1422.膨張した兵器
魔装兵ルベルは、どうにか安全圏まで逃げ果せたものの、途方に暮れた。
……どうすんだ、これ?
魔哮砲は、スクートゥム水軍と思われる武装船団から攻撃を受け、【光の槍】の魔力を吸収して膨張した。
前任の魔哮砲操者の頃は、トラック程度の大きさだった。
魔哮砲は、搭乗した防空艦レッススの轟沈後、ツマーンの森を彷徨った。ラクリマリス王国軍に発見され、攻撃を受けた時は、大型トレーラー並の大きさにまで膨らんだ。
魔装兵ルベルと【使い魔の契約】を結ぶ時には、隠密行動しやすいよう、大型バイク程度の大きさにまで縮小してあった。
今、ルベルが北ザカート市に【跳躍】で運んだ魔哮砲は、トラックより一回り小さい。前任者の頃よりやや小さいとは言え、これでは【従魔の檻】に入らない気がした。
工兵ナヤーブリも、数倍に膨れ上がった闇の塊を見上げ、呆然と呟く。
「ルベルさん……これ……」
「魔法で攻撃されると、魔力を吸収して大きくなるんだ」
「怪我……大丈夫ですか?」
「しない。ツマーンの森でラクリマリス軍に攻撃されても、ピンピンしてた」
ナヤーブリはホッと表情を緩めた。
咄嗟に跳んだ先は、ネモラリス政府軍が接収した廃ビルの前だ。
北ザカート市の防壁は、物体は完成した。だが、【魔除け】や【跳躍】除けの結界などは、まだ魔法陣の構築が終わらない。
魔装兵ルベルは、防壁が不完全でよかったと思う日が来るなどと、夢にも思わなかった。
朝日を浴びた魔哮砲が、何事もなかったかのようにたぷんと揺れ、使い魔の主ルベルに身を寄せる。真冬の湖水に沈めた身はすっかり乾き、元のぬくもりを取り戻して人肌よりややあたたかかった。
「餌……」
この巨体を養う為にどれだけの雑妖が必要なのか。
魔哮砲に攻撃させるには、満腹以上に食べさせなければならない。
日の出直後の北ザカート市は、空襲を持ち堪えた廃ビルが点在する以外、何もない更地だ。雑草も工兵たちがこまめに取り除く。
瓦礫の撤去と空襲犠牲者の【魔道士の涙】の回収を終え、視える範囲に雑妖は居なかった。
冬の弱い朝日の下には、雀や鳩などの姿もない。
ネーニア島東岸のゼルノー市やクルブニーカ市も、瓦礫の撤去を終えた今、魔哮砲の餌となる雑妖の大量発生は望めない。
立入制限のない都市では、一般市民の目に触れる。レサルーブの森や、内陸部の沼沢地では発生するが、魔物や魔獣に捕食される危険性があった。
この巨体では、アーテル領での給餌も不可能だ。
……一番無難そうなのは、俺が守って森に連れて行く……なのか?
「ルベルさん、とにかく早く少尉殿に報告して、指示を仰ぎましょう」
「あ、あぁ……俺について来い」
力ある言葉で命じると、膨れ上がった闇は、いつも通り素直に従った。
階段の前で、降りて来たラズートチク少尉と鉢合わせした。
「これはまた……【従魔の檻】に入りそうか?」
「あ、いえ、まだ試していません」
「やってみろ」
「入れ、人の手に成る懐生」
ウェストポーチから茶色の小瓶を取り出し、いつも通り発動の呪文を唱えたが、魔哮砲はびくともしない。
三人は数秒、息を詰めて待ったが、何も起こらなかった。
ラズートチク少尉がゆっくり息を吐き、操手のルベルを労う。
「だが、よくぞ魔哮砲を回収した。これが他国の手に渡れば、或いはお前の身に何事かあれば、取り返しのつかない事態に陥るところだった」
魔装兵ルベルは、大失態を弁解する気力もなく項垂れた。
……俺がもっと周囲に注意を払ってれば。
「私の警戒が不充分だったせいです。ルベルさんは魔哮砲の操作に集中して、周辺の警戒など不可能でした」
「あ、いや、【暗視】とか【索敵】とかできるの俺だし、俺がもっとちゃんと見てれば」
思いがけず気象予報などを掌る【飛翔する燕】学派の工兵に庇われ、哨戒任務が本業の【飛翔する蜂角鷹】学派のルベルは狼狽えた。
工兵ナヤーブリが頭を振る。
「いえ、昨年から継続して警戒任務を与えられたにも拘らず、【暗視】などの習得を怠った私の責任です」
「今は個人の責任を云々する暇などない。善後策を考えよう。操手のルベルが無事に帰投し、魔哮砲も第三国の手に渡らずに済んだ。解決すべき問題は……わかるか?」
「魔哮砲を小さくすること……ですか?」
魔装兵ルベルが恐る恐る発言すると、少尉は微笑と共に頷いた。
正解に安堵する間もなく、次の問いが飛ぶ。
「他にもあるが、わかるか?」
魔哮砲で頭がいっぱいのルベルは、皆目見当もつかず、工兵ナヤーブリに視線で助けを求めた。
工兵は、天候を読むような調子で答える。
「幾つか考えられます。ひとつは、私たちが遭遇した船団の所属の確認。それから何故、夜明け前にアーテル領付近を航行したのか。何故、魔哮砲を攻撃したのかなど、行動する前に調査が必要です」
ラズートチク少尉は、深く頷いた。
今の時間帯は、不寝番の哨戒兵以外に起床した兵はおらず、拠点が静かだ。
「ルベルは魔哮砲と共に休息。念の為、ウートラを警護に付ける。ナヤーブリは私と一緒に来い。防空艦ノモスでシクールス陸軍将補に報告する」
「はッ!」
少尉が【花の耳】で呼ぶと、工兵班長ウートラはすぐ降りて来た。
膨れ上がった魔哮砲にギョッとしたが、すぐ表情を消し、指示を受ける。
ラズートチク少尉は、二人が階段を上がるのを待って目撃者を連れて出た。
☆魔哮砲は、スクートゥム水軍と思われる武装船団から攻撃を受け……「1401.人を殺さずに」参照
☆前任の魔哮砲奏者の頃は、小型トラック程度の大きさ…「0157.新兵器の外観」「227.魔獣の討伐隊」参照
☆これでは【従魔の檻】に入らない……「618.捕獲任務失敗」参照
☆搭乗した防空艦レッススの轟沈……「274.失われた兵器」「279.悲しい誓いに」「393.新たな任務へ」「404.森を切裂く道」参照
☆ツマーンの森を彷徨った。ラクリマリス王国軍に発見され、攻撃を受けた時……「439.森林に舞う闇」「509.監視兵の報告」「523.夜の森の捕物」「607.魔哮砲を包囲」参照
☆魔装兵ルベルと【使い魔の契約】を結ぶ……「776.使い魔の契約」参照
☆大型バイク程度の大きさにまで縮小……「726.増殖したモノ」「776.使い魔の契約」参照
☆防空艦ノモスでシクールス陸軍将補……「1163.懐いた新兵器」「1170.陸水軍の会議」~「1172.対誘導弾防空」参照




