1423.あたたかな闇
魔装兵ルベルは、寝床で輾転反側した。
徹夜の任務明けだから休めとは言われたが、失態の罪悪感と、よくない予想が取り留めもなく頭の中を飛び交い、眠るどころではない。
後悔と、あの時どうするのが最適だったか、どの時点でどう行動すればよかったか、条件を変えてあれこれ思案を捏ね回すが、全くまとまらなかった。
まとまったところで、過去に遡ってやり直すなど不可能だ。
頭ではわかっても、堂々巡りする思考を止められなかった。
朝食の匂いが漂う頃、思い切って目を開ける。
寝床のすぐ傍で、魔哮砲が膨らんだ身を縮こまらせていた。魔法の攻撃を吸収して膨張した使い魔が、黒い壁のようにルベルの視界を埋める。
目鼻も何もない闇の塊だが、使い魔の主となった身には、魔哮砲がルベルをじっと見詰めるのがわかった。
「心配……してくれてるのか?」
湖南語で話し掛け、そっと手を伸ばす。
ルベルが触れると、魔哮砲は巨体をたぷんと揺らした。
部屋の三分の二を占有する闇は、肥大する前と同じにあたたかい。捏ねかけのパン生地のような身が、ルベルの腕を包んだ。
「痛くなかったか?」
魔哮砲は、推定スクートゥム王国水軍ストラージャ湾内巡視船団に攻撃された。【光の槍】は一撃で爆撃機を撃墜し、防禦の薄い民家を砕く威力の術だ。
魔哮砲は術の魔力を吸収して膨らんだだけで、何の痛痒も感じなかったらしい。
……餌、どうしよう。
ツマーンの森で濃紺の大蛇に呑まれたが、魔獣は魔力を奪っただけで、魔法生物の本体を吐き出した。人工的に作られた生き物は、全く消化された様子がなく、縮みもしなかった。
この巨体を養うには、大量の雑妖が必要だ。
思考が同じ所を巡ろうとするのを留め、使い魔に力ある言葉で話し掛ける。
「お前の居たい場所に居ろ」
闇がとろりと流れ、木箱を並べた寝床に這い上がった。やわらかな塊から腕がするりと抜け、黒い波の上に浮かぶ。
……何する気だ?
魔哮砲はゆるゆる波打ち、ルベルの下に潜り込んで動きを止めた。魔装兵の大柄な身体は、やわらかな闇に沈まず、あたたかな塊の上にある。
仰向けになり、両腕を広げて疲れた身を委ねる。
背にぬくもりを感じる内にまどろみ、意識が途切れた。
「昼食だ。起きてくれ」
工兵班長ウートラの声で目を開けると、部屋にラズートチク少尉の姿があった。
少尉がウートラの斜め後ろで苦笑する。
「魔哮砲をベッドにするとはな」
「あッ……いえ、あの……」
「寝心地はどうだ?」
「これは、その……」
ルベルが慌てて身を起こすと、魔哮砲はトリモチのように背中にくっついた。
「ソファ? 背もたれ?」
ウートラまで苦笑する。
「あの、これは、好きなとこに居ていいと言ったら、俺の下に……」
「わかったわかった。食事にしよう」
「そこで待て」
力ある言葉で命じると、あたたかな闇は寝床に留まった。床に降り立ち、ぬくもりから離れると、何となく落ち着かない気持ちになる。
ウートラが残り、少尉は食堂として使う部屋ではなく、ラズートチク少尉が寝起きする部屋にルベルを通した。
先客は、シクールス陸軍将補だ。
会議用の長机二台が向い合せに置かれ、奥の事務机で、魔哮砲を運用する作戦の指揮官が待ち構える。長机には二人分の食事。シクールス陸軍将補の手許には、茶器だけがあった。
「私は艦で済ませて来た。二人とも、食べながら聞いてくれ」
一礼してパイプ椅子に腰を下ろす。空腹感はなかったが、缶詰と堅パンのパックを開けた。
「大型の魔法生物を収容可能な【従魔の檻】だが、予想通り、司令本部から調達は難しいとの回答があった」
魔装兵ルベルたちが、魔哮砲捕獲任務を命じられた頃もそうだ。
あの時、水軍参謀は半年待つよう言ったが、結局、調達できなかったのだろう。そうでなければ、わざわざ魔哮砲を縮小させるとは思えない。
国庫が払底しつつある現在、強力な魔法の品の調達など、望むべくもなかった。
ルベルが暗澹たる思いで動きを止めると、陸軍将補に食べるよう目で促された。
「お前たちも承知していようが、我が国は、長引く戦争の影響で、経済的な苦境にある」
少尉と魔装兵は、同時に頷いた。
「資金は勿論のこと、物資や職人の手も足りん」
ネーニア島のネモラリス共和国領は、アーテル・ラニスタ連合軍による無差別爆撃によって、北岸地方の一部を除き、壊滅状態だ。
ルベルら魔哮砲を使役する特命部隊と民間人のネモラリス憂撃隊の働きで、アーテル軍の基地攻略が進み、各地で復旧・復興工事が進行中だが、多くの一般国民が死傷、または戦争難民となって国外へ流出した。
「人材を徴発したところで、素材がなければ何も作れん。如何に腕利きの職人とて、無から有を捻り出すなど不可能なのだからな」
「小型の【従魔の檻】ならば、国内でも素材を調達できるが、大型のモノを収容するには、湖西地方へ行かねば素材が手に入らんのだ」
「えッ?」
ラズートチク少尉の補足に思わず食事の手が止まる。
……湖西地方へ調達任務に出されるんじゃないだろうな?
上官は、ルベルの驚きを当然のように受け流して続けた。
「蠱疽泥と紫連樹の根塊が必要だ。開戦前はスクートゥム王国から輸入できたが、今は予算がない」
「税収の落ち込みは戦争が続く限り、如何ともし難い。だが、焼け出された生存者への福祉や、企業や商店への支援を減額、或いは打ち切れば、国家破綻は必定」
「……左様でございます」
「物わかりのいい部下を持ったことだけが、不幸中の幸いだな」
ルベルが堅パンを水で流し込んで理解を示すと、シクールス陸軍将補は、僅かに頬を緩めた。
☆スクートゥム王国水軍ストラージャ湾内巡視船団……「1254.防人の巡視船」、攻撃された「1401.人を殺さずに」参照
☆ツマーンの森で濃紺の大蛇に呑まれた……「438.特命の魔装兵」「439.森林に舞う闇」参照
☆魔哮砲捕獲任務を命じられた頃……「607.魔哮砲を包囲」「618.捕獲任務失敗」参照
☆魔哮砲を縮小……「776.使い魔の契約」参照
☆アーテル軍の基地攻略
ルベルら魔哮砲を使役する特命部隊……「864.隠された勝利」参照
イグニカーンス基地「814.憂撃隊の略奪」~「816.魔哮砲の威力」
ベラーンス基地/テールム基地「838.ゲリラの離反」~「840.本拠地の移転」
フリグス基地「0956.フリグス基地」
民間人のネモラリス憂撃隊……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆湖西地方へ調達任務……死にます「301.橋の上の一日」参照
☆蠱疽泥と紫連樹の根塊……「1302.危険領域の品」参照




