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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十八章 真否

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1419.叶えたい願い

 みんなを前にして、そんなことを言っていいものなのか。


 少年兵モーフは言葉に詰まったが、指示を仰ごうにも、ソルニャーク隊長はアミトスチグマ王国から遠く離れたネモラリス島に居る。


 戸を叩く軽い音で、モーフは身を固くした。

 クルィーロが開けると、紅茶の香りが白い部屋にふわりと入った。

 「お茶の時間でございます」

 「ありがとうございます。後は私がしますね」

 「左様でございますか。では」

 女の人は、針子のサロートカにお茶の乗ったワゴンを預けて出て行った。


 「立ち話もアレだし、座ってゆっくり……できるのよね?」

 「後は市場でちょいと買出しして帰るだけだ」

 葬儀屋のおっさんが、交換品の詰まった袋をポンと叩いて、近所のねーちゃんアミエーラに答えた。



 椅子を寄せ集めて、ファーキルの席を囲んで座る。

 紅茶が、トラックでみんなと飲むいつもの物より美味くて、モーフは何だか悔しくなった。


 「で、モーフ君……だっけ? 君が命を懸けてでも叶えたい願いって何?」

 黒髪の歌手は、目付きがやたら鋭い。

 モーフは、アルキオーネと呼ばれた歌手の黒い瞳を見詰め返して聞いた。

 「いつのハナシ?」

 「は?」

 アルキオーネがポカンとする。他のみんなも、目を丸くしてモーフを見た。


 ……俺、そんなヘンなコト言ったか?


 「えーっと……取敢えず、今までにそう思ったの、順番に教えてもらってもいいかな?」

 ファーキルが聞くと、アルキオーネは気を取り直した顔でモーフを見た。

 モーフは手近な机に紅茶を置いて言う。

 「えっと、最初は……言っても怒んねぇ?」

 何となく怖くなってクルィーロを窺う。

 魔法使いの工員が、小さく息を呑んで顔を強張らせ、隣に座る妹をチラ見する。アマナは立派な茶器を両手で持って唇に当てたが、飲まずに動きを止めた。


 「最初とは、いつのことだね?」

 ラクエウス議員が楽器を横の机に置いて、紅茶を手にする。リストヴァー自治区の偉い人に聞かれ、モーフは膝の上で両拳を握って(うつむ)いた。

 「父ちゃんが工場の事故で死んだ時……姉ちゃんは足がアレだし、ババアは歳だし、俺と母ちゃん二人でみんなを養うって言うか、今度は俺が父ちゃんの代わりに死んでもみんなを守ンなきゃって、腹括(ハラくく)って、学校行くのやめて、工場で仕事始めたんだ」


 近所のねーちゃんアミエーラが声を震わせる。

 「小学校の頃から、ずっと……家族を養う為なら、死んでもいいって……?」

 モーフは小さく頷いた。

 ねーちゃんのお裾分けがなかったら、モーフの一家は間違いなく、飢え死にしたに違いない。


 「周知が足りず、すまなかった」

 何故か、ラクエウス議員が項垂(うなだ)れた。

 モーフが首を傾げると、ねーちゃんが消えそうな声で、代わりに聞いてくれた。

 「周知って……?」

 「自治区では、労災事故の遺族に年金が支給され、未成年の子は成人年齢に達するまで、食糧の現物支給と医療費の補助を受けられるのだよ」

 「えっ……?」

 ねーちゃんは驚いたが、モーフには難し過ぎてよくわからなかった。


 「支給には、役所への届出が必要だ。通常は、事業所が労災事故の報告と共に申請するが、申請がない場合は、遺族が役所の窓口へ直接申し出ても受理される。それをもっと周知しておれば……」

 「私がもっとちゃんと店長さんに伝えていれば……」

 ラクエウス議員が震える声を床に落とし、ねーちゃんが泣きそうになる。モーフは、ねーちゃんの雇い主が、ラクエウス議員の姉ちゃんなのを思い出した。


 ……でも、そんなのねーちゃんのせいじゃねぇし。


 「いや、いいんだ。俺だって仕事キツくて何もかんも放り出して逃げて、隊長に拾われたんだ」

 「星の道義勇軍のソルニャーク隊長?」

 ファーキルの確認に頷くと、記憶が次々口をついて出た。

 「空家を壊して廃材で箱作って、シーニー緑地の土入れて小せぇ畑作ったり、聖典のコト教えてもらったり、戦闘の訓練したり、自治区の外のハナシ聞いたり……身体はキツかったけど、工場で仕事してた頃よりずっと、気持ちはラクだった」



