1428.客寄せの司祭
「あの夏の事件以来、礼拝の参列者が大幅に減りました」
レフレクシオ司祭は聖典を諳んじるような口調で語り始めた。
「事件直後は、被害に遭われた信徒や教団関係者の為、たくさんの寄進があったそうです。しかし、大統領選挙の第二回予備選の後、殆どなくなったそうです」
大聖堂から派遣された司祭は、ルフス光跡教会の台所事情を赤裸々に語る。
昨夏の礼拝堂襲撃事件直後に寄せられた多額の寄付で、魔獣被害者の救済基金が設立された。
初期の寄付金は、遺族への弔慰金、負傷者への医療費と見舞金、礼拝堂の特殊清掃と壊れた備品の調達で、全て費えた。
礼拝堂に侵入した魔獣が一頭だけだった為、直接の攻撃による死傷者の割合は、意外と高くない。魔獣を支配したポーチカとメドソースの怨霊が、攻撃対象を絞ったせいもあるだろう。
避難の際、礼拝堂内の複数個所で発生した群衆雪崩の死傷者と、被害者の身内を含むPTSDが大半を占める。
キルクルス教団アーテル支部が設立した魔獣被害者の救済基金は、早くも資金が枯渇寸前に陥った。
「えっ? 何で? 世界中からカネ掻き集められるんじゃないの?」
「アーテル支部はどうやら、事件を本部に報告しなかったようです」
「あぁ、それで司祭様の端末、取り上げられたんですね」
「教団本部にチクられないように?」
魔法使いのラゾールニクが呆れる。
レフレクシオ司祭は、苦り切った顔で首を縦に動かした。
「恐らくそうでしょう。しかし、一般信徒の情報発信までは止められ」
「止められますよ。アーテル共和国政府は、インターネット検閲を実施して、アクセスできるサイトも限られてますから」
「あっ……」
ロークに遮られ、バンクシア共和国出身のエリート司祭が固まった。
ラゾールニクが、取り成すように可能性を提示する。
「でも、アーテル人って、仕事や留学、それと観光とかで、よくバンクシアとかバルバツムに行くんだろ?」
「えぇ。大聖堂へ巡礼する方々も」
「アーテル政府は、外国でのアクセスまでは手出しできないみたいだけど、事件の後、国外に出て支援を要請した人って、居ないのかな?」
ロークと司祭は、同時に息を呑んだ。
「ラゾールニクさん、調べてもらっていいですか?」
「いいよ。他の連中にも言っとく」
本当に未調査なのか、司祭の手前そう言ったのか。
軽いノリで答えた表情からは、窺えなかった。
「話を戻そう。礼拝に出て、どうだった?」
「流石に事件前より少ないですが、回を重ねる度に参列者は増えています。ご賢察通り、私は完全に客寄せです」
ラゾールニクに答えた若手エリート司祭は、自嘲して肩を落とした。
夜風がラキュス湖を渡り、水面の月光が砕ける。冬枯れの草がざわめいたが、テントに吹き込んだ風は、中の空気をぬるく掻き混ぜて消えた。
魔法で守られたテントでなければ、力なき民のロークとレフレクシオ司祭は凍えてしまっただろう。
「私が出れば、参列者が増え、彼らの危険が増します。それでも、私は……」
「礼拝堂、アーテル軍の特殊部隊が居るのに?」
ラゾールニクの声は、質問ではなく確認だ。
「行き帰りに護衛がつくワケではありませんから」
「あー……でも、出るんだ?」
「この国の人々は、一命を賭してでも、信仰の真実を知りたいと願っておられるのです。星の囁きで寄せられる相談も、今は大半がそれです」
「ほしのささやきって何?」
フラクシヌス教徒のラゾールニクが聞くと、レフレクシオ司祭は説明を怠った件を詫びて答えた。
「平たく言えば、礼拝後に行われる個別相談です」
どこの教会にも、最低一部屋は「星の囁き」を行う防音室を備える。
