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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第四十八章 真否

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1418.あの時の言葉

 次に案内されたのは、パソコン部屋とか言う所だ。

 ファーキルの他、四人の女の子と、見たことのない物を抱えたヨボヨボの爺さんが居る。


 女の子たちは、報告書とタブレット端末で見たアーテル人の歌手だ。ピナと同じくらいの奴から近所のねーちゃんアミエーラと一緒くらいまでの年頃に見えるが、実際の歳はわからない。

 どのコも写真や動画より、実物の方がずっとキレイだが、ピナに(かな)う奴は一人も居なかった。


 先客の目が、タブレット端末の何倍も大きい画面からモーフたちに向く。

 「モーフ君、アマナちゃん、久し振りー。元気だった?」

 「うん。ファーキル兄ちゃんも元気そうでよかったです」

 アマナは元気いっぱいの笑顔で応えたが、モーフは麻疹(はしか)で寝込んだのを思い出して、言葉に詰まった。流石に無反応はマズいと思い、片手を小さく上げて振ってみせる。

 ファーキルは何も言わず、何もかも承知した顔で頷いた。報告書は全部、彼の所へ集まると聞いたのを思い出した。


 サロートカが、星道の職人用のゴツい聖典を戸口から一番近い机で広げて聞く。

 「聖典を少しコピーさせて欲しいんですけど、いいですか?」

 「何ページ? 分厚いから、ノドの近くが写らないかもしれないよ」

 栞を挟んだ所から、魔踊(まよう)の説明が終わる所までのページ数を告げると、ファーキルは何だかよくわからないごちゃごちゃした機械を操作した。手許を見ずに両手で何かすると、大きな画面に聖典のさっきのページが現れた。

 「先週、バルバツム連邦の同志が、聖職者用の聖典を丸ごとデータ化してくれたんです」

 「へぇー……凄いな」

 魔法使いの工員クルィーロが感心する。


 部屋の隅で物音がしたかと思うと、大きな機械が次々と紙を吐き出した。


 「題名を消した楽譜、取敢えず十部だけ作ったんで、足りなかったらまた言って下さい」

 「束ねるの手伝った流れで、ラクエウス先生と一緒に歌詞の続き考えてたとこなんです」

 眼鏡の女の子の説明で、モーフは改めて爺さんを見た。


 ……この爺さんが自治区の代表?


 リストヴァー自治区唯一の国会議員は、話に聞いた以上にヨボヨボだった。

 半世紀の内乱前に生まれた常命人種の老人は、いつ寿命が尽きてもおかしくないが、長く伸びた白い眉毛の下で、瞳が強い光を宿してモーフたちを見る。


 ラクエウス議員が、皺くちゃの手で抱えた物を撫でると、あのレコードと同じ音で「すべて ひとしい ひとつの花」の主旋律が流れた。


 クルィーロが、楽譜の束をリュックに詰める手を止めて聴き入る。


 爺さんの手にあるのは、何かの楽器だ。たくさんの糸が震える度に甘い音色が流れ出る。目の前で奏でられるいつもの曲は、心だけでなく身体にも響き渡り、モーフの魂を芯から揺さぶった。



 「詩人のルチー・ルヌィさんから案が出たのだがね、保留になったのだよ」

 弾き終えた老議員が言うと、ファーキルが画面の表示を切替えた。

 「すべて ひとしい ひとつの花」の歌詞案だ。聞く分にはいいが、字は難しくてよくわからない。


 眼鏡の女の子が部屋の隅へ行き、大きな機械が出した紙をサロートカに渡した。確かに聖典のさっきのページだ。針子のサロートカはすぐアマナに渡した。


 「ルチー・ルヌィさんは、言葉がキツ過ぎるからやっぱりやめるって言ってたけど、俺はいいと思うんだよね」

 ファーキルが何かすると、画面に見覚えのある紙が現れた。

 口が勝手に動いて驚きがこぼれる。


 「……俺が書いた奴だ」

 まだファーキルが一緒に居た頃に書いた物だ。


 「えッ? ホント?」

 「まさかの本人ッ!」

 歌手の女の子たちが色めき立つ。


 当時のモーフは、(ほとん)ど字を書けなかった。何度も書き間違え、書いたり消したりする内にワケがわからなくなり、諦めてしまった物だ。

 少しは書けるようになった今頃になって、そんな物を突きつけられるとは夢にも思わず、情けなさと恥ずかしさで逃げ出したくなった。


 「これ、ルチー・ルヌィさんが凄く感動したって言ってて、これを何とか上手く入れられないかなって」

 ファーキルの声で恐る恐る顔を上げた。

 真剣な眼差しには、からかいの色などカケラもない。


 ……本気かよ。


 「これ書いた時、どんな気持ちだったか教えてくれない?」

 黒髪の女の子がモーフの目を見て言う。

 強い光に居抜かれて、声が出なかった。

 「言葉はそっくりそのままじゃなくてもいいんだけど?」

 重ねて問われ、唾を飲みこもうとしたが、口がカラカラに乾いて喉も動かない。


 「アルキオーネちゃん、そんな問い詰めたら怖いって」

 ピナと似た髪色の女の子が苦笑する。

 モーフはゆっくり息を吐いて肩の力を抜くと、思い切って声を出した。


 「これだけは絶対やり遂げてぇって、その願いが叶うんなら、別に死んだって構やしねぇ、俺の命なんかいらねぇ……そう思って書いたんだ」


 みんなの目がモーフに集まり、画面のどうしようもなく下手クソな字に移った。


 「この願い 叶うなら

  この命など 惜しくはない」


 金髪の歌手が口遊(くちずさ)むと、やたら大きな胸が声に合わせて揺れ、モーフは慌てて目を逸らした。

 「ルチー・ルヌィさんってモーフ君と会ったコトないよね?」

 「詩のカケラを見ただけで気持ちをちゃんと()み取れたのね」

 ファーキルと近所のねーちゃんアミエーラが感心する。

 「えぇッ? 俺、自分でも読めねぇのに?」

 「プロってスゴーい」

 モーフと同時にアマナが言った。


 「君が命を懸けてでも叶えたい願いって何?」

 アルキオーネと呼ばれた黒髪の歌手が、鋭い声で切り込んだ。

☆モーフは麻疹(はしか)で寝込んだ……「1252.病で知る親心」「1280.病室に逆戻り」「1281.寝込めるヒマ」参照

☆題名を消した楽譜……「1415.今だからこそ」参照

☆詩人のルチー・ルヌィさんから案が出た……「1396.無名の者の詞」「1397.同じ朝の同志」参照

☆俺が書いた奴……「511.歌詞の続きを」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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