1421.ぶかぶかの服
「本人に確認できましたし、歌詞、これでいいと思うんですけど?」
ファーキルが機械をいじって、さっきアルキオーネが歌った詞を付け足した。
ラクエウス議員たちが同時に頷く。
「うむ。早速、ルチー・ルヌィさんに連絡してくれるかね?」
「はい!」
「よっしゃ! 決まりだな。買物行こう」
葬儀屋のおっさんが、冷めた紅茶を一気飲みして立つ。
「あ、忘れるとこだった! モーフ君に服作ったの」
「服?」
「冬物はそれがあるけど、春秋物の上着ってないでしょ?」
近所のねーちゃんアミエーラが、先回りしてパソコン部屋の戸を開ける。
「大きさ合ってるか見たいんだけど、さっきの部屋、来てくれる?」
「えぇっと……」
モーフが連れ三人を見る。
「モーフ兄ちゃん、よかったね」
「試着するだけだろ? さっさと行けよ」
「お茶飲んで待ってるよ」
モーフは、ねーちゃんと二人で裁縫の部屋に戻った。
作業机の隅に置いた紙袋から、薄茶色の上着を出す。
「これ、ポケットいっぱい付けたから、便利だと思うけど」
「ありがと」
早速、コートを脱いで袖を通す。
ねーちゃんがイチから仕立ててくれた上着は、肩がブカブカで袖が余った。
「肩幅は肩パット足して、モーフ君が大きくなって窮屈になったらパットを外して、袖は折って詰めるから、短くなってきたら糸を解いてね」
「お、おうっ」
何だかよくわからないが、今の体格に合うように小さくしてくれるらしい。
巻き尺で腕の長さを測りながら、ねーちゃんは関係ない話を始めた。
「モーフ君、自治区の写真って見た? ラゾールニクさんとフィアールカさんが撮ってくれた分」
「えっ? いつのヤツ?」
「解放軍がアレした後の……」
ねーちゃんが言葉を濁す。
「報告書は、字が難しいから、全然見てねぇんだ」
「そう……東教区、すごくキレイに復興して、知らない街みたいになってたよ」
「そう言や、隊長が言ってたな」
上着を脱がされ、今度は肩幅を測られる。
「道が広くなって、アパートとか建って、仮設住宅だって私たちが住んでた頃のバラックよりずっとキレイで立派なの。共同トイレも前よりいいのがいっぱいあって、共同の竈ができたから、そこで使うお鍋とか集めてもらってるの」
「あー、そう言や聞いたなぁ」
ねーちゃんの声を背中で聞きながら想像しようとしたが、よくわからなかった。
移動放送局用の報告書は、トラックが狭くなるから【無尽袋】に片付けられてしまった。
クルィーロのタブレット端末にも、写真や報告書が仕舞ってあるらしい。後で見せてもらおうと心に留める。
「私のお父さん、あの冬の火事で離れ離れになって……どうなったか、今もわかんないの」
モーフは掛ける言葉がみつからず、項垂れるしかなかった。
ねーちゃんは、裏返した上着をモーフに着せて、余った袖を折り返すと、ピンで留め始めた。
「もし、お父さんが生きてたら、前よりずっとステキな街で暮らせて、いいだろうなって思うの」
ねーちゃんの手は、そんなコトを言いながらでも手際よく動いて、もう左袖が終わった。
「モーフ君は、どう?」
「えっ? どうって?」
ねーちゃんは深呼吸しながら、ゆっくり右に回り込んだ。
「モーフ君のお母さんたち、キレイになった自治区で、元気にしててくれたらいいなって、思ったコトない?」
「わかんねぇよ」
「わからない?」
袖を折り返そうとした手が止まる。
「さっきも言ったけど、俺は、あの火事のずっと前に母ちゃんたちを見捨てて、逃げたんだ」
床を見詰めてどうにか説明の言葉を声に出す。
「もし、生きてたって、どのツラ下げてノコノコ会いに行けんだよ」
「あの火事の少し前、おばさんに会ったけど、モーフ君のコト怒ってなんかなくて、心配してたよ」
「ババアがくたばったの、義勇軍の人が教えてくれたけど、俺、葬式……行かなかったんだ」
「どうしてか、聞いてもいい?」
ねーちゃんは余った袖にピンを留めながら、何でもないことみたいに聞いた。
「働き手が一人減ったとこに顔出したら、また、あんな暮らしに逆戻りンなると思って、母ちゃんと姉ちゃんが前より困んの知ってて……見捨てたんだ」
モーフは、ピンだらけの左袖を見て言った。
「俺、さっきはみんなにあぁ言ったけどよ、身内が死んでも涙も出ねぇ薄情モンなんだよ」
「でも、今は……後悔してるんでしょ?」
ねーちゃんは、ピンだらけになった服をそっと脱がせてくれた。
……何で、そんなコト聞くんだよ?
「ねーちゃんは魔力あるから、もう自治区に戻れねぇのに、それでも、父ちゃんが生きてたらいいのか? 二度と会えねぇのに?」
「会えなくても、手紙や写真は送れるもの」
運び屋フィアールカにカネを払って頼めば、何かのついでに連れて行ってくれるかもしれない。
「今から袖とか直して、次に誰か来た時、預けるね」
「お、おうっ、ありがと。……お礼、何もできなくてすまねぇ」
「モーフ君が元気でいてくれたら、それでいいよ」
モーフが一人で裁縫の部屋を出ると、丁度、クルィーロたちが来たところだった。何故か、ファーキルと眼鏡の歌手まで居る。
「見送りのついでに安いお店、紹介しようと思って」
「私は追加の質問」
レンズの奥から見詰められ、何を聞かれるのかと身構える。
「ねぇ、モーフ君って、まだ聖者様を信仰してるの?」
「……わかんねぇ」
「じゃあ、フラクシヌス教の神様は?」
「わかんねぇけど……別にイヤじゃねぇ」
「ふーん」
一方的に聞かれてばかりなのは癪だ。
聞き返してやると、眼鏡の歌手はにっこり笑って答えた。
「私もそうだよ」
「あぁ、ハイハイ。お前ら、もう行かねぇと日が暮れちまうぞ」
葬儀屋のおっさんが振り返って手招きした。
☆自治区の写真/解放軍がアレした後……「927.捨てた故郷が」参照
☆解放軍がアレした……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」参照
☆東教区、すごくキレイに復興……「294.弱者救済事業」「372.前を向く人々」「505.三十年の隔絶」「528.復旧した理由」参照
☆あの冬の火事……「054.自治区の災厄」「055.山積みの号外」「212.自治区の様子」~「214.老いた姉と弟」参照
☆私のお父さん、あの冬の火事で離れ離れ……「054.自治区の災厄」「0059.仕立屋の店長」参照
☆あの火事の少し前、おばさんに会った……「0037.母の心配の種」参照
▼「すべて ひとしい ひとつの花」進捗。今回暫定。