 「その頃の君の願いって何? 家族を守るより大事なコトができたのよね?」

 アルキオーネは相変わらず、モーフをキツい目で見る。

 モーフは、黒髪の歌手の強い視線から逃げずに答えた。

 「最初は何も……その日、生きるだけで精一杯だったんだ。でも……」

 「でも、何?」

 「自治区の外のコト聞いてる内に、俺らがゴミ溜めみてぇなとこ住んでんのって、フラクシヌス教徒の魔法使いのせいだって思うようになって」


 「すまなんだ。儂の力が足りんばかりに……」

 自治区唯一の国会議員が、(うつむ)いて肩を震わせる。

 魔法使いの工員が目を伏せ、彼の妹がオロオロしてみんなを見回す。

 「……爺さん一人のせいじゃねぇよ」

 「じゃあ、誰のせいだっていうの?」

 アーテル人のアルキオーネが聞く。

 「わかんねぇけど、自治区じゃ区長とか星の(しるべ)の連中が幅利かせてて、センセイがおっさんの足治したら、おっさんの身内はあいつらに皆殺しにされたんだ」


 ねーちゃんの後輩サロートカが下唇を噛む。


 「あいつらはそうやって、外の奴を憎むように仕向けて、俺はあの頃、本気で魔法使いを皆殺しにすりゃ、自治区のみんなが助かると思ってた」

 「それって、実行したの?」

 アルキオーネに真っ直ぐな目で聞かれ、少年兵モーフは正直に頷いた。

 「ゼルノー市襲撃作戦の時は、殺されたっていいから、一人でもたくさん魔法使いを殺したかった」


 アルキオーネは眉ひとつ動かさず、モーフの話に耳を傾ける。


 「でも、今は、魔法使いの人と一緒に居るのよね?」

 黒い瞳が、葬儀屋のおっさんと魔法使いの工員に向いたが、二人とも何も言わなかった。


 「センセイの魔法で閉じ込められて、俺らをブチ殺すっつったおっさんが居たけど、警察が来て命が助かって、檻の車に入れられたんだ」

 「ゼルノー市警がテロリストを助けたって言うの?」

 アルキオーネが信じられないと言いたげに声を上げると、工員クルィーロが静かな声で言った。

 「普通に逮捕されただけだよ。セプテントリオー呪医(せんせい)が武装解除させたし」

 「檻の車に居る時、薬師(くすし)のねーちゃんが焼魚くれたんだ。俺、あんな美味いモン食ったの生まれて初めてで」

 「それで一緒に居るの?」

 アルキオーネが、わざとらしく呆れてみせる。

 歌手の三人は、表情を動かさずにモーフを見詰めた。

☆父ちゃんが工場の事故で死んだ……「0037.母の心配の種」「0053.初めてのこと」「1057.体育と家庭科」参照

☆ねーちゃんのお裾分け……「0098.婚礼のリボン」「0109.壊れた放送局」参照

☆空家を壊して(中略)自治区の外のハナシ聞いたり……「0038.ついでに治療」「0046.人心が荒れる」参照

☆身体はキツかったけど、工場で仕事してた頃よりずっと、気持ちはラク……「0117.理不尽な扱い」参照

☆儂の力が足りん……「0026.三十年の不満」参照

☆センセイがおっさんの足治したら、おっさんの身内はあいつらに皆殺しにされた……「0017.かつての患者」「0018.警察署の状態」「551.癒しを望む者」参照

☆サロートカが下唇を噛む……「560.分断の皺寄せ」「561.命を擲つ覚悟」「859.自治区民の話」参照

☆ゼルノー市襲撃作戦……「0006.上がる火の手」~「0026.三十年の不満」参照

☆殺されたっていいから、一人でもたくさん魔法使いを殺したかった……「0018.警察署の状態」「0019.壁越しの対話」「0037.母の心配の種」「0038.ついでに治療」参照

☆センセイの魔法で閉じ込められ(中略)おっさんが居た……「0017.かつての患者」~「0019.壁越しの対話」参照

☆警察が来て命が助かって、檻の車に入れられた……「0037.母の心配の種」参照

☆檻の車に居る時、薬師(くすし)のねーちゃんが焼魚くれた……「0045.美味しい焼魚」「0046.人心が荒れる」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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