1418.あの時の言葉
次に案内されたのは、パソコン部屋とか言う所だ。
ファーキルの他、四人の女の子と、見たことのない物を抱えたヨボヨボの爺さんが居る。
女の子たちは、報告書とタブレット端末で見たアーテル人の歌手だ。ピナと同じくらいの奴から近所のねーちゃんアミエーラと一緒くらいまでの年頃に見えるが、実際の歳はわからない。
どのコも写真や動画より、実物の方がずっとキレイだが、ピナに敵う奴は一人も居なかった。
先客の目が、タブレット端末の何倍も大きい画面からモーフたちに向く。
「モーフ君、アマナちゃん、久し振りー。元気だった?」
「うん。ファーキル兄ちゃんも元気そうでよかったです」
アマナは元気いっぱいの笑顔で応えたが、モーフは麻疹で寝込んだのを思い出して、言葉に詰まった。流石に無反応はマズいと思い、片手を小さく上げて振ってみせる。
ファーキルは何も言わず、何もかも承知した顔で頷いた。報告書は全部、彼の所へ集まると聞いたのを思い出した。
サロートカが、星道の職人用のゴツい聖典を戸口から一番近い机で広げて聞く。
「聖典を少しコピーさせて欲しいんですけど、いいですか?」
「何ページ? 分厚いから、ノドの近くが写らないかもしれないよ」
栞を挟んだ所から、魔踊の説明が終わる所までのページ数を告げると、ファーキルは何だかよくわからないごちゃごちゃした機械を操作した。手許を見ずに両手で何かすると、大きな画面に聖典のさっきのページが現れた。
「先週、バルバツム連邦の同志が、聖職者用の聖典を丸ごとデータ化してくれたんです」
「へぇー……凄いな」
魔法使いの工員クルィーロが感心する。
部屋の隅で物音がしたかと思うと、大きな機械が次々と紙を吐き出した。
「題名を消した楽譜、取敢えず十部だけ作ったんで、足りなかったらまた言って下さい」
「束ねるの手伝った流れで、ラクエウス先生と一緒に歌詞の続き考えてたとこなんです」
眼鏡の女の子の説明で、モーフは改めて爺さんを見た。
……この爺さんが自治区の代表?
リストヴァー自治区唯一の国会議員は、話に聞いた以上にヨボヨボだった。
半世紀の内乱前に生まれた常命人種の老人は、いつ寿命が尽きてもおかしくないが、長く伸びた白い眉毛の下で、瞳が強い光を宿してモーフたちを見る。
ラクエウス議員が、皺くちゃの手で抱えた物を撫でると、あのレコードと同じ音で「すべて ひとしい ひとつの花」の主旋律が流れた。
クルィーロが、楽譜の束をリュックに詰める手を止めて聴き入る。
爺さんの手にあるのは、何かの楽器だ。たくさんの糸が震える度に甘い音色が流れ出る。目の前で奏でられるいつもの曲は、心だけでなく身体にも響き渡り、モーフの魂を芯から揺さぶった。
「詩人のルチー・ルヌィさんから案が出たのだがね、保留になったのだよ」
弾き終えた老議員が言うと、ファーキルが画面の表示を切替えた。
「すべて ひとしい ひとつの花」の歌詞案だ。聞く分にはいいが、字は難しくてよくわからない。
眼鏡の女の子が部屋の隅へ行き、大きな機械が出した紙をサロートカに渡した。確かに聖典のさっきのページだ。針子のサロートカはすぐアマナに渡した。
「ルチー・ルヌィさんは、言葉がキツ過ぎるからやっぱりやめるって言ってたけど、俺はいいと思うんだよね」
ファーキルが何かすると、画面に見覚えのある紙が現れた。
口が勝手に動いて驚きがこぼれる。
「……俺が書いた奴だ」
まだファーキルが一緒に居た頃に書いた物だ。
「えッ? ホント?」
「まさかの本人ッ!」
歌手の女の子たちが色めき立つ。
当時のモーフは、殆ど字を書けなかった。何度も書き間違え、書いたり消したりする内にワケがわからなくなり、諦めてしまった物だ。
少しは書けるようになった今頃になって、そんな物を突きつけられるとは夢にも思わず、情けなさと恥ずかしさで逃げ出したくなった。
「これ、ルチー・ルヌィさんが凄く感動したって言ってて、これを何とか上手く入れられないかなって」
ファーキルの声で恐る恐る顔を上げた。
真剣な眼差しには、からかいの色などカケラもない。
……本気かよ。
「これ書いた時、どんな気持ちだったか教えてくれない?」
黒髪の女の子がモーフの目を見て言う。
強い光に居抜かれて、声が出なかった。
「言葉はそっくりそのままじゃなくてもいいんだけど?」
重ねて問われ、唾を飲みこもうとしたが、口がカラカラに乾いて喉も動かない。
「アルキオーネちゃん、そんな問い詰めたら怖いって」
ピナと似た髪色の女の子が苦笑する。
モーフはゆっくり息を吐いて肩の力を抜くと、思い切って声を出した。
「これだけは絶対やり遂げてぇって、その願いが叶うんなら、別に死んだって構やしねぇ、俺の命なんかいらねぇ……そう思って書いたんだ」
みんなの目がモーフに集まり、画面のどうしようもなく下手クソな字に移った。
「この願い 叶うなら
この命など 惜しくはない」
金髪の歌手が口遊むと、やたら大きな胸が声に合わせて揺れ、モーフは慌てて目を逸らした。
「ルチー・ルヌィさんってモーフ君と会ったコトないよね?」
「詩のカケラを見ただけで気持ちをちゃんと酌み取れたのね」
ファーキルと近所のねーちゃんアミエーラが感心する。
「えぇッ? 俺、自分でも読めねぇのに?」
「プロってスゴーい」
モーフと同時にアマナが言った。
「君が命を懸けてでも叶えたい願いって何?」
アルキオーネと呼ばれた黒髪の歌手が、鋭い声で切り込んだ。




