1415.今だからこそ
FMクレーヴェルのワゴン車で様子を見に行った三人は、お茶の時間に戻った。
「この街道からムスカヴィートに降りられる太い道ってなかったよ」
「一車線で四トンギリギリ。カーブが危ねぇ上に対向車が来たら、避けるとこがねぇと来たもんだ」
DJレーフとメドヴェージが眉間に皺を刻み、葬儀屋アゴーニが白紙に手書きした地図を広げる。
「一応、地元の案内板を控えて来たんだが……」
ウーガリ山脈の裾野沿いの旧街道は、元々馬車道だ。
敷設当時は、四トントラックなどの大型車両は存在しなかった。
現在、ムスカヴィート市へ行く大型車両は、リャビーナ港から湖岸沿いを通る国道を往来するか、そもそも陸路を使わず、船で貨物を運ぶらしい。
この旧街道からムスカヴィート市へ降りるには、一旦、リャビーナ市まで南下して港へ出た後、湖岸沿いの道をくねくね北上して戻らなければならない。
「燃料、勿体ねぇ」
少年兵モーフが呟いた。
道路地図を見て近道を選んだのが悔やまれる。
アウェッラーナは溜め息を吐いた。
……道理で対向車が来なかったハズだわ。
「しばらくここで、ムスカヴィート市とリャビーナ市の情報を集めましょう」
「放送できそうなら、ここから一回だけ放送」
「ムリっぽかったら……リャビーナもナシなんですか?」
ジョールチが言うと、レーフがすかさず宣言し、クルィーロが二人の間で視線を彷徨わせて聞く。本職の放送局員は二人とも、悔しげに唇を戦慄かせて俯いた。
「大きな街で放送できないのは、勿体ない気がしますね」
「いっそのこと、放送内容を音楽だけにして申請するのはいかがでしょう?」
呪医セプテントリオーが二人の気持ちを酌み、パドールリクが努めて明るい声で提案した。
……あの時みたいに店長さんたちが警察に連れて行かれるのは避けたいけど。
しかし、ジョールチは報道人として、臨時政府の検閲を通した情報や、星の標やネミュス解放軍のプロパガンダではない「生の情報」を届けたい筈だ。
アウェッラーナがそっと窺うと、国営放送アナウンサーのジョールチは、長机の上で拳を握って動かない。噛みしめて蒼白な唇からは、今にも血が滲みそうだ。
兄アビエースが、静かな声でパドールリクの提案を補強する。
「スニェーグさんが弾いて下さった『神々の祝日のメドレー』の録音。あれだけでも、三十分以上ありますよ」
「ずーっと昔、みんなが仲良くしてた頃のお祭りの曲なんですよね?」
アマナが、当時を知る長命人種二人に聞く。
呪医セプテントリオーが頷いてレーフに視線を送り、葬儀屋アゴーニがニヤリと唇を歪めた。
「そうだ。今の情報は、魔法の糸関係の行商人が、口コミで広めてっから、ムスカヴィートやリャビーナにもとっくに伝わってんだろ」
みんなが、アカーント市のスツラーシ神殿で出会った二人を思い出して頷く。
五百年近い時を生きた葬儀屋アゴーニは、彼より後に生まれたみんなを見回して言った。
「でもな、大昔の曲は違うんだ」
ジョールチが顔を上げ、DJレーフが視線で先を促した。
「共和制ンなる前の時代ってなぁよ、大方二百年から昔のこった」
「常命人種は絶対、生きてませんね」
DJレーフが苦笑する。彼自身はまだ若く、毎年老いる常命人種か、アゴーニたちのような長命人種かわからない。
「そうだ。今、起きてるこたぁ、今、生きてる奴が、その気になりゃ調べられるし、隠し通せるモンでもねぇ」
「音楽は、楽譜がなくなって、演奏する人が居なくなったら忘れられて……後から生まれた私たちは、調べてみようとか、思い付きもしませんものね」
ピナティフィダが言葉を探しながらゆっくり言うと、少年兵モーフは首がもげそうな勢いで何度も頷いた。
「私は、長らく耳にしなかったので、忘れていましたが、一度聴いただけで思い出せました。平和に共存できた頃の記憶も一緒に」
ジョールチが、四百年余り生きる呪医セプテントリオーをまじまじと見た。
「音楽……忘れた記憶を呼び起こす……鍵に……」
「アサエート村が近いなら好都合だ。『女神の涙』は問題なかろう」
「天気予報と体操の奴も!」
少年兵モーフが、慌ててソルニャーク隊長に付け足す。
「聴けば思い出せるんなら、『神々の祝日のメドレー』は、題名を消した楽譜を印刷して配って、説明なしで放送すればいいですよね?」
薬師アウェッラーナが思い付きを口にすると、複数の頭が縦に動いた。
「あ、じゃあ『すべて ひとしい ひとつの花』も?」
「先にモーフ君が持ってる絵本、たくさん買って学校とかで配ってからにするとか?」
エランティスに続いてピナティフィダが言うと、少年兵モーフは勢いよく荷台を振り返った。
「仮設住宅の方がいいかもよ?」
クルィーロがタブレット端末をつつき、アマナが首を傾げて兄の手許を覗く。
「ローク君の報告書……あのコの家族が仮設住宅でこっそり布教活動してるって書いてあったろ?」
「あッ!」
幾つもの声が重なり、場に緊張が走った。
「フラクシヌス教って、キルクルス教みたいに聖典とかないし、信仰の大元を思い出してもらうのと、歌詞の募集、一遍にできていいと思うけど、どうかな?」
アウェッラーナは、陸の民の青年の提案に感心して、しみじみ頷いた。
……流石ねぇ。
ジョールチが背筋を伸ばして言う。
「それでは、題名を消した楽譜の印刷はアミトスチグマでお願いしましょう。絵本の調達はレーチカ、ムスカヴィート市とリャビーナ市には、現地の新聞などの情報収集……」
「四箇所か。ここの留守も手薄にはできんな」
ソルニャーク隊長の一言で、みんなの表情が引き締まった。
☆ウーガリ山脈の裾野沿いの旧街道は、元々馬車道……「648.地図の読み方」参照
☆神々の祝日のメドレー/一度聴いただけで思い出せました……「310.古い曲の記憶」「294.潜伏する議員」参照
☆魔法の糸関係の行商人=スツラーシ神殿で出会った二人……「1353.染料の原材料」参照
☆モーフ君が持ってる絵本……「671.読み聞かせる」「672.南の国の古語」参照
☆あのコの家族が仮設住宅でこっそり布教活動……「796.共通の話題で」参照
☆フラクシヌス教って、キルクルス教みたいに聖典とかない……「671.読み聞かせる」「1308.水のはらから」「1309.魔力を捧げる」参照
☆絵本の調達はレーチカ……「647.初めての本屋」参照