一人分の幅しかないカウンターと、椅子が一脚あるだけの狭い部屋だ。
聖職者と信徒の間は、木製の仕切りで遮られる。仕切りには半月型の穴があり、辛うじて手が通る大きさしかない。カウンターに這いつくばっても、相手が座位を崩さない限り、顔は見えない。
地元の常連が小さな教会に行けば、声で個人を特定できるが、都会の大きな教会で一見の信徒が相談する場合、自ら明かさない限り匿名性は守られる。
聞き手の聖職者側は、星の囁きで知り得た内容を口外してはならない決まりだ。相談の秘密を漏らした場合、国によっては、守秘義務違反として世俗の法でも裁かれる。
「いいのかい? よりによって異教徒の俺たちにバラしちゃって」
「真の教えの為ならば、聖者様もお許し下さるでしょう」
司祭は、コートのポケットから小さく折り畳んだ紙を出して広げた。
楽譜だ。
「バス停やショッピングモールなど、人目につく場所に貼ってあったそうです」
言われて見れば、印刷された楽譜の周囲は時刻表だ。タブレット端末で撮って、家のプリンタで出力したのだろう。
ラゾールニクが魔法の【灯】を移動させた。
「これって『真の教えを』だよな?」
「今、データありますか?」
ロークが聞くと、ラゾールニクは報告書のフォルダを開き、すぐに目当てのものを表示させた。
「歌い出しから、いきなり歌詞間違ってるし、音もちょっとずれてるな」
「聴いて楽譜に書き起こしたのでしょうか?」
「さぁ?」
ラゾールニクが首を捻ると、司祭は似たような写真を何枚も出した。
すべて同じ曲だが、背景と間違いの箇所、それに歌詞のフォントが異なる。
「星の囁きで、何人もの信徒から悩みと共に渡されました」
「へぇー、何でか聞いていい?」
ラゾールニクが軽やかに聞くと、司祭は覚悟を決めた顔で語った。
「瞬く星っ娘が引退コンサートで言ったコトは本当だったのか。バルバツムに出張したら、向こうの会社では魔法使いも普通に働いていたが、何故、アーテルでは存在自体が許されないのか。私が礼拝の説教で語った内容と、この歌の内容が同じで驚いたが、何故、アーテルの聖職者は教えてくれないのか……などです」
……あのCD買った人や、ユアキャストで視聴した素人が、自力で譜面に起こして、人目につくとこに貼り出して、それ見た人が教会に凸ったってコト?
少なくとも、ロークは楽譜の貼り出しについて知らない。
ラゾールニクに視線で問うたが、小さく肩を竦められた。
☆あの夏の事件/昨夏の礼拝堂襲撃事件……1071.ルフスの礼拝」~「1077.涸れ果てた涙」参照
☆大統領選挙の第二回予備選……「1343.低調な投票率」~「1346.安定には遠く」参照
☆魔獣を支配したポーチカとメドソースの怨霊が、攻撃対象を絞った……「1255.被害者を考察」参照
☆事件を本部に報告しなかった……「1256.必要な嘘情報」参照
☆教団本部にチクられないように……リストヴァー自治区に派遣されたフェレトルム司祭がチクった「1107.伝わった事件」参照
☆『真の教えを』……「「0987.作詞作曲の日」「1018.星道記を歌う」」参照
☆瞬く星っ娘が引退コンサートで言ったコト……「430.大混乱の動画」参照
☆バルバツムに出張したら、向こうの会社では魔法使いも普通に働いていた……「812.SNSの反響」「1033.拒絶をほぐす」参照
☆私が礼拝の説教で語った内容……「1026.関心が異なる」「1072.中途半端な事」「1073.立ち止まろう」「1296.虚実織り交ぜ」参照
☆あのCD……「1065.海賊版のCD」「1105.窓を開ける鍵」参照




