1416.リアルで再会
少年兵モーフは、幾つも重ねた鍋やフライパンを抱えて歩く。
もう何度も訪れた葬儀屋アゴーニが先頭を行き、魔法使いの工員クルィーロが妹と手を繋いで続く。アマナは時々振り返ってモーフの姿を確認した。
……ホントにどこもかしこも真っ白けなんだな。
夏の都を囲む防壁、そこから伸びる歩道の敷石、道の両側に並ぶあらゆる建物がシミひとつない純白だ。
車道のアスファルトの黒さや、街路樹の樫の青々とした葉、人々の服の鮮やかな色が際立つ。
……スゲーな。
道行く人の服は、みんな派手な色だ。目を凝らせば、色鮮やかな刺繍の全てが、すっかり見慣れた呪文だとわかる。
アカーント市の虹色の商店街が、夏の都に住む者一人一人の服にそっくりそのまま引越してきたように思えた。
「モーフ君、こっちこっちー!」
工員クルィーロが、少し離れた木の下で手を振る。モーフは派手な人の間を縫って急いで追いついた。
「手ぇ繋いどくか? ん?」
「いいよ、別に」
葬儀屋のおっさんにおちょくられたのか、本気で心配されたのかわからない。どの途、子供扱いだ。モーフは癪に障って横を向いた。
今度は遅れないよう、前を行く者の背中から目を離さない。
工員クルィーロとアマナは、兄妹揃ってリュックを背負う。中身は交換品として手に入れた俎板やボウル、お玉や料理用の鋏などの余りだ。
……俺らの稼ぎの余りモンが自治区へ行くなんてな。
リストヴァー自治区に居た頃は、来る日も来る日も工員たちに小突き回され、工場長から理不尽な理由で怒鳴られながら、何に使うかわからない部品作りの下働きをして日銭を稼いだ。
今、モーフが両手で抱える鍋やフライパンは、生の小麦粉を持て余して困る自治区民が、すぐに助かる物だ。
……俺一人の稼ぎじゃねぇのはわかってるけどよ。
何となく誇らしい気持ちで、足取りが軽くなる。
だらだら続く白い坂を登る内に身体が芯から温まった。車道は自治区よりずっと立派だが、車は殆ど通らない。
坂の両脇は、同じ家の白い塀が続いたかと思うと、細い道を挟んでまた同じような白い壁が続く。
塀の上から覗く庭木の枝は、青々と葉を茂らせた樫が多かった。冬枯れた枝は多分、フラクシヌス教徒が樫と並んで信仰の対象にする秦皮とか言うヤツだろう。
白い息が、ラキュス湖から吹き上がる冷たい風に飛ばされる。
「モーフくーん!」
遠くから呼ぶ声で、坂の上を見る。
大きく手を振るのは、近所のねーちゃんアミエーラだ。
鍋で両手がふさがって、振り返せないのがもどかしい。懐かしい声に鼻の奥がツンとして、声を出せば涙がこぼれそうな気がして、何も言えなかった。
前をゆく金髪の兄妹が、手を振り返して振り向く。少年兵モーフは洟を啜って歩調を上げた。
ねーちゃんが坂を駆け下り、四人の前で息を弾ませて止まる。
「モーフ君、半分持つね」
ねーちゃんは有無を言わさず、重ねた小鍋を取った。
葬儀屋のおっさんが嬉しそうに片手を振る。
「よぉ、久し振りだな」
「お久し振りです。アマナちゃん、しばらく見ない内にすっかりお姉さんになったねー」
「何か月振りだっけ?」
クルィーロが聞くと、アマナが笑った。
「コンサートの動画見たから、ホントに会ったのいつかわかんないね」
「そうね。私も、みんなの写真、クルィーロさんが送ってくれたから、あんまり久し振りな感じしないわ」
工員に笑顔を向ける近所のねーちゃんは、別人みたいにキラキラして見えた。
薄手のコートは、みんなと一緒に放送局のトラックで旅した時と同じ物だ。少なくとも、服のせいではない。モーフは何だか眩しい気がして、目を逸らした。
「いやー、それにしても、嬢ちゃんすっかり別嬪さんになったなぁ」
葬儀屋のおっさんが眩しげに目を細めると、ねーちゃんは少し赤くなってくるりと背を向けた。
「またまたそんな……楽譜の印刷、終わってますよ」
「えっ? もう?」
モーフが驚くと、ねーちゃんは肩越しに振り向いて頷いた。
「クルィーロさんがメールを送ってくれて、ファーキル君がすぐ印刷してくれたから」
「えぇっ? いつの間に?」
クルィーロが、ねーちゃんと並んで歩きながら答える。
「文章を入力するのは、インターネットに繋がらないとこでも、どこでもできるから、あっちで書くだけ書いて、こっちに着いてすぐ送信ボタン押したんだよ」
「へぇー、流石、段取りいいなぁ」
葬儀屋のおっさんがしみじみ感心した。
「動画や写真で元気なの知ってても、ホントに会ったら嬉しいね」
アマナが、クルィーロとねーちゃんの間で声を弾ませる。
金髪の三人が並んで歩く姿は、知らない人の目には家族に見えるかもしれない。急に三人が遠くなった気がして、モーフの足が鈍った。
「ホレ、着いたぞ」
葬儀屋のおっさんに肩を叩かれ、危うく鍋を落としそうになった。
立派な門の奥に広がる白い屋敷が目に入った瞬間、怒る気が消し飛んだ。
ドーシチ市のお屋敷とは違う純白の平らな屋根が、冬の薄青い空の下でどっしり構える。壁面にびっしり彫り込まれた呪文が住む者を守り、薄汚い雑妖など影も形もなかった。
……俺、こんな立派なとこ、入っていいのか?
今日のモーフは、運び屋フィアールカが地下街の服屋で買ってくれたコートと、交換品でもらった服を着て、リストヴァー自治区に居た頃のような雑巾同然のボロ着ではない。
それでも、自分が薄汚れた場違いな存在に思え、気後れした。
「ホレ、行くぞ」
葬儀屋のおっさんに背を押され、竦んだ足が動き出す。
モーフはつんのめりそうになりながら、どうにか立派な扉の中に入った。
☆アカーント市の虹色の商店街……「1349.多面的な情報」参照
☆生の小麦粉を持て余して困る自治区民……「1358.積まれる善意」参照
☆クルィーロさんがみんなの写真、送ってくれた……「1207.写真を撮ろう」「1208.崖下の撮影会」参照
☆運び屋フィアールカが地下街の服屋で買ってくれたコート……「532.出発の荷造り」参照




