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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第八章 北へ

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0146.警察署の痕跡

 ソルニャーク隊長が、手振りで行き先を示して警察署の裏手に回った。

 ロークがついて行くと、裏道は全壊の瓦礫で完全に埋もれて通れない。


 「生存者が必ずしも善人とは限らん。念の為、一棟ずつ確認しよう」

 隊長の囁きに二人は小さく(うなず)いた。


 警察署も放送局同様、建物本体はほぼ無事だが、窓ガラスは一枚もない。一階の窓には全て鉄格子が(はま)り、侵入できなかった。

 隊長が、壁で身を隠して割れた窓から内部を(うかが)う。

 ロークもそっと覗いてみた。


 事務室は爆風で荒れ果て、人の気配はなく、雑妖も居ない。

 三人は足音を忍ばせて隣室も(のぞ)いた。ここも同様。

 裏手の部屋を全て確認し、鍵が開いたままの通用口から侵入する。



 ソルニャーク隊長が、しゃがんで床を調べた。

 アウェッラーナは周囲を見回し、壁に手を触れて建物の状態を調べる。

 ロークには、何を調べればいいかわからない。取敢えず、外から来るものがないか、通用口の外へ気を配った。


 「……人が通った様子はないな」

 隊長が、立ち上がりながら呟いた。

 廊下には、ガラス片や剥落したモルタルなどが手付かずで散乱する。その上に灰や煤が降り積もり、全体が埃っぽい。


 「少なくとも、通用口から出入りした者はないようだ」

 「建物の魔力は、まだ残っているみたいです」

 湖の民が、壁から手を離して言った。


 モルタルなどは剥がれたが、壁や柱、梁などの構造物は【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術に守られて無事だと言う。


 隊長が足音を殺し、身を低くして廊下の奥へ向かう。

 緑髪の薬師(くすし)は、手振りでロークに待つよう示した。ややあって手を降ろし、少し間を開けて隊長について行く。

 ロークも、なるべく足音を立てないように爪先立ちで続いた。



 先頭を行く隊長が、振り向かずに手振りで二人を止まらせた。再びしゃがんで、床を調べる。

 左右を見回し、そろりそろりと腰を上げる。

 身振りで呼ばれ、二人は無言で追い付いた。


 「廊下を通った形跡がある」

 「えっ? まだ、誰か……居るんですか?」

 ロークは掠れる息に問いを乗せた。隊長が廊下の奥から目を逸らさず、首を横に振る。

 「わからん。だが、慎重にな」

 三人は神経を研ぎ澄ませて先へ進んだ。


 廊下は相変わらず瓦礫や破片が散乱するが、言われてみれば、確かに何往復かしたらしく、ガラスやモルタルの破片が粉々になった道が見て取れた。 


 通路の片付けをする間もなく、慌ただしく出入りしたようだ。踏み跡はトイレ前が多いが、事務室にも続く。

 今は静まり返り、三人の息遣いさえはっきりと聞こえる。



 玄関を入ってすぐの相談窓口に出た。

 ここも廊下と同じ状態だが、部屋の隅にゴミ袋が積んである。


 ソルニャーク隊長がゴミ山に近付き、口が開いたままのひとつを覗き込む。中身は保存食のパッケージなどだ。

 警官か市民が、空襲後もここでしばらく過ごしたのだろう。


 今は無人だ。

 正面のカウンターに貼られた紙が風に揺れる。A3サイズのコピー用紙に油性マジックで走り書きしてあった。



 ◆お知らせ◆

 クブルム山脈沿いの諸都市は、空襲により甚大な被害を受けました。

 安全確保と支援の集約の為、この付近には避難所が開設されません。


 北部へ避難して下さい。


 二月四日現在、最寄りの避難所はキパリース市です。

 ラジオなどで最新の情報を確認し、速やかに避難して下さい。

 ◆ゼルノー市 セリェブロー警察署◆


 挿絵(By みてみん)


 後半二行は、赤線を引いて強調してあった。

 「えーっと、じゃあ、この辺には、もう誰も……残ってないってコトですか」

 「……我々のような逃げ遅れが居るかも知れんがな」

 ロークが恐る恐る聞くと、ソルニャーク隊長はカウンター内に入って答えた。

 床に転がった電話を拾って椅子に置く。受話機をセットし直して手に取り、数秒、無言で耳に押し当てる。

 ロークとアウェッラーナは、固唾(かたず)を飲んで見守った。


 「……どこにも繋がっていない」

 隊長は溜め息を()き、受話機を置いた。

 停電中でも、アナログ電話は電話線が生きていれば使える。


 「じゃあ、回線自体、ダメになったんですね」

 「内戦中はどうやって連絡してたんですか?」

 ロークの質問にアウェッラーナは一瞬、言葉に詰まったが、静かな声で応えた。


 「私たちは、【遠話(えんわ)】の魔法で連絡していました」

 「それって、どんな術ですか?」


 「呪文と印を描いた板を四等分して、その板切れに魔法を掛けるんです。効力は十日間。その板を持っている人同士でなら、遠くに居てもお話できるんです」

 アウェッラーナは、申し訳なさそうに説明を続けた。


 インクは何でもいいが、呪文を書く板の種類は糸杉のみ。【編む葦切(ヨシキリ)】学派の術で、【思考する(フクロウ)】学派の薬師(くすし)である彼女はその呪文を知らなかった。


 湖の民の薬師が(うつむ)く。

 「ごめんなさい。お役に立てなくて……」

 「いっ、いいえッ。そんなコト……俺なんてもっと役立たずだし……」

 ロークが慌てて言い(つくろ)うと、ソルニャーク隊長は、苦笑してこちらに出て来た。

 「そのような術では、どの(みち)、電話の代わりにならんさ」

 無事な地域の役所へは、問合せできない。


 ……お巡りさんも役所の人も居ない。連絡もできない。ないない尽くしだな。


 少なくとも、空襲の翌日までは、ここに市民が居た。

 食糧は放送局の食堂のようには残らなかっただろう。

☆生存者が必ずしも善人とは限らん……「083.敵となるもの」~「085.女を巡る争い」参照

☆放送局の食堂……「0121.食堂の備蓄品」~「0123.みんなで料理」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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