで驚いたが、何故、アーテルの聖職者は教えてくれないのか……などです」


 ……あのCD買った人や、ユアキャストで視聴した素人が、自力で譜面に起こして、人目につくとこに貼り出して、それ見た人が教会に凸ったってコト?


 少なくとも、ロークは楽譜の貼り出しについて知らない。

 ラゾールニクに視線で問うたが、小さく肩を(すく)められた。

☆あの夏の事件/昨夏の礼拝堂襲撃事件……1071.ルフスの礼拝」~「1077.涸れ果てた涙」参照

☆大統領選挙の第二回予備選……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照

☆魔獣を支配したポーチカとメドソースの怨霊が、攻撃対象を絞った……「1255.被害者を考察」参照

☆事件を本部に報告しなかった……「1256.必要な嘘情報」参照

☆教団本部にチクられないように……リストヴァー自治区に派遣されたフェレトルム司祭がチクった「1107.伝わった事件」参照

☆『真の教えを』……「「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」」参照

☆瞬く星っ娘が引退コンサートで言ったコト……「430.大混乱の動画」参照

☆バルバツムに出張したら、向こうの会社では魔法使いも普通に働いていた……「812.SNSの反響」「1033.拒絶をほぐす」参照

☆私が礼拝の説教で語った内容……「1026.関心が異なる」「1072.中途半端な事」「1073.立ち止まろう」「1296.虚実織り交ぜ」参照

☆あのCD……「1065.海賊版のCD」「1105.窓を開ける鍵」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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